第15話 迫る脅威
「……ルゼルヴェ、お前は白だよね?」
「くだらん。グレーですら俺ならば、ここにはいないぞ」
執務室では広さや使い勝手が悪いと拠点を別の部屋へ移した。長机に広げた地図には、日に日に増える被害報告を書き起こしている。
印がないのはごく僅かな地域、その内の一つにサントュール領も含まれていた。
「ああ、そうだよな……。お前なら、こんな卑怯な手は取らない」
「それよりも、何かしら成果を出す方が実のある話だ」
隠す傾向が強かったせいで、報告に上がっていない地域は感染の有無が分からず、共通点が絞りきれていなかった。その為、城から人を出して報告を義務付けて吐かせた。
「はぁ……、ごめん。不毛だったな」
ラフィネは気を紛らわせるように、左右に首を振る。部屋で報告を聞き、情報をまとめて意見を交わす。ずっとその繰り返し。
規模が大きすぎるせいで、派遣するにも人手が足りていなった。
「いや、気が滅入るのも仕方ない。俺でもそうする」
サントュール領に至っては、ルゼルヴェの管轄だ。先日、フィアビリテが来たこともあり、その詳細は把握出来ていた。
――領全体に、病人が出た時点での早期報告も指示を出している。
万が一を考えて、領内外への動きも制限をかけるかという段階だ。フィアビリテにも当分王都へ近寄るなと命じてある。
――これは、いつ嫌疑がかかってもおかしくない状況だ。
先日フルールを妬み流れた噂、とうに消えたそれが尾ひれをつけて再び顔を出した。
曰く、サントュールが無事なのは、周りを貶めた陰謀の元凶だからではないのか、と。
「王都でも出たな。貴族の自殺はまだないが、確認された民同士の生活範囲が重なってない者も発症している。単純な疫病と言うわけではないのだろう」
「治療法も確立出来ず、被害は増える一方か……本当に、質が悪い」
軽度の症状なら、生活が苦しい平民ほど見落としてしまう。発見されるときはすでに中度、重度だった。
「し、失礼します!!」
「今度はどこだ? また城下か?」
「そ、それが……」
挙動不審の騎士が部屋に駆け込み、ラフィネがため息混じりに訊ねた。
「今朝、王城内での体調不良者が複数確認されました! すでに隔離済みです」
「なら、その者たちと関わりのあった者たちを看病に当たらせろ」
「ハッ!!」
「……なんだ、まだ何かあるのか?」
立ち去らない騎士に、ラフィネが眉をひそめる。騎士はそれに言葉を詰まらせ、敬礼をしたまま目をつぶると、意を決したように声を張り上げた。
「つい先程、王太子妃殿下も体調を崩されまして、病床に臥せっておられます」
「――っ!!」
バッと身を翻したラフィネに、騎士が立ちはだかり、悲鳴にも似た声で叫ぶ。
「なりません、王太子殿下! 王太子妃殿下は、意識がハッキリされておいでです。移るかもしれないからと、接近禁止を直接厳命されました」
「そこをどけ!」
「私は、王太子妃殿下の命を受けています。『皆が頑張っている中、ただでは屈しない。殿下を信じている』との伝言にございます。王太子妃殿下は、治験にも応じるつもりだとのことです。
出入口、窓に至るまで人が控えております。我らがお守りします。ですから、お通し出来ません!!」
「ちっ!」
ドアの近く、壁を思い切り殴り、ラフィネは俯いた。ルゼルヴェは静かに見つめ、状況を考察する。
――王太子妃は、誰よりも体調を気遣っていたはずだ。
ラフィネの足枷にならないように、自分が倒れれば動きが鈍る。冷静さを欠き、判断を誤ると分かっていたからだ。
誰もが固唾を飲んで見守る中、ラフィネが顔を上げた。
「……被害の出ていない地域、全ての貴族を確保しろ」
「ラフィネ!」
「聞いただろう、ルゼルヴェ。スルスが倒れた。もう時間を掛けていられない。病の広がりは異常だ。どうみても意図的なんだ。
……仮に、人為的でなかったとしても、病と無縁の彼らの共通点が分かれば、それが突破口になる。スルスに辛い思いも、ましてや――……」
暗く笑うラフィネに、ルゼルヴェは掴みかかるが、手を払われる。詰めよったルゼルヴェを、騎士が間に立って取り押さえた。
「夫人は魔法の素養があったね。侯爵夫人だからね。安心してくれ、僕が自ら丁重に迎えに行こうじゃないか」
「ラフィネ、――っ!」
ルゼルヴェは叫ぶと同時に、腹部に引きつれたような痛みが走る。じわじわと広がる痛みに顔をしかめ、込み上げてきた吐き気に、手を押さえた。
「ルゼルヴェは疑ってはないよ。ただ、彼女は怪しいじゃないか。被害の出ていない地域に、生家の伯爵領もあるからね」
「サントュール侯爵様。すぐに部屋を御用意しますので、一先ずは命に従って下さい」
部屋から出て姿を消したラフィネを追いかけなければ、そう思うのにルゼルヴェは動けなかった。すうっと胸の奥が冷えて、ポタポタと汗が滴り落ちる。
「……っ」
ルゼルヴェの視界がくらりと揺れて、手足から力が抜ける。騎士に寄りかかるようにして、その場に膝をついた。
――これ、はっ!
ルゼルヴェが視線を彷徨わせれば、指が震えているのが見えた。ビリビリとした痺れを手に感じる。報告でさんざん見聞きした初期症状だった。
「サントュール侯爵様? 侯爵様!! おい、誰か手伝ってくれ!!」
騎士が騒ぐ声が、耳鳴りによってどこか遠くに聞こえる。ルゼルヴェは辛うじて動く手を、胸に当てた。
もう使われなくなって等しい手段だ。気づく人間も限られたごく少数。
――知らせ、なければ……。
けれど先日、フィアビリテが魔石を砕いた時は駆けつけてくれた。普段は憎らしいことこの上ないが、頼もしいのも事実。
ふつりと意識が途切れる寸前、ルゼルヴェは手を起点に風を起こし、胸のブローチにつけた魔石を破壊した――。




