第3話 旦那様が役立たずで、王太子のキャラが濃い
「旦那様、私の方はこれで済んだと思いますの。お先に、予定通り本邸に戻らせていただいても?」
元々は、本邸に用があってフルールははるばる王都にやって来たのだ。それをどこからか聞きつけたルゼルヴェが迎えに来て、王城に連れて来られて今、と言うわけである。
「いやいや、侯爵夫人。僕の休憩時間がまだあるよ。これから四人でお茶でもどうかな?」
「まぁ、ラフィネ。良いこと言うわね。そうね、お茶の用意をさせましょう。フルールは何か、お好きなものはあるかしら?」
フルールはルゼルヴェに言ったのに、彼が答える前に王太子夫妻が逃げ場を潰してきた。
自由すぎる提案に、フルールはささやかな抵抗として押し黙る。
――解せないわ。断れないじゃないの。
ルゼルヴェに向かって、断れとダメ元で睨むように念を送ったフルール。
その横に立っていたルゼルヴェは、王太子夫妻を一瞥した後、口を開いた。
「診察で疲れただろう。飲んでから帰ればいい」
――飲む方が精神的に、疲れますわよ!!
なんて、フルールが声に出して言えるわけもなく――。
「……喜んでお受けいたします」
力なく脱力して疲労を抱えながらも、フルールは笑みを浮かべ、ドレスの裾を掴むとそう返事をするのだった。
スルスがお茶の用意をする間にと、フルールたちは庭園に案内された。自由に散策して良いと言われるも、王城に行くにあたりドレスを着て来た為、歩くのはあまり気乗りしない。
――夜会用よりラフだけど、重い、でかい……。本当に、動きにくいわ。
ドレスは蹴るようにしながらも、外からは優雅に見えるよう歩く。いつも思うのだがこの重労働、貴婦人は身体を酷使し過ぎではないだろうか。
「……」
「……《浮け》」
「ひゃ、っ……!」
隣を歩くルゼルヴェが、囁くように詠唱する。フルールのドレスの中で風が起こり、スカート部分がふわりと浮いた。
驚きのあまり悲鳴が出そうになって、フルールは慌てて口を手で抑える。
下から持ち上げられるような不思議な感覚があり、足が風によって少し肌寒い。
「旦那様、以前も申し上げたかと思いますが!」
「口に出す方が憚られる。誰が聞いているかも知れないんだ。君の品位を落としかねない」
抗議の眼差しでルゼルヴェを見つめれば、彼は少し困ったようにそっぽを向いた。
――ドレスを軽くするために、スカートの中に風の魔法を使って良いか……。まぁ、変態発言ですわね!
フルールならなんと言うか思案してみるが、良い案が浮かばなかった。そのままの意味合いになってしまった台詞は、胸のうちにしまい込んだ。
――私が魔法でやったら、ドレスが破けるかしら。
ルゼルヴェの気遣いの方向は、相変わらずずれている。ドレスが軽くなったことと、足捌きが楽になったのは確かに事実であるだけに怒るに怒れもしない。
「……君は王都には滅多に来ないのだから、来た時くらい楽しめば良いと思って、だな」
「お気遣いありがとうございます。ですが、本邸への用件を優先させて欲しかったですわ」
「資料など、見に来るのはいつでも構わないと確かに言ったが、本当に見て帰るだけのつもりだったのか……」
医者の診察をねじ込んで良かった。言外にそう言われた気がしたが、女医への口止めに成功したらしいと思うと、フルールとしては良くない。
――結果が出たら、報告を上げられて……また、何かと言ってくるに違いないわ。
本来割れないものが割れた、それは面倒事しかないだろう。
今は事業から手を離せるだけの軌道に乗せることと、お茶会、新年の宴を片付けることに専念したい。
――問題の先送りでしかないけどね。
「そうですわよ? 王都から領地まで馬車で日にちも掛かりますし、長い間留守にするのも違いますでしょう。お茶会と新年の宴とで、王都には長期滞在も決まってますもの。であれば、それまでに済ませられるものは済ませませんと、何事も基盤のための最初が肝心ですわ」
「ククク、なかなか頭の回転が早い夫人だね」
フルールは話題を変えたくてそう言葉を続ければ、前方から笑い声が返ってくる。
庭園までの道のり、立候補のみならず、案内役をスルスからも後押しされたラフィネだった。
「普通ですわね。領都の店舗が常設開店しましたの。軌道に乗るまでが肝心ですから」
「ああ、別邸を製造所に変えちゃったんだってね。使用人も従業員にしたとか、なかなか型破りだ」
「それも今さらですわ。主人が不在の空き家ですもの、ただの有効活用です。それにサントュールは防衛の要。貴族と言うよりもモンスター特化の武の家門で、社交などが疎かでも許されるそうですね?」
前侯爵夫妻にルゼルヴェ、彼らが社交を疎かにしても立場が揺るがなかったのは、国から許されているからだ。
フルールもそれに胡座をかいた形にはなるのだが、知った時には心の中でガッツポーズを取って喜んだものである。
「そうだね。だからこそ召喚状を使わせてもらったよ。招待状だけでは逃げられかねないから」
フルールを振り返って、ラフィネは口許に弧を描いた。その目は全く和んでおらず、じっと見つめてくる始末。探られているのはあまり良い気がしない。
「私、そこまで非常識ではありませんわ。それとも、貴族の女が商売等と実は反対派ですの?」
「それこそまさか。王族に連なる女性は皆勤勉だよ。スルスも輿入れに伴い妃教育を受けて、今では王太子妃として立派に務めている。
僕はそこらの花畑を愛でるより、実の詰まった果実の方が好きだね」
女性の肩身は狭いところは狭い。フルールが率直に聞けば、ラフィネはスルスの名前を出して朗らかに笑った。
「あら、草花だって捨てたものではありませんわ。どんなものでも見方、扱い方で彩りは移ろい変わるものですよ」




