第21話 若き伯爵家当主の真意はいずこ
「王太子殿下がお呼びです」
「あら、二人ともかしら?」
「サントュール侯爵夫人、ならびにテール伯爵様と伺っております」
小窓から日差しが届かなくなり、夜になった。昼と代わり映えのしない夕食が運ばれてきて、食べたのは一時間ほど前だ。
――食器を下げに来たと、思ったのだけど?
再び現れた騎士は、フルールとエルブの牢を開けて出てくるように促した。
フルールが外へと出れば、しかめっ面のエルブと目が合った。
「貴方は淑女の自覚が足りないのですか。たった二日足らずで、どうしてそこまで汚れるのです?」
「これのせいで、生活魔法も使えないのよ。仕方ないじゃない」
「なぜ手枷を、とずっと思っていましたが。何をしでかしたのです?」
「私がやらかしたような言い方は、止して欲しいわ。身の潔白のためにすすんで身に着けたのよ」
「……はぁ、貴女の行動は理解に苦しみますね」
手枷の無いエルブは、そう言いながらフルールのボサボサの髪や頬に触れる。薄汚れた部分が、エルブのミストによって洗われていくのを感じた。
「へぇ、上手なのね」
「繊細な魔法操作は紳士の嗜みですよ。王太子殿下に会うのに、品位を下げるような身なりは止めていただきたい」
「これくらいで曇るような品位は、そもそも持っていないわ。それにあそこに入れて、会いたいと言ったのも全部向こうなのだから、不敬にも当たらないわよ」
先導する騎士の後ろで、フルールとエルブは顔を見合わせて言葉を交わす。
「――君、夜と言えど城内が静か過ぎるようだが、発症者がさらに増えたか?」
「お答えいたしかねます」
フルールは城内に詳しくないが、エルブは何か思うところがあるらしい。
エルブの問いに騎士が固い声で答え、フルールは内心で嘆息する。
――それは、肯定でしょ。
あれからも意見を交わした際、フルールの手元には資料があったが、エルブは持っていなかった。
すでに頭に入れたからと返され、フルールは弟の出来の良さに舌を巻いたのだ。
◇◆◇◆◇◆◇
「……スルスとルゼルヴェについて、何が知りたいって?」
通された部屋には奥にテーブルと椅子があり、近くにラフィネが立っていた。中央には机が置かれ、上に紙が幾つも散乱していた。
壁には地図が貼られていて、かなり書き込んだ様子もあることから、調査に使われた部屋なのだとフルールは推察出来た。
「王太子殿下にご挨拶申し上げ――」
「テール伯爵、挨拶はいい。用件を」
「王太子殿下、お側を離れて良いのですか?」
「だから、手短に頼むよ」
非難するような視線を隣のエルブから向けられるが、フルールは目の前のラフィネを見た。
心なしか以前より表情に余裕があるように見える。どういう形であれ、スルスの傍に居られることで頭が冷えたのだろう。
「旦那様のことはともかく、王太子妃殿下のことを、私が聞いても良いことなのですか?」
「騎士を介してなら、どちらもアウトだね。だから、僕に答えられることなら聞いてくれて構わない」
片手を上げたラフィネが言うなり騎士は退室し、室内には三人だけになる。
容疑者として捕まったというのに、随分と不用心なことだった。
「ではお言葉に甘えまして、二人の食事内容と行動範囲を。接触した人間の発症の有無と、その時期、おおよその規模を可能な限り知りたく思いますわ。それから王太子殿下、ご自身についても、お願いしたく存じます」
「……僕?」
「ええ。二人と親密でありながら、ご健勝そのものですから、比較対象として」
「それなら医師からも聞かれたことだ。スルスの食事について詳細は知らないが、ルゼルヴェは手に持って食べられるものしか口にしていない。主に野菜や肉、ソーセージとか具を挟んだサンドイッチだね」
思い出すような素振りで視線を伏せ、ラフィネはスラスラと答える。
忙しさを優先して飲食を疎かにしていたのだと、ルゼルヴェの社畜な一面がフルールの目に浮かぶようだ。
「それに、スルスもルゼルヴェも何週間も城から出ていない。ルゼルヴェは地方の役人と意見を交わしたりもしていたけれど、スルスに至っては外部とは完全に接触を絶っていたからね。
発症者との接触もほぼ同時期だから、感染の因果関係は不明だと結論が出ていた」
「王太子殿下は? それと最初の発症者がいつで、現在の重症者はいかほどですか?」
「侯爵夫人は知っているだろう? 僕の行動範囲は二人よりも広い。食事に関しては、肉と野菜を中心に摂っていたよ。
最初の発症者と言っても、平民は時期が不明でね。ただ、重症者がまだ出ていないから、他領と比較してまだ初期に当たるだろうと言うのが、今の見解だ」
自虐的に笑うラフィネの言葉を、フルールは反芻する。単なる飛沫感染、接触感染の線はやはり薄そうだった。
辿る経過も他領と同じく、最初は因果関係が不明なほど、かなりバラつきがあるらしい。
「王太子殿下、一つお伺いしたいことが」
「テール伯爵、何かな?」
「約二年前の豪雨による自然災害。被災地への復興支援で金銭の他、国の備蓄を開放されましたよね。その後の補填はどこからですか?」
それまで黙っていたエルブが口を開いた。いきなりの問いかけに、フルールはきょとんと首を傾げた。
「備蓄……?」
「国内の至るところで豪雨に見舞われた。畑に家畜、家、……命、その多くが失われた。国はそれに対し、多方面での支援を大々的に行うと領主へ通達が来ていたんだよ。その記録を今一度、精査して欲しい。
テール領は、一切の援助を受けていない。むしろ、近隣の領地へ備蓄を開放していた。私の調べでは、サントュール領に被害は出ていたが自領で賄える範囲で、援助は受けていな――」
フルールの疑問に、エルブは表情を変えず説明した。だが、急に言葉を詰まらせると、手で口を押さえている。
――備蓄、備蓄。……まさか。
額にうっすらと汗を浮かべ、顔色の悪くなったエルブを見て、フルールは雷に打たれたような錯覚を覚えた。
何か言うよりも早くワンピースを脱ぐと、鎖のせいで袖を抜けず、迷わずエルブに受け皿として突き出した。
「――吐きなさいっ!」
「淑女が、そん、な姿を衆目に晒し、ては……」
「馬鹿! 我慢しないで、早く吐き出して!! 王太子殿下、エルブの背を思いっきり叩いて下さい!」
「は……、ちょ、夫人?」
「良いから、早く叩いて吐かせて! 移りませんから!!」
薄く丈の短い白の下着姿のフルールに、エルブは眉間に皺を寄せて苦言を呈す。
その強情さに苛立って、フルールは王太子に叫ぶように願い出た。
――夕食から逆算してちょうど、胃腸で消化が始まった時間!!
エルブの後ろに回ったラフィネが数度加減を変えて、フルールの指示通り背を叩く。
それが刺激となり堪えかねて嘔吐したエルブを見つめ、フルールは顔を歪ませた。
「なんで気づいてて、私の分まで食べたのよ……」




