第14話 ハンドクリームと、忍び寄る不穏な影
「ミツロウに、オリーブオイルを混ぜて……」
クツクツと、フライパンの中でお湯が沸いている。弱火にしたら、そこへボールに入れたミツロウを乗せて溶かす。
「カーム、決まった?」
「待って! まだ悩んでるの!」
「冷めるまでには決めてね? 固まってしまうから」
溶けたミツロウにオリーブオイルを加えて、さらに混ぜる。そこから一人分を残して、別のボールに移した。
――カームの分は決まってから、湯煎から出す方がいいわね。
取り分けた液体があら熱が取れて冷めるのを待つ間に、ラベンダーの精油を用意する。
暇さえあれば精油取りをしているのもあり、種類や量はかなり充実してきた。
――これも精油を混ぜないものを、別邸の取り扱いに切り替えたお陰ね。
フルールは日頃の感謝も込めて、カームにはハンドクリームに気に入った香りつけをしてもらおうと、精油のブレンドを任せていた。
「ただいま戻りましたぁ、奥様」
「お帰りなさい、フィアビリテ。どうだった?」
王都からの納品を任せていたフィアビリテが、帰ってきたらしい。その道中にも、店舗と別邸の方へ寄ってもらっているので、フルールは訊ねた。
「店舗は軌道に乗ってきた感じですね。従業員に気後れして遠退いた客足が、奥様の提案で目玉の庶民向けを店頭販売に切り替えたのが功を奏したようです」
「もてなしのプロで粗相の心配も要らないけれど、格式高くなってしまっていたものね。あれじゃあ、庶民は入りにくいもの」
他にもルゼルヴェに許可を取り、広場での市にも参加させた。結果、少しずつ距離が埋まっているようだった。
「慣れた客は中にも行きますし、プレゼントにも良いと噂が広まってるようで、男性客が店内に入ることもあるようですよ」
「自分用に買いづらくても、贈り物なら財布の紐は別だものね。需要が増えるなら、ラッピングの飾りを領民の内職として取り入れましょうか」
「飾り?」
「ええ、老人や子どもでも出来るものよ。嵩張らないから、便を増やすことなく、普段の資材のやり取りで対応できるわ」
――前世の折り紙、指先を使うのは頭に良いしね。いっそ紙作りで植物も漉きこんで混ぜてしまってもお洒落で良いわよねぇ。
綺麗な梱包はそれだけで目を惹き、付加価値をつける。多少値を張っても見返りが認められるなら、やらない手はないだろう。
「それに貴族向けが増えたら、見た目の豪華さも必要だもの。早めに取りかかっても良いかもしれないわ」
「あぁ……。じゃあ、色気もないし、飾りっけもなく、贈り物としても不十分ですが、ちょうどお貴族様から贈り物ですよ、奥様」
「お貴族様って、旦那様でしょう」
フルールに、貴族で懇意にしている知り合いなどいない。フィアビリテは目を泳がせて決まり悪そうな笑いを浮かべている。その思惑が、フルールは手に取るように分かってしまう。
――大方、ラッピングも無ければ、プレゼントらしくもないんでしょ。
ルゼルヴェは、貴族である妻との初デートに領都の食堂を選ぶセンスだ。
フルールが格式高いだけの場を好まないことを考慮したとしても、よく選んだものだと思う。
「確かに、ルゼルヴェからですけどね。頑張ったとは思いますよ」
そう言ってフィアビリテが懐から取り出したのは白いハンカチだ。その包みを開けば、中から出てきたのは真っ赤な石がワンポイントとしてついたアクセサリーの一揃えだ。
「剥き身……」
「俺も思ったんで、突っ込まないでください。ただ、言い訳するとこれでも気を配ったんだと思います。城で寝泊まりしてるようで」
「旦那様が詰めるなんて、珍しくないでしょう?」
フルールと結婚するまでは、仕事一辺倒だったのだ。それこそ婚前の顔合わせも、デートも全くなかったほどに。
「それが、王太子殿下の目を盗んだ隙に、当分来るなとも言われました。どうやら各地で病が流行っているそうで」
「流行り病? 風邪はこの辺りでもチラチラと聞くけれど、国が動くほどの病なのかしら?」
「いつもの流行り病とは違うそうで、俺も移すなって口酸っぱく言われました。王都で聞き取りしてみれば、流通にも影響が出始めていて噂にはなってるらしいです。ただ、サントュール領内でまだ聞かないのは確かです」
「流行ること自体は珍しいことではないけれど、良いことではないわね。うちは石鹸も扱うから、手洗いうがいの徹底を同時に広めましょう。多少、感染の予防にはなるでしょうから」
フィアビリテの持つハンカチから、ネックレスを取る。チェーンに繋がれた赤く丸い石は、親指の爪ほどのサイズで深い色をしていた。カットもなく、宝石とはまた違った色合いだ。
「それで、多忙な旦那様が、どうしてわざわざこんな贈り物を?」
赤い石を取り囲むように細長い金属が巻かれていて、それがチェーンと繋がっているのだ。
ブレスレット、ピアスも同じように細長い金属で石を固定し、アクセサリーとしての体を成している。
――ワイヤークラフトみたい。城に缶詰でいつ作らせたのか……。え、まさか手作り?
ただの直感だが、手製ならラッピングがないことも頷けた。人に頼んだなら、箱ぐらいには入っていそうなものだからだ。
「しばらく顔を出せないから、だそうです。ちなみにそれ、全て魔石なんですよ。
あ、魔石は、ほとんどのモンスターが心臓付近に持っています。強い個体ほど大きいのですが、要するに魔力を秘めた結晶体ですね。
以前の誘拐に限らず、何かあれば空に投げて割って下さい。無理なら地面で踏みつけてもいいです。魔法に長けた者なら、解放された高濃度の魔力を察知できるので居場所が分かる仕組みです」
「なるほど、危険を知らせるのに使うのね。魔道具かと思ったら、なんの加工もない石……」
――使い方は、信号弾みたいなものかしらね?
「まどうぐ?」
前世、魔石と言えば空想では魔道具や魔法の媒介に使われるものが定番だった。
ここでは魔道具を見かけたことはない。やはり存在しないらしい。
「いいえ、なんでもないわ。それにしても全部で五つ、そんなに必要かしら?」
「補充がいつ出来るか分からないというのと、まあ……、備えあれば憂いなしと言うことですね」
「使わないことを祈るわ」
つけましょうか? とフィアビリテが訊ねてきたので、フルールはピアス以外を断って身につける。
作業の邪魔だ、要らないと突っぱねるのは気が引けたのだ。
「サクッと、やっちゃってね?」
「チクッとするのも一瞬ですよ。奥様こそ、驚いて魔法で俺を吹っ飛ばさないで下さいね」
貴族令嬢として、ピアスは身につけたことはある。ただ、そんな生活から離れていたので穴は塞がってしまっていた。
フィアビリテに頼んで開けてもらうが、困ったように笑われてしまった。
「フルール、決めたよ!」
「――あ、忘れてた。……ってこっちはもう香りつけは無理ね。固まってしまったわ」
湯煎に入れたままのカームの分はむしろ適温で無事だったが、フルールがラベンダーの精油をいれようとした方は、固まってしまっていた。




