第18話 静寂に包まれた城下
「お義父様、ありがとうございました」
「嬢ちゃんに素直に礼を言われると、痒くてならねぇな」
フルールが感謝と共にお辞儀すれば、じゃらりと手枷がなる。両の手首に嵌まった分厚い枷は、肩幅よりやや長い程度の一本の鎖で繋がっていた。
――本当に飛ばすから、道中は会話もままならなかった。いや、話すことはないんだけど。
ジェットコースターを連想した飛行体験は、以前強引に連れ出された時を思い出させた。アレはまだ優しかったのだと、比べるまでもないものだった。
王都郊外の開けた場所に降り立った今でさえ、足元がふわふわとして、胸がいっぱいだった。
「俺は長く砦を留守に出来ねぇ。本当にいいんだな? 魔封じの手枷は、今の嬢ちゃんと相性が悪い。なるべく早く解いてもらえ? 無理なら、その身につけた魔石を割れ――」
「大丈夫ですわ。お義父様は以前の提案を覚えてくれていれば」
スッと、フルールの耳元にアルディが顔を近づけてくる。
今からでも匿うと主張するアルディに、フルールが不敵に微笑んで見せれば、盛大にため息をついた彼に頭を小突かれた。
「嬢ちゃん。貸しは、砦のモンスター肉による晩餐だ。男どもの中に放り込んでやるからな、覚悟しろよぉ」
「あら、それはなんて楽しそうなのかしら、お手紙を書きますから、とびきり良いものを期待してますわよ?」
二人で黒く笑い合うと、別れの言葉もそこそこにアルディは颯爽と空へ飛び立っていった。一人だと、なお速いらしい。あっという間に消えた姿を、フルールはじっと見送った。
「お待ちいただき感謝申し上げます。王太子殿下」
「……別に」
飛行中、思い悩んだ様子のラフィネにフルールはそっとする。城下に向かって歩き出した彼の後を追いかけた。
「夜明け前にしては、静かですわね」
うっすら明るくなってきた街並みを歩き、フルールは疑問を口にする。人が居ないのだ。
いくら王都といっても、まだ平民の多く住むエリアだ。朝の支度などで慌ただしさがあっても良いはずなのに――と不思議に思う。
「……王都にも、例の病が流行り始めている」
「だからと言って、ここまで機能不全に陥るものですの? 医師や薬師はなんと?」
返事が返ってくるとは思っていなかったフルールは期待せずに、ラフィネに声をかけた。
――罹りたくないにしても、異常だろう。
ピッチリと閉められた窓。息を潜めるような静寂は、一種のゴーストタウンのようでもある。
「最初は嘔吐、腹痛などが多い。その後、痛みを伴い四肢の壊死まで進む。一度快方に向かっても、急変する。生存率は芳しくない。精神錯乱者に至ってもそう、治療法はない」
「なるほど。そんな中、旦那様はよく大人しく牢に入りましたわね?」
ラフィネのズレた返しは指摘せず、代わりにフルールは、責任感のあるルゼルヴェが黙っているはずがないと言った。
「――ってない」
「はい?」
「ルゼルヴェは、牢には入ってない。アイツも倒れたんだ。今頃は、治療を受けてるだろう」
――あぁ、だから……止める人も居ず、頼れる人も居ないから。この人は、サントュール領まで飛び出せたのか。
妻と腹心が倒れたのなら、思い詰めもするだろうなと、フルールはどこか凪いだ心で思った。
我ながら、その薄情な心には呆れの念も抱く。仮にも夫が奇病に倒れたと聞かされたのに、妻としてあるまじき心境だろう。
「王太子殿下は、旦那様と調査をされていたのですよね? 病に倒れた時もご一緒に?」
「情報の精査は、ルゼルヴェも担っていたからね。ああ……、スルスよりも一緒に居たな。だけど、倒れたことは知らない。出立の準備をしている時に聞かされた」
「では道中の騎士で、その病に倒れた者は?」
「居ないね」
前を歩くラフィネは、気を病んではいても、体調そのものは悪いようには見えなかった。
――ここの世界観、発展途上の中世、近世に似てるところがあるわね。
ハッキリ似ていないのは、生活魔法があることだ。水が出せるから飲み水に困らず、汚れを落とすなどの清潔保持の意識もある。
衛生面は特に、あの時代とは全然違ってマシなのだ。
「……君は、夫が倒れたのに平然としていられるんだね」
「冷血、と思っていただいても良いですわよ。王太子殿下と違って、愛し合った中でもありませんから。
王太子殿下こそ、旦那様が倒れてなお、私を捕縛する理由は?」
「君の生家の伯爵家、そこも被害報告が上がっていない。君の弟も、今頃は捕らえられているはずだ」
「あぁ、伯爵様も。……私同様、無実だと思いますけどね」
フルールの弟は学生の身分でありながら、急な爵位継承で慌ただしい日々を送っている。
それは、フルールが結婚で家を出るまでも続いていた。陰謀など画策する暇も実行する余裕もないだろう。
辿り着いた王城では、さすがに警備の兵がいた。ラフィネが帰城を告げている。
「王太子殿下。私はこのまま喜んで兵と牢へ行きますわ。ですから、スルス様のお側に」
「だが、僕は――」
「万が一が気がかりでしたら、濃厚接触さえ避ければ良いかと。おそらく王太子殿下は病に罹りません。
罹るならば旦那様が罹患した時すでに、もしくは、私と出会ってからでも、病に倒れられたはずですから」
道中で考えた答えを、フルールは口にする。何も分かっていないが、ラフィネが無事なのがなによりの証拠のように思った。
――人に移る単純な感染症ではないのでしょう。
汚染された水を飲む環境になく、それでも胃腸から来るならば、ウイルス性よりも細菌――食中毒の可能性もあった。
ただ地域に差が出るのは理解できても、集団食中毒の場合、国内で広範囲に発生する現象はおかしい。
「ただ、牢で大人しくしているだけでは手持ち無沙汰なので、捜査資料も見せられる範囲で見せてもらえたら嬉しいですわね。
身の潔白を証明するために、姉弟で知恵を絞るくらい許容していただけませんこと?」
――情報が足りない。




