第12話 同日夜、不吉な風が国に吹く
「……ふふ、……ふふふ……」
月が照らすバルコニー、鼻唄を歌い、長い髪を弧を描いて、少女がくるくると踊る。瞳はどこか遠くを見つめ、幸せそうに笑っている。
「お嬢様、失礼しま――あぁ、お嬢様! またそのように外に出られてっ!!」
「あはは、ははははははっ!」
部屋に入ってきたメイドが、ぎょっとする。あっという間にバルコニーの手すりに立った少女がメイドに目を掛けることもなく、笑い声を上げ――落ちた。
「きゃぁぁぁぁぁぁ!! 誰か! 誰かぁ! お嬢様が下にっ!!」
◇◆◇◆◇◆◇
ドン、ドン、ドン……。
ドンドンドンドンドンドン。
「……こんな夜更けに、急患か。あぁ、待て待て、今開ける」
外から漏れ聞こえる喧騒に、ボリボリと頭を搔きながら男は玄関口の扉を開ける。血相を変えた親子がそこにいた。
「痛いよぉ! 痛い、痛い、痛い、痛いぃ!!」
「先生! 突然痛みを訴えたんだ。なんとかしてくれ!!」
母親が抱えた子どもが、火がつくように泣いている。耳に刺さる泣き声に、男も慌てて中へと招き入れる。
「あ、ああ! 中へ、痛いのはどこだ?」
「痛いぃ、痛い。手が、手がぁぁぁぁあ!!」
◇◆◇◆◇◆◇
「――やっぱり。夫人の見つけた物は、正しく毒草だったか」
「最初から信じておられたのですか?」
ラフィネは牢屋の前、物言わずに倒れている男を見つめて静かに呟いた。後ろに控えた近衛騎士が、驚きを隠さずに聞いた。
「こと植物において、彼女はかなり知見が深そうだと思ってたからね。それに毒の有無だけなら判別は容易だろう?
僕は今、知りたいんだ。毒草なら放置は出来ない。そうでない場合、あそこを更地にも出来ない。詳細を調べるのは必要だ。それは専門家に任せただろう?」
ルゼルヴェが抜いた草は、研究機関に届けさせた。近日中に回答が出るだろう。
近衛騎士が布に乗せた紫の花は、ラフィネが新たに抜くよう指示したものだ。
そして、死刑が確定した男へ食べさせた――それだけの話。
「さて、念の為。もう一人いっておくか」
ラフィネは、隣の独房へ視線を移す。中にいる男が一人、顔を青くさせていた。
一人だと、たまたまかもしれない。毒の有無をこの目で確定させることが、ラフィネの目的だった。
「ひっ……、ひぃ! な、仲間が今まで連れて、かれて……戻って、来なかったのは……っ!?」
「酷いな。先ほどの男と君の二人は、僕の交渉に首を縦に振った。協力してくれた暁には、無罪放免として国外へ出ることを許可すると言っただろう? 嘘はついていないよ?」
ただ、国外へ出る時に生きているかどうかは保証していないだけで。ラフィネは後ろの近衛騎士に指示し、紫の花を男へ与える。
――大分数が減ったな。ま、良いことだけど。
ラフィネはつまらなさそうに男から視線を外すと、独房の管理を担当している騎士へ向き直って命を下す。
「――結果を見届けたら、報告を。その後はいつも通り処理をしておいて」
「御意」
辛気くさい地下の階段を登り、追従する近衛騎士に話を持ち出した。
「例の花は全て抜こう。研究機関に全て運び込め。不要分は即焼却するように徹底してね」
「はっ」
にこりと笑って、ラフィネは外に出る。冷たい風が吹き抜けて、金の髪をさらりと撫でる。
「庭師には明日……。その後、仕入れ元の商会。ああ、スルスや母上にも、花を抜いたことだけは告げておかないと怒られるな」
今後の予定を立てて、ラフィネは目を細める。毒草が一つとは限らない、王城内を精査するべきだろう。
――たまたま見つけた彼女は、果たして……。
ルゼルヴェと結婚し、すぐに白粉に有害な物があるとフルールは告げた。
この度、王城に招いたのはルゼルヴェで、許可を出したのはラフィネだ。たまたま赴いた先で、またも彼女は毒草を見つけた。
「二度あることは三度ある。まだなにか、起こるかもね?」
「殿下、何か……?」
「いや、惜しいことにはならないことを、祈るばかりだと思ってね」
ラフィネの呟きは、風に拾われて誰にも聞こえなかった。聞き返した近衛騎士に、ラフィネは王太子として微笑んで返す。
――偶然も重なれば、必然だ。それがもたらすのは幸か不幸か……。




