第8話 旦那様との馬車での答え合わせ
「ラフィネに何を?」
「ただの商談ですわ」
馬車に乗り込むフルールを支えながら、ルゼルヴェがそう口にする。フルールは、微笑みをもって返し、奥の椅子に座る。
――太客としては間違いないのだし、土台が出来ればあとはもう、私の手も空くのではないかしら?
ルゼルヴェのコネを使った卑怯な口ではあるが、直接交渉のもと購入してくれるのだから使わない手はないだろう。
「王太子夫妻御用達となれば、前回のようなことへの抑止力にもなりましょう? お店も、従業員も資産ですもの」
フルールの誘拐と空き店舗への襲撃。仮にも、これからは常設店舗に変わるのだから、安全面、防犯面には気をつけたいところだった。
「領地での警備は強化している。二度と起きない」
「心意気は良いことですけれど、二度ととか、必ずとか、起きる時は起きるものです。人為的にしろ、そうでないにしろ、その為の備えは、十全にやり過ぎるくらいが良いのですわ」
ルゼルヴェはそう言って、フルールの向かい側に座った。
フルールに言わせれば、やらない後悔より、やり過ぎる方が良い。ルゼルヴェは胡座をかく性格ではないだろうが、そのスタンスは、周りにも誤解を生むだろう。
「あとは……対策としては、商売のうまい人を引き入れたいですわね。商会ですもの」
現在、フルールの商会の規模と言えば、家のある町での個人取引、領都にて常設の店舗の運営、王太子夫妻の直接取引だ。
――あとは社員割引ならぬ、納品ついでの領民への注文販売。
製造に関しては、家の近くのラベンダー畑の拡大、管理を始め、領都近くの別邸では店舗用の簡易な製造。
エルヴァージュ地域でのとうもろこし生産に加工業、商品名の札を始めとした備品の木工加工。
領内の他の地域にも、人を使って情報を集め、割り振りを考えているところだ。
――事業の教育をするにしても、大勢を一度には出来ないし、別邸の人間は最低限の教養は持ってるからね。
ある程度は経験者を適材適所に割り振ることで、店舗を運営しながらも今のフルールの手が空くようになった。それが成せるのは、今の事業範囲でのみだ。
「理想としては新年の宴の前、貴族に噂が広まるだけの間は良いですけれど、宴で人の目に触れ始めれば、今以上に拡大しますよね。
……と、なれば明らかに交渉に長けた人が必要でしょう。最低でも、世渡り上手な人が」
「まぁ、一理あるが。それよりは今日の本題を済ませておこうか。リスクヘッジで言うなら、君自身もだろう?」
「あら、私がなにか?」
ガタンと馬車が揺れて、動き出す。向かうのは本邸だ。
「女医があまり口を開かなかった。不特定多数の前では、患者のプライバシーだと言ってな」
「まぁ、それはそれは、医者の鏡ですわね」
「……君は、結果を聞いただろう? 共有するべきではないか?」
「あら、旦那様がどこまでお知りになったのか分かりませんし、乙女の秘密を暴くのは紳士としてあるまじきことですわよ。ご心配には及びません。子どもでもなければ、自己管理出来ますから」
じぃっと対面で見つめてくるルゼルヴェに、フルールはしれっとして返す。
口止めはしたが、女医が濁したのはどこまで話したかを把握していないのは本当だ。嘘ではない。
「はぁ……。君は魔法に至っては子どもと同義だと報告を受けているし、私も知るところだが?」
「――っ!?」
ルゼルヴェが、己の唇を指して含みのある微笑みでフルールを見た。
襟元を見て会話をしていたフルールはその整った唇を見て、以前のキスを思い出してボッと顔が火照る。
「それとも君は、魔力暴走を起こす度に誰かに止めて貰うことを前提とするのか?」
おろおろとし出したフルールの後ろ、馬車に手をついたルゼルヴェが、フルールの顎を掴んで上向かせる。
「この唇を、他の誰かにも触れさせると?」
「お、お言葉ですが! あの時止めるのに、口づけである必要はありませんでしたよね!?」
我に返る度に、ふとした時に、ずっと思っていた疑問をぶつけた。絶対にもっと適した方法があっただろうと、フルールは動揺する心を必死に宥めていたのだ。
「呼び掛けにも、肩を叩き、頬を軽く叩いたのにも反応せずにか? だから、本によく出てきていた口づけを試したまでだ。君の反応然り、それだけ有効という証拠にもなった」
「だから、なんの本を持ってそれを仰るのですか!?」
「ことあるごとに本の知識だと言う君と同じだが?」
「絶対に違いますわ!!」
フルールの本とは、前世の知識を隠蔽するための方便であって、ルゼルヴェの実在する本の知識ではない。
「そこまで言うのならば、魔力暴走を起こさないよう、君はもっと自己管理と制御を身につけるべきだ。多少時間が出来たのなら、なおさらな」
フルールの顎から手を離したルゼルヴェは、向かいに座りなおして、そう告げた。




