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【三章開始】「好きにしていい」と言った旦那様、ただのコミュ力ゼロだった~念願のハンドメイドコスメをしちゃいますね~  作者: 松平 ちこ
三章

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第17話 さあ行きましょう。王都へ

 町にいたままでは騒ぎになる。フルールは買い出しに行っているカームと、ラベンダー畑のガルドに置き手紙を残し、家を出る。


 ――事が落ち着くまでは、二人一緒に過ごしてもらって、いつも通りでいてもらわなきゃね。


「怒られる時は、一緒にお願いするわね」


「えぇ。俺……無事でいられる自信がなくなってきましたよ?」


 フィアビリテに馬を出してもらい、フルールは前に横乗りする。空からアルディが王太子一行を探してくれていた。


「王太子殿下は、私の家知っているのかしら?」


 別邸に現れたのは知っているが、フルールの家までは知らないはずだ。それは、店舗にしか来ていないスルスも同じだろう。


「奥様のことは隠してませんから、それくらいは王太子殿下も存じてると思いますよ。ルゼルヴェに警告を受けた日も、撒こうとは思いませんでしたし」


「つけられてたの!? 私、初耳なのだけれど?」


「言ってませんからね。心置きなく精を出せるようにと、俺も、ガルドも、カームも、皆が願っていることですから」


「なんだか、私だけ除け者みたいだわ……」


 そもそも、フルールは前世の知識を出し惜しみなどしない。もっと早く、奇病について教えてもらっていたらと思うのは傲慢だろうか。


 ――医者でもないし、薬師でもない。雑学に富んだだけだけど。


 何も出来ないかもしれない。けれど、何か役に立てたのではないか、事態は違ったのではないかと考えてしまっていた。


「普通、貴族の女性は荒事に首突っ込みませんって。奥様が火中に飛び込んで行かれる方だからなおさらですよ。今回のルゼルヴェも、おそらくは……」


 手綱を握るフィアビリテが笑う。夕焼けに照らされたその顔に、いつもより元気が無いのは気のせいではないだろう。

 これからのことを憂いてではないと知ってるだけに、フルールは心が痛い。


「ビリー坊、馬を止めろ。そろそろだ」


 フィアビリテが馬を止め、フルールを地面に降ろす。アルディが降下してきて、その隣に立った。

 見晴らしのいい草原が広がっていて、そこに人影など見えない。まだ距離はあるのだろう。


「……お義父様、ちなみに興味本位でお聞きしても?」


「あん?」


「王都で魔石が割れた後、お気づきになってからは何をしてましたの?」


 王都から、サントュール領までは馬車でゆっくり一週間。馬を走らせれば数日らしい。領都から家のある町は、馬で半日もあれば着く。


 ――王太子殿下が領内に来てから来るって、ラグがあるのよね。


「ホント、嬢ちゃんの魔力量なら、王都だろうと察知出来そうなのに抜けてるよなぁ」


「それ、褒めてませんわね。私が当然気づくだろうって来るのを待ってたとか、言わないでもらえます?」


「言わねぇよ。だから迎えに来ただろうが。それに、部下に様子を見に行かせてたんだ。狡いのが――」


「あ、やっぱりいいです」


 どこに、誰が、何を――そんな話を、ラフィネがいつ来るか分からない状況でする勇気はない。火に油を注ぎたい訳ではないのだから。

 遮ったフルールは、代わりにアルディへ耳打ちする。


「じゃあ例えば、――で、――――だとして――……」


「ああ、それくらいなら構わねぇよ。頼まれるまでもねぇ」


 アルディはなんて事無いことのように、アッサリと返事をした。フルールはそこに笑いかけ――視線を前へと向けると頭を下げる。


「王太子殿下にご挨拶申し上げます。ルゼルヴェ・サントュール侯爵が妻、フルールにございます。おもてなしできず、身なりも整っておらず、お目汚し失礼いたします」


 フルールの目の前で、馬の嘶きがして足音が止まる。ワンピースの裾を摘み、フルールはゆっくりとカーテシーをした。


「――いい、顔を上げろ。出迎えとは愁傷だね。用件を知っているのは、心当たりがあるからか?」


「仔細は存じません。ただ、王太子殿下がお呼びとあらば、馳せ参じるのが臣下と言うものかと」


 顔を上げたフルールは、ラフィネを静かに見つめる。チラリと見たその彼の後ろ、前はともかく、後方にいる騎士は鎧を身にまとってはいるが、戦意はなさそうだ。

 むしろ気まずさから目を反らし気味で、萎縮しているようにも見える。


「まぁいい。調べれば分かることだ。フルール・サントュール侯爵夫人、王城へ来てもらう。抵抗すれば――」


「しませんわ。早く行きましょう。王太子殿下、時間がもったいないでしょう?」


「貴様!」


「おぅ、そこの若ぇの。領内で武器を出すなら俺が相手になるぞ?」


 血気盛んな前方の騎士が、フルールの言動を咎め、それをアルディが真っ向から鼻で笑っていた。


「サントュール夫人、君は魔法使いでもあるね? しおらしく付いてきて、王城で暴れる魂胆なら困るから、封じの手枷を付けさせてもらうよ」


「手枷でもなんでもいいから、さっさとして? その通夜みたいな顔見てると、いい気がしないのよ。スルス様に失礼な男ね」


 静かに告げるラフィネに、フルールは両手を差し出して苛立たしげに答えた。

 口調が前世に引きずられたのは、母を亡くしたばかりの父を思い出すからか。


 ――本当に止めてほしい。忘れられないのよ、あんな顔。思い出さないようにしてるんだから。


 人の心が壊れたその後を、前世で初めて見た瞬間だった。そして、掛ける言葉を持たなかった自分もまた、何かが壊れた日でもあった。


「今の君に、スルスの名を呼ぶ資格はない」


「そう? 生きて今頑張ってる人を諦めて、勝手に死んだことにしてる人よりマシね?」


 ラフィネが馬から降りて、フルールの前に来る。その醸し出す殺気にたじろいで、追従してきた騎士は動けないらしい。


 ――らしくないわね、本当に。


 殺気に怯まないのは魔力量が多すぎるせいか、それとも腹の底から湧く憤りからか。

 フルールは目を反らすことなく、ラフィネの前へ一歩進み出ると、アルディとフィアビリテを背中で黙らせた。


「仔細は知らない。でも、スルス様が病に倒れたんだろうなってことは、貴方の顔を見ればすぐ分かる。で、なんでここに居るの? 弔い合戦? 生きてるでしょ? 雑用なんて部下に任せて、貴方はなにがなんでも、スルス様のすぐ傍にいなきゃダメじゃない!」


「……っ、スルスが……、人払いを、した。だから、僕は、僕に出来ることは――なんでも、する」


「それで私に八つ当たりしに来たって? バカじゃないの? 生きてるでしょ? 今、この時に何かあったらどうするの? 逃げないで、ちゃんと向き合いなさいよ!」


 視線だけで人を殺せるとは、この事だろう。ラフィネから漏れる魔力が、刃となってフルールの肌を刻んだ。その薄く裂けた皮膚から、血が滲む。


 ――二人に出会ったのはたった二回。それでも分かることはある。


 ぷしっとフルールの手に新たな傷が出来、そこから血が吹き出た。赤く染まった両手を躊躇わずに伸ばし、ラフィネの頬を挟んで言い聞かせる。


「手枷でも首輪でもなんでもさっさと着けて、早く城へ向かう! 接近禁止なら扉に張り付けばいい! 拒絶されたからって何よ! 方向性が間違ってるわ。スルス様が喜ぶとでも思ってんの!?」


 全ての準備が整った前の日、親族も集まる前の――家族だけの日だった。

 糸の切れた人形のように棺の傍で座っていた虚ろな瞳の父の姿が、フルールはずっと忘れられない。

 その後の地獄日々でさえ、腹は立っても、どうしても恨むことまで出来なかった。


「愛してるなら間違えないでよ。後悔しないように生きなきゃ、足掻きなさいよ。まだ生きてるんだから」


 何をどうしても、タラレバは尽きないものだ。なら、少しでも後悔の無いよう、減らしてほしいとお節介を焼く。


 ――私なんてどちらの世界でも、お別れも言えなかったのに。


「……」


 ピクリと動いた肩、光を失った瞳が揺れてラフィネは唇を震わせる。

 言葉を失った彼にそれ以上構うことなく、フルールはその剣幕のまま後ろを振り返った。


「アルディ様、二人くらい抱えて飛べるよね? 馬より早いよね?」


「ああ、他ならない義娘からの頼みだ。飛んでやろうじゃねぇか。荒くていいなら、朝には着くぞ」


「で、殿下を拐ってどうする気だ!?」


 フルールが急に話を振れば、アルディは一つ返事で頷いた。騎士の言葉に耳も貸さず、アルディは手を伸ばして、フルールの切れた頬を服の袖で雑に拭ってくる。

 随分と甘くなったものだと、それを他人事のように思ってフルールも受け入れた。


「騎士さんたちは、俺と王城まで馬で向かいましょうか。言っときますけど、何かする気なら――今、アルディ様ならこの場ですでに殺っちゃってますって。わざわざ拉致する理由もない」


 フィアビリテの地を這うような声が、軽い口調とギャップを生んだ。フルールには、ラフィネよりもそれがうすら寒く感じ、切り替えるように叱咤する。


「手枷を持ってるのは誰です? 早く嵌めてもらっていい? 時間の無駄よ、無駄!!」


 奥の騎士が、慌てて荷物から手枷を取り出し、フルールの腕に嵌めた。無骨な枷は冷たく、そこに身体に重くのし掛かるような圧を生んだ。

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