第19話 お久しぶりです、伯爵様
ストックが出来たところで、急な所用が入り執筆の時間が全く取れず、またゼロになりました。すみません(´・ω・`)
「……侯爵夫人が、なぜこんなところに」
「テール伯爵様こそ、また少し痩せたんじゃないかしら?」
線が細い華奢な少年が、フルールに気づいて目を丸くする。フルールと同じ栗色の髪、肩につく長さのそれは後ろで一つのリボンを使って束ねられていた。
フルールの弟であるエルブ・テールが、牢の中、居住まい正しく座っていた。
「貴族牢でもないなんて、どうして抗議されなかったの」
「そのまま返すよ。その簡素な牢に、平然と入る侯爵夫人が居るとは驚いた」
「私は伯爵様が居ると聞いて、同じところへ連れてきてもらっただけよ」
フルールが案内された牢へ入ると、ガチャンと鉄格子の柵が閉められる。
四方を囲む年季の入った白壁はグレーに黒ずんでおり、床には何も敷かれていない。
簡素なベッドに、オープンなトイレがあるだけの小部屋で、壁を挟んで隣がエルブだ。他に向かいに二部屋あるが無人だった。
――王都で牢がこれだけ、ではないだろうし、少しは配慮はされてるのかしら?
牢の種類など知らない。だが、罪が確定したわけでもない貴族を捕らえるにしては随分と環境は劣悪で、後に批判を買いそうだとフルールは思った。
「とりあえず、私はこれから寝るわ。……ああ、伯爵様。これから嫌疑を晴らすために資料を一部見せて貰えることになりそうですの。お知恵をお貸し下さいね」
「はぁ? 交渉する部分が違うのではないか?」
「お聞きではないの? 変な流行り病があちこちで起きて、調査も煮詰まっているのですよ? 臣下としてお力添えするのは当然ですわ」
フルールは質の良いワンピースのまま、ベッドに寝転がる。行儀悪くブーツを脱ぎ捨てれば、ドレスではなくて良かったと、心底安堵した。
エルブの呆れ声がなおも聞こえたが、フルールは押し寄せる睡魔に目蓋を閉じる。
――ふう、疲れた。
こちらは、一睡もせずに空のジェットコースターを乗りきったのだ。これからのことは、明日の自分に丸投げである。
◇◆◇◆◇◆◇
「あふ……」
じゃらりと、手枷の鎖の音が辺りに響いて目が覚める。動いた拍子に鳴ったらしい。
――ああ、そう。捕まったんだわ、自分から。
大きな欠伸を手で押さえて、フルールはむくりと起き上がった。ベッドで座ったまま、凝った身体をほぐす。
「……お目覚めですか? と言っても、もう昼だけれど」
「どれくらい寝てたかしら?」
「一日と少しですよ。これほど惰眠を貪れるとは……侯爵家に嫁ぎ、さらに磨きがかかったのでは?」
隣の壁越しに、ため息まで聞こえてきそうなほどの声がした。見なくともエルブの嫌そうに目を細め、眉間に皺を刻む顔が頭に浮かぶ。
「伯爵様も、お口はお元気そうでなによりだわ」
「暇潰しを持ってきていただいたので、頭が冴えているのですよ。侯爵夫人」
そう言ったエルブが、格子越しに書類を寄越してくる。ヒラヒラと書類が上下に揺れて、早く受けとれと言外に示していた。
「ああ。王太子殿下、約束を守って下さったのですね」
受け取ろうと素足のまま地面に降り立つと、書類の束を何回かに分けて受け取り、ざっと目を通す。
頼んでいた物だとすぐに気がつき、フルールは顔を綻ばせた。
「騎士が昨夜持ってきて、嫌がらせにも思ったけどね。色々と……雑だ」
「原本と言うことでしょう? 先入観もなく、あちらが見落としたものに、こちらで気づけるかもしれないと思えば、別に良いではありませんか。人手不足でしょうし」
「簡単に言ってくれる。侯爵夫人は、国の重役たちが交わした意見以上のものを求められていると、分かっておいでなのかな」
昨日、嫌疑を晴らすためとフルールはエルブに言った。それは、解決の目処を立てることと同義でもある。
「テール伯爵領と、サントュール侯爵領での被害報告が無いと聞きましたわ。他領、王都でも発症者が出たとのことなので、状況と照らし合わせれば良いのです。伯爵様」
「嫁いだばかりだと言うのに、もう侯爵夫人は領地のことを把握しているのか」
「ええ。あちらでは、それなりに忙しくさせていただいてますわ」
「……なら、目を通した上でどんな感想を聞けるのか楽しみにしていますよ。目を通すだけで時間を食う代物だから、その間、休ませてもらおう。読み終わったら声をかけて。侯爵夫人」
「そう。お休みなさい、伯爵様」
隣から衣擦れの音がして、エルブの移動する気配がする。フルールは貰った資料の束をベッドへ運ぶと、目を通そうとして手を止めた。
――あの子ったら、雑だと言いながら見やすいように並び替えたわね。夜通ししてまで。
留め具を外し、弄った形跡を見つけてフルールは顔を綻ばせた。
自分が見やすいようにしただけだろうが、一束が領地ごとになっており、さらに時系列にまとめられている。目印として、折り目などもあった。
「渡してきた順番も、発症の順ね。なら――」
フルールは一つ目の束を、今度はゆっくりと目を通し始めた。記録と言うよりも、走り書きや書きなぐった文も散見される。
様式の定まっていない報告書や調査結果は、エルブの言う通りかなり読みにくいものだ。
――主な初期症状は腹痛、嘔吐、頭痛、手足の痺れ、痛み……と、共通ね。
「一つの村とかだったなら、まだ集団感染とかで話が済むのに……」
一部を除いた全国規模と言うのが、不可解だ。さらに、貴族に発症者が多いと言われる錯乱を始めとした精神異常については、記録に不鮮明な部分が多い。
――言語化を伏せたのね。だから、奇病なんじゃないの……?
どちらにしても、致死率は高く、身体的症状に現れた者は徐々に四肢の壊疽による脱落、激痛を伴うそうだ。
「食事を摂れる程、一時的に回復してもまたぶり返して、症状が悪化する、か」
フルールは、肩をコキコキと揉みほぐしながら息をつく。そこへ騎士が昼の食事を持ってやってきた。
「ありがとう。それから、頼みごとをしても良いかしら?」
病状に着目するばかりでは、これ以上の成果は認められない。足りない情報を求めて、フルールは騎士へ話を持ちかける。
――ライ麦パンに、野菜のスープ、ソーセージ。まともな献立ね。
受け取った食事を見て、フルールは豪華とも質素ともつかない献立に、いまいち立場を量りかねていた。




