第10話 髪を洗う、スカルプケアの話
「奥様。お着替えを手伝わせていただきます!」
「貴女たち、私のことは気にしなくて良いわよ?」
本邸に着いて、調べものにフルールが精を出した結果。その前に診察や王太子夫妻に絡まれたこともあって、すっかり夜になってしまった。
――宿でも良かったのに、私。
周りからの圧に負けたフルールは、翌朝に出発することとなり、晩餐のためにとメイド二人に捕まっているのが今である。
貴族文化が今日一日で、一気に押し寄せてきているとフルールは感じていた。
「いえ! 奥様のその艶やかな髪を!」
「奥様のはりのあるお肌を!」
「「是非とも触らせてくださいませ!!」」
「変態ね! 貴女たちは!?」
にじりと詰め寄ってくる二人に、フルールの味方は一人も居ない。休みなど半休で良いと、しれっと馬車から合流していたフィアビリテは、今はルゼルヴェと共にいて不在だ。
「絶対に、綺麗に仕上げますので!」
「またとない機会を逃したくありません!」
「……明日は軽装だからね。今晩だけ、よ?」
「「ありがとうございます!!」」
今後のことが頭をよぎり、フルールは渋々といった体で折れた。あまり好意的ではないのではと身構えていたフルールに対して、本邸の人間は優しかったせいもあるだろう。
――調べものの間、絶妙なタイミングでお茶も貰ったしね。でも、長期滞在の時は、カームを巻き込むわ。
気心知れたカームが一緒に居ればと安心だと、フルールは決意する。その考えが甘かったと後日知ることになるのだが、この時はまだ全く気づいていなかった。
「はぅ。奥様のお髪、指通りが滑らかですぅ」
「お顔も間近で見ても、やはりお綺麗ですごいです」
「お世辞は良いわよ。今日はほとんど屋内に居たからだもの。外に出れば、私だって髪や肌がかさついたりはするわ。それに貴女たちも、お手入れはキチンとしてるみたいじゃない?」
気付けの前の入浴は頑として断り、椅子に座らされたフルールは後ろの二人へ声をかける。
一人はハニーブロンドのショートヘアー、一人はブラウンの髪を一つにまとめたお団子だ。
そのどちらも、今世ではまだ美容が浸透しておらず珍しい天使の輪が髪に出来ていた。
「奥様の品々のお陰ですよぉ。カームに使い方を教わって!」
「美の女神たる奥様に褒めていただけるとは!」
「待って、なにその呼び名」
「庶民にも美容を広めてくださった奥様を奉る会にございます」
「なにそのファンクラブみたいなのは!?」
その大袈裟すぎる二人の反応に、そういえば本邸でも商品が人気だと聞かされていたことを、フルールは唐突に思い出した。
「でもでも、奥様も同じものをお使いなんですよね? とてもそうは見えないので、この目で見れて大変眼福ですぅ」
「そんな大層なものではないわ。良い? 髪を洗う前に、ブラシを通してる? 髪を濡らす時も軽く予洗いすると良いの。シャンプーは事前に泡立てて、指を立てずに指の腹で頭皮を洗うのよ?」
後ろで髪を梳かしてくれるメイドに、フルールはアドバイスをする。ブラシや予洗いで、埃や抜け毛を事前に取り除くと洗いやすくなる。
――熱すぎるお湯もダメ。三十八度とか高くても四十度までが理想よね。
爪を立てれば頭皮に傷がつくから、指の腹で頭皮、毛穴を洗うように意識するのだ。敏感肌の場合は、更に指の腹ではなく手のひらで優しく洗うと良い。
――前世だと、シャンプー用のブラシもあったから便利だったのだけれど……。でもコンディショナーやリンスは頭皮に付かないように、毛先を中心にって注意が増えるか。
今世には、まだ酢が主原料の簡易リンスしかないから、フルールはそこまでの指導はしていなかった。
コンディショナーやリンスに含まれる油脂が毛穴に詰まると、炎症のリスクが上がり、薄毛やフケといった良くない結果に繋がりやすい。
――ヘアワックスとかは逆に、シャンプー前にコンディショナーやリンスを使うと落ちやすくなるのよねぇ。
流す時には、頭皮に水や湯が当たるように、手桶でしっかりとゆすぐことが理想ではあった。ぬめりや洗い残しがあれば、不衛生まっしぐらだった。
――美容院のシャンプーとかヘッドスパは、この辺りがうまいのよ。癖になるくらい。
しみじみと思い返して、フルールは仕上げの話を始めた。梳かし終わっているはずなのに、メイドは未だフルールの髪を愛でているようだった。
「髪を乾かすのもタオルを使って、手で押さえつけるように、ね。風魔法だったら髪の根本から順に乾かして……あ、そうそう、熱過ぎる風はダメよ? 温度が調整できるなら温風に、次は冷風ね。
そうした一つ一つは些細なことでも、続けるうちに見た目の結果は変わってくるわ」
洗髪後はガシガシと拭くのではなく、キューティクルを傷つけないように、タオルは押し当てて拭くことも大切だった。
「髪は擦ったりする摩擦がなによりダメなの。自分の髪にもね、丁寧に丁寧に、主人の髪を扱うくらいの気持ちで優しく接すれば良いと思うわ。使用人同士で洗い合いするのも、良い練習になるかもね」
「奥様のお言葉、忘れず皆に伝えますね!」
「そこ! 布教するみたいな言い方は止めて!? なんなら今日、貴女たちの髪を洗って見せましょうか?」
毒を食らわば皿まで、フルールは半ばやけくそ気味にそう提案する。言って聞かせるより実践した方が早いからだ。
「恐れ多いです!!」
「記念に洗いたくなくなっちゃいますぅ」
「洗いなさい! 本末転倒よ!? そしていい加減、髪で遊んでないで手を動かしてくれるかしら!?」
楽しそうなメイド二人に、フルールは下手に畏まられるよりは、よほど良いと思いながらも複雑な心境だった。
「愛でてたんですよぅ。晩餐ですし、邪魔にならないよう纏めさせていただきますね!」
「では、私は奥様のお肌があまりにも綺麗なので、それを引き立たせるメイクにしましょう」
そこからの二人は、テキパキと手際よくフルールの着付けを行い。女主人を欠いた本邸でありながら、これ程までに出来る使用人だったのかと、フルールは驚かされるのであった。
いつもお読みいただきありがとうございます(*^^*)
梅雨の時期、片頭痛の絶賛大売り出しに揉まれるごとく、なかなか執筆が出来ず申し訳ないです……。




