第17話 さあ行きましょう。王都へ
町にいたままでは騒ぎになる。フルールは買い出しに行っているカームと、ラベンダー畑のガルドに置き手紙を残し、家を出る。
――事が落ち着くまでは、二人一緒に過ごしてもらって、いつも通りでいてもらわなきゃね。
「怒られる時は、一緒にお願いするわね」
「えぇ。俺……無事でいられる自信がなくなってきましたよ?」
フィアビリテに馬を出してもらい、フルールは前に横乗りする。空からアルディが王太子一行を探してくれていた。
「王太子殿下は、私の家知っているのかしら?」
別邸に現れたのは知っているが、フルールの家までは知らないはずだ。それは、店舗にしか来ていないスルスも同じだろう。
「奥様のことは隠してませんから、それくらいは王太子殿下も存じてると思いますよ。ルゼルヴェに警告を受けた日も、撒こうとは思いませんでしたし」
「つけられてたの!? 私、初耳なのだけれど?」
「言ってませんからね。心置きなく精を出せるようにと、俺も、ガルドも、カームも、皆が願っていることですから」
「なんだか、私だけ除け者みたいだわ……」
そもそも、フルールは前世の知識を出し惜しみなどしない。もっと早く、奇病について教えてもらっていたらと思うのは傲慢だろうか。
――医者でもないし、薬師でもない。雑学に富んだだけだけど。
何も出来ないかもしれない。けれど、何か役に立てたのではないか、事態は違ったのではないかと考えてしまっていた。
「普通、貴族の女性は荒事に首突っ込みませんって。奥様が火中に飛び込んで行かれる方だからなおさらですよ。今回のルゼルヴェも、おそらくは……」
手綱を握るフィアビリテが笑う。夕焼けに照らされたその顔に、いつもより元気が無いのは気のせいではないだろう。
これからのことを憂いてではないと知ってるだけに、フルールは心が痛い。
「ビリー坊、馬を止めろ。そろそろだ」
フィアビリテが馬を止め、フルールを地面に降ろす。アルディが降下してきて、その隣に立った。
見晴らしのいい草原が広がっていて、そこに人影など見えない。まだ距離はあるのだろう。
「……お義父様、ちなみに興味本位でお聞きしても?」
「あん?」
「王都で魔石が割れた後、お気づきになってからは何をしてましたの?」
王都から、サントュール領までは馬車でゆっくり一週間。馬を走らせれば数日らしい。領都から家のある町は、馬で半日もあれば着く。
――王太子殿下が領内に来てから来るって、ラグがあるのよね。
「ホント、嬢ちゃんの魔力量なら、王都だろうと察知出来そうなのに抜けてるよなぁ」
「それ、褒めてませんわね。私が当然気づくだろうって来るのを待ってたとか、言わないでもらえます?」
「言わねぇよ。だから迎えに来ただろうが。それに、部下に様子を見に行かせてたんだ。狡いのが――」
「あ、やっぱりいいです」
どこに、誰が、何を――そんな話を、ラフィネがいつ来るか分からない状況でする勇気はない。火に油を注ぎたい訳ではないのだから。
遮ったフルールは、代わりにアルディへ耳打ちする。
「じゃあ例えば、――で、――――だとして――……」
「ああ、それくらいなら構わねぇよ。頼まれるまでもねぇ」
アルディはなんて事無いことのように、アッサリと返事をした。フルールはそこに笑いかけ――視線を前へと向けると頭を下げる。
「王太子殿下にご挨拶申し上げます。ルゼルヴェ・サントュール侯爵が妻、フルールにございます。おもてなしできず、身なりも整っておらず、お目汚し失礼いたします」
フルールの目の前で、馬の嘶きがして足音が止まる。ワンピースの裾を摘み、フルールはゆっくりとカーテシーをした。
「――いい、顔を上げろ。出迎えとは愁傷だね。用件を知っているのは、心当たりがあるからか?」
「仔細は存じません。ただ、王太子殿下がお呼びとあらば、馳せ参じるのが臣下と言うものかと」
顔を上げたフルールは、ラフィネを静かに見つめる。チラリと見たその彼の後ろ、前はともかく、後方にいる騎士は鎧を身にまとってはいるが、戦意はなさそうだ。
むしろ気まずさから目を反らし気味で、萎縮しているようにも見える。
「まぁいい。調べれば分かることだ。フルール・サントュール侯爵夫人、王城へ来てもらう。抵抗すれば――」
「しませんわ。早く行きましょう。王太子殿下、時間がもったいないでしょう?」
「貴様!」
「おぅ、そこの若ぇの。領内で武器を出すなら俺が相手になるぞ?」
血気盛んな前方の騎士が、フルールの言動を咎め、それをアルディが真っ向から鼻で笑っていた。
「サントュール夫人、君は魔法使いでもあるね? しおらしく付いてきて、王城で暴れる魂胆なら困るから、封じの手枷を付けさせてもらうよ」
「手枷でもなんでもいいから、さっさとして? その通夜みたいな顔見てると、いい気がしないのよ。スルス様に失礼な男ね」
静かに告げるラフィネに、フルールは両手を差し出して苛立たしげに答えた。
口調が前世に引きずられたのは、母を亡くしたばかりの父を思い出すからか。
――本当に止めてほしい。忘れられないのよ、あんな顔。思い出さないようにしてるんだから。
人の心が壊れたその後を、前世で初めて見た瞬間だった。そして、掛ける言葉を持たなかった自分もまた、何かが壊れた日でもあった。
「今の君に、スルスの名を呼ぶ資格はない」
「そう? 生きて今頑張ってる人を諦めて、勝手に死んだことにしてる人よりマシね?」
ラフィネが馬から降りて、フルールの前に来る。その醸し出す殺気にたじろいで、追従してきた騎士は動けないらしい。
――らしくないわね、本当に。
殺気に怯まないのは魔力量が多すぎるせいか、それとも腹の底から湧く憤りからか。
フルールは目を反らすことなく、ラフィネの前へ一歩進み出ると、アルディとフィアビリテを背中で黙らせた。
「仔細は知らない。でも、スルス様が病に倒れたんだろうなってことは、貴方の顔を見ればすぐ分かる。で、なんでここに居るの? 弔い合戦? 生きてるでしょ? 雑用なんて部下に任せて、貴方はなにがなんでも、スルス様のすぐ傍にいなきゃダメじゃない!」
「……っ、スルスが……、人払いを、した。だから、僕は、僕に出来ることは――なんでも、する」
「それで私に八つ当たりしに来たって? バカじゃないの? 生きてるでしょ? 今、この時に何かあったらどうするの? 逃げないで、ちゃんと向き合いなさいよ!」
視線だけで人を殺せるとは、この事だろう。ラフィネから漏れる魔力が、刃となってフルールの肌を刻んだ。その薄く裂けた皮膚から、血が滲む。
――二人に出会ったのはたった二回。それでも分かることはある。
ぷしっとフルールの手に新たな傷が出来、そこから血が吹き出た。赤く染まった両手を躊躇わずに伸ばし、ラフィネの頬を挟んで言い聞かせる。
「手枷でも首輪でもなんでもさっさと着けて、早く城へ向かう! 接近禁止なら扉に張り付けばいい! 拒絶されたからって何よ! 方向性が間違ってるわ。スルス様が喜ぶとでも思ってんの!?」
全ての準備が整った前の日、親族も集まる前の――家族だけの日だった。
糸の切れた人形のように棺の傍で座っていた虚ろな瞳の父の姿が、フルールはずっと忘れられない。
その後の地獄日々でさえ、腹は立っても、どうしても恨むことまで出来なかった。
「愛してるなら間違えないでよ。後悔しないように生きなきゃ、足掻きなさいよ。まだ生きてるんだから」
何をどうしても、タラレバは尽きないものだ。なら、少しでも後悔の無いよう、減らしてほしいとお節介を焼く。
――私なんてどちらの世界でも、お別れも言えなかったのに。
「……」
ピクリと動いた肩、光を失った瞳が揺れてラフィネは唇を震わせる。
言葉を失った彼にそれ以上構うことなく、フルールはその剣幕のまま後ろを振り返った。
「アルディ様、二人くらい抱えて飛べるよね? 馬より早いよね?」
「ああ、他ならない義娘からの頼みだ。飛んでやろうじゃねぇか。荒くていいなら、朝には着くぞ」
「で、殿下を拐ってどうする気だ!?」
フルールが急に話を振れば、アルディは一つ返事で頷いた。騎士の言葉に耳も貸さず、アルディは手を伸ばして、フルールの切れた頬を服の袖で雑に拭ってくる。
随分と甘くなったものだと、それを他人事のように思ってフルールも受け入れた。
「騎士さんたちは、俺と王城まで馬で向かいましょうか。言っときますけど、何かする気なら――今、アルディ様ならこの場ですでに殺っちゃってますって。わざわざ拉致する理由もない」
フィアビリテの地を這うような声が、軽い口調とギャップを生んだ。フルールには、ラフィネよりもそれがうすら寒く感じ、切り替えるように叱咤する。
「手枷を持ってるのは誰です? 早く嵌めてもらっていい? 時間の無駄よ、無駄!!」
奥の騎士が、慌てて荷物から手枷を取り出し、フルールの腕に嵌めた。無骨な枷は冷たく、そこに身体に重くのし掛かるような圧を生んだ。




