第11話 旦那様がサプライズを画策したらしいです
「見せたいものって何かしら?」
ドレスコードでの晩餐を終えて、改めて貴族だなとフルールは今日一日を振り返る。
メイドたちの熱烈な誘いを断って一人で入浴した後、ゆったりとした寝間着に着替え、自室でのんびりと過ごしていた。
――呼びに来る、のよね? あまり遅くて、長い用件はお肌の大敵なのだけど?
なぜ、晩餐の時ではダメだったのか。フルールは、ルゼルヴェに見せたいものがあると言われて待っていた。
「……君はなぜ、上着を羽織らない?」
「はい? 必要ですか?」
ノックがしてフルールが扉を開ける。ルゼルヴェの第一声は、それだった。
冬に差し掛かる季節、フルールの着ている長袖のワンピースは、胸元もしっかりと隠され露出も無い。
だと言うのに、なぜかため息を吐いたルゼルヴェは、上着を脱ぐとフルールへ羽織らせる。
「見せたいものがあると言っただろう。少し歩くぞ」
「外へ出るなら、出ると言ってくだされば良いのですわ」
フルールはてっきり、部屋の前で済む用件だと思っていたのだ。
――本とか資料とか、そういう類いの物だと……。
サントュール侯爵家の所有する建物は、今いる王都の本邸、領都の近くの別邸の他、別荘が幾つかあるらしい。
規模としては領都にある別邸が本邸なのだが、モンスターによる被害で安全確保が困難だった時代、母子を王都の屋敷で住まわせていたことから本邸と呼ぶそうだ。
――差し障りがないように、本邸として成り立つよう立派な住居を構えているって、確かフィアビリテが。
王都に出るにあたっての不足分の知識を、フルールは事前にフィアビリテから聞いていた。
さらに当主交代を機に本邸と別邸の使用人配置換えを含めかなりの数を入れ換えたため、本邸は人手を最小限で回しているのだとも教わった。
「君はまさか、普段から薄着なのか?」
「あたかも人を非常識な人間のように言わないでくださいませ。場にあった格好くらい出来ますわ」
「なら、人前に出る時は夜着ならばなおのこと、注意してくれ」
「はぁ……?」
前を歩くルゼルヴェがそう言い、フルールは疑問符を浮かべながら後に続く。長い廊下を歩き、一階へと降りてきた。
本当に外へ行くのかと思えば、廊下へと進んでいく。
「部屋の鍵だ。開けて見てくれ」
「はい……?」
扉の前で立ち止まったルゼルヴェが、鍵を一つ渡してくる。フルールは戸惑いながらも、言われるがままに鍵を開ける。
「これは……」
「ちょうど数日前に、改装が終わってな。こちらの用で君に不便を掛けることになる。全てが家と同じというわけではないが、滞在中の商品開発、王城への献上品などの作成くらいなら、担えるようになっているはずだ。
君のリクエストを買い集める際に、予備として買いつけたものが殆どだからな」
真っ暗な部屋の中へ足を踏み入れたフルールに、ルゼルヴェが魔法で灯りをつけて周囲を照らす。
そこに広がったのは、家よりも広い作業部屋だった。
「お高くついたのではなくて?」
「そうか? 安いものだぞ? それに、使っていない部屋でもあるからな。有効活用したまでだ。
領都の店舗で世話になった職人たちに、そのまま改装を依頼した。使い勝手の意味でも、君の慣れたものに仕上がってるだろう。足りないものは、言ってくれればまた用意する」
「……ああ、それで見慣れたものが幾つかありますのね」
机に置かれた道具の数々の他に、部屋に設置された家具などが、家や店舗に置いてあるものとそっくりな物があったのだ。
台のサイズ感も、確かにフルールの身長に合わせた高さになっている。
「どうだ?」
「……ありがとうございます。本邸に滞在する間は、ありがたく使わせていただきますわ」
フルールは、その気遣いを素直に受け取って感謝を述べた。一瞬、ルゼルヴェが拾われ待ちの子犬のように見えたせいもあるだろう。以前のプレゼン、そのリベンジのようにも感じた。
――でも、ここで作れたら確かに、王太子夫妻への納品はしやすくなるわよね。
一ヶ月も滞在するとなると、納品について課題があったのだ。部屋全体をぶらりと歩いて、フルールは思案をする。
相変わらず行動が早いと、感嘆しながら微笑を浮かべた。ほかほかと胸が温かくなるような、むず痒くなるようなものが次第に芽生える。
――ああ。素直に……、貰って嬉しい贈り物って久し振りだものね。
今世、両親から贈り物を貰ったことはあるが、それくらいなのだ。前世では母が亡くなった子どもの時から祝い事とは無縁だった。
「確かに、一通りありますわね。すぐにでも取りかかれそうな立派な設備ですわ」
どう反応したら良いのだろうか、フルールは慣れない気持ちに少し戸惑って、頬に両手を当てる。小首を傾げて、ルゼルヴェに見られないよう歩み続けた。
そうして居心地が悪いわけではないのだから別に良いかと、フルールは結論づける。
「あ、旦那様。他の資材などは、自分で目利きして購入するので、買い置きは不要にございます」
「分かった」
意味もなく空の引き出しを開けたりと、一通り見終えた後、思い出したようにルゼルヴェへお願いをした。
――変なところで、行動力が素晴らしい旦那様だものね。
過剰な素材の買い取りだけは、阻止しておかないと、滞在期間に合わせて食料庫に見間違うだけの物を集められそうな気がした。
一ヶ月も家を離れる、その不安が少し軽くなった気がした。




