第16話 誰に物を言ってるんですか
「嬢ちゃん、久しぶりだな」
「あら、お義父様ではありませんか、お久しぶりですわね」
晴れた昼間、家の玄関に立ったのは、アルディだ。最後に会ったのは、治水工事の進捗で強引に現場に連れていかれた時。
――ああ、そうだ。稲も探さないと、植えるなら年明けから準備しなきゃだし。
フルールが開けた穴に水が入り沼地になった。良さそうな質感だったから、是非とも米を植えてみたいのだ。
「……おい、嬢ちゃんよ。俺の顔見て、今絶対関係ないこと考えてるだろ」
「失礼ですわね。無関係ではありませんわ」
思考は確かに他所へと旅立っていたが、稲作をやるとなれば巻き込むのだから、無関係ではないだろうと、フルールはいたずらっ子のように笑う。
「はぁ……、いつものお喋りには付き合ってやれねぇんだ。荷物をまとめな、匿ってやる」
「はい……?」
めんどくさそうに息を吐き出して、首の後ろを掻いたアルディに、フルールは首を傾げる。
唐突過ぎて意味が分からなければ、普段の強引さもないのだから変だろう。
「あれ、アルディ様」
「おう、フィアビリテ。なんだ、その顔はやっぱり王都じゃ遠すぎて、お前じゃ気づかねぇか」
裏で薪割りをしていたフィアビリテが、来客に気づいて表に回ってきたのだ。彼もまた、意味が分からないといった顔をしていた。
――王都?
「……アルディ様。今、王都って言いました?」
「おう言ったぞ。王都で魔石が割れた。お前なら、その意味はさすがに分かるだろ?」
訝しんだフィアビリテは、アルディの言葉を聞いてざっと青ざめた。その反応が珍しくて、異常事態なのだとフルールも身を固くする。
「キナくせぇ動きは把握してたがよ。領境の関所から早馬の報せだ。王太子のガキがこっちに来てる」
「お義父様。王太子殿下に不敬ですわ」
「あぁ? 騎士が数人とはいえ物々しく武装して来るのに、敬う必要がどこにあるんだよ?」
「……武、装?」
「奥様、前に言いましたよね。しばらくは王都に来るなってルゼルヴェに言われたって」
「そうね?」
流行り病が移るから来るなと、ルゼルヴェが言ったのだろうとフルールはずっと思っていたのだ。
「国に広まった病は流行り病じゃなくて奇病なんです。サントュール領では被害報告が無く、領民は無事です。なので恐らく……」
「ああ、侯爵家に嫌疑がかかったのね? 旦那様は拘束でもされたのかしら?」
「さぁな。あの愚息は、自分のためになんて割らねぇ。だから俺は、こっちに来た」
最近は本当に、家のあるここ――領地の端で、ずっと過ごしていた。
冬物向けの新商品として、ハンドクリームや保湿効果のあるものを作るために。世辞に疎くなるのは、仕方ないではないか。
「あら、それでしたらお義父様は砦にお戻りになって下さい」
「ああ?」
「未曾有の奇病が流行っているのは分かりましたわ。で、手薄になったところを攻め入れられてしまっては、セオリー過ぎて笑えませんの」
「嬢ちゃん?」
だから、今更ながらこの流れは分かる。どこか、ドラマのような展開でもあったからだ。
フルールは迷うこと無く、アルディの気遣いを断った。
「大体ですね。嫌疑がかかったとして、何故、私が逃げて匿われなければならないのですか。悪いことはしてませんわ」
「奥様、捕まればどういう扱いになるか分かりませんよ。だから、ルゼルヴェも――」
「普段、命を張ってモンスターと死線を潜り抜けて来られた方々が、随分と日和ってますのね」
「いや、それとこれは……」
歯切れの悪いフィアビリテは、さっきから顔色が悪い。ルゼルヴェが気がかりなのだろうと、それだけで伺い知れた。
――バカなの。私が逃げたら、旦那様の立場が悪くなるだけなのに。
フィアビリテの行動は矛盾していた。本人は気づいているのだろうか、ルゼルヴェが心配なのに、フルールを守ろうとするその歪さが。
「上に立つものが愚行を犯すならば、それを諌めるのは臣下の務め。先ずは、王太子殿下の言い分を聞いてみなければ、何も分かりませんわ。
聞いた上で、旦那様で不足でしたら、私も侯爵夫人ですもの。受けてたとうではありませんか」
「言いたいことは分かりますけど。奥様、それじゃ最悪――」
「事実無根で殺めれば、どれだけ隠したところで人心は離れていきますわ。そんな王家には未来も何もありません」
この国の歴史は知らない。が、前世はそうだった。衰退と繁栄を繰り返し、多くの血と屍の上に現在があった。
――あそこにはモンスターなんていなくて、人類の絶滅を危惧するほどの危険な動物もいなかったのに。
ただ、人と人とが長い長い間、争っていた。賢王であれば治世が続き、愚王なら崩壊する話だけなら簡単なことだった。
「ルゼルヴェ・サントュール侯爵が妻、フルール・サントュールは逃げも隠れもしません。お二人は、私が気弱で泣き暮れる令嬢だとお思いですか?」
「ないな。やっぱり嬢ちゃんは誰だろうと立ち向かってこそだわ」
「……俺、またルゼルヴェに顔向け出来ねぇ」
ドヤァと玄関で開き直るフルールに、アルディは笑い、フィアビリテは頭を抱え唸っていた。
――お義父様も、図ってましたわよね。本気で匿う気なら、有無を言わさずのはずですもの。
こんなところで立ち話などする性格ではない。どちらに転んでも良いよう、アルディは構えていたのではないかとフルールは思ったのだ。




