最終話 この地で築いた未来の形
「返事は要らねぇ。噛んだら危ないからな。俺の、ただの独り言だ」
「……」
あまりにガッチリと小脇に抱えられているので、フルールはぶら下がるタイプのジェットコースターを思い出していた。
風を操り空を移動するアルディが、言葉を並べた。チラリと見上げてみるも、前を向いている彼はこちらを見ていない。
「悪かったな。俺のツケを、嬢ちゃんまで払うことになっちまって。だが、俺はもうこの生き方しか選べねぇ。親父が戦場で死んだ――あの日に、何度戻ろうとも同じことを選ぶだろう。むしろ早く戻れたとしたら、世継ぎを生ませ、親父を、民を死なせないためにさっさと戦場に身を投じていただろうな。俺にはどうあっても、良い家族は築けねぇ」
――前世は、人と動物の住み分けがされていたわ。危険だからと野良犬はいないのが当たり前で、それでも野生動物の種類によっては居住区に一頭、一匹でも現れればニュースにもなるし、大事だった。
今世にはさらに、動物ではなく、魔力を持つモンスターだ。脅威度は計り知れないだろう。
眼下に広がるのは、緑のある草原だ。時々、村を見かけた。動く動物や人も見かけた。サントュール侯爵家が代々、アルディが今現在も守ってきた人の営みだった。
――村に騎士のための宿舎があって、焼け野原も珍しく無かったのよね。
エルヴァージュにある村で泊まった家は、周りよりも中の造りは頑丈だった。村で滞在して、高齢者から昔話も聞いた。
知らないことを知る度に、ここは異世界なのだとフルールはつくづく思った。
「何を言っても言い訳だ。タラレバで腹は膨れねぇし、明日は来ねぇ。だが、嬢ちゃんのお陰でルゼルヴェは、俺よりマシになりそうだ。アイツは不器用だが、頭は回るからな。俺には無い方法で、領地を継いでくれるだろう」
――ルゼルヴェが自由に動けるのは、お義父様が防衛戦を維持し、統率を取っているからだわ。
アルディの身に何かあれば、ルゼルヴェも迷わず前線へ行くだろう。そして部下任せにせず、自ら指揮を取るのだ。アルディと同じで。
「修道院に行ったアイツもだ。昔は、どこにでもいる普通の令嬢だったんだ。俺じゃなければきっと、良い夫人になってたはずだ。全部押し付けちまった。そこに後悔はねぇ。ただ、ルゼルヴェの奴がな。最後に話す機会を与えてきた。今更でしかないのに、なぁ」
「――それでも。話せるなら一度くらい、話をしてみるのは良いことですわ」
返事は要らないと言われたが、フルールは口を開いた。風にも慣れて、舌を噛むこともないと思われた。
相容れないことはあるだろう。食い違うこともあるだろう。それでも和解するのがあるかもしれない。今は無理でも、時間が解決することもあるかもしれない。そこにあるのは、良いタラレバだった。
――何もしなかったら、何も変化はないまま。
タラレバを抱えて生きていくくらいなら、ケジメをつけるために行動に移すことも、時には必要だと思うのだ。
後悔先に立たず、自責の念ほど救いなく自身を苛むものはないと思うのは、前世のせいだろうか。
「ああ、そうだな。だから会った。会話にもならなかったがな。それでも、それぞれが前を向いてくしかねぇ。――ああ、ほら」
アルディが、フルールを抱えた手と反対の手で前方を指差した。それは、いつかの川だった。
川に沿うように人が居て、それぞれが作業している。騎士の服装をした者と、平民の姿が入り交じっていた。
「嬢ちゃんとルゼルヴェが築く、新たな施策だ。これでまた、泣く奴が減る」
遠い目をしたアルディは、穏やかな顔で笑っていた。口調も砕けすぎず、普通に話せていて、いかに普段が装ったものなのかが窺い知れた。
「……親子そっくりですわ。それで、治水の進捗が見せたかったんですの?」
「いんや。こりゃ、ついでだな。覚えてるか。嬢ちゃんが開けた大穴」
アルディはそういって、しばらく川沿いに飛んだ。作業は点々としていて、どうやら氾濫しやすい優先順位をつけて行っているようだ。
「開けたくらいしか覚えてませんわね。あの時は、お義父様にも気づいてませんでしたもの」
「そりゃ、ヒヨッコに見つかるようなら、俺ぁ、前線を引退しなきゃなんねぇよ。ああ、ほら見えたぞ」
大雨の中、大規模魔法を展開して気を失った。フルールを介抱したのがアルディだと、後から聞いたのだ。
そしてアルディが指摘した目の前の光景に、フルールは呆れを通り越し乾いた笑いを浮かべる。
――我ながら、良くもまぁ。
川から分かれるようにして、そこに広がったのは、広大な沼地だった。水が抜けて剥き出しの地面が黒い。
「ひっ!」
アルディが突然急降下するので、フルールは息を飲んだ。一声がない辺りも、親子そっくりである。
「着いたな。これをどうするか聞きたかったんだ」
アルディがゆっくりと下ろしてくれたので、地面にベシャリと行かず、フルールは安堵する。そうして降り立った地面、目の前に広がる黒い沼を見て近づいた。
「……どうするとは、埋め立てるか、放置するか、池にするか、とかでしょうか?」
治水の案も出した、穴を開けたのはフルールだ。だからと言ってこれをどうする権利はフルールにあるのだろうか。
「泥を探してると聞いたからな。あるぞって言いたかったのと、後は諸々だ。それによ、サントュールの地を色々と弄ってんだろ? なら聞いとくのが通りだろうよ」
どうやらアルディは、ずいぶんとフルールに好意的なようだ。それならとフルールは屈んで、泥に手を伸ばす。
――うーん、この泥って。
水分を多分に含み、どろりと落ちる様に不自然なところはない。なんとも言えないひんやりとした感触がする。
ブニブニとしばらく手でつついた後、フルールはいそいそと靴を脱ぎ出した。
「えい!」
素足になって、ワンピースの裾を持つと泥の中へと飛び込んだ。
ズボッといい音と共に、足が泥の中へと吸い込まれて埋まる。バランスを取りながら、足を左右に揺すって引っこ抜き、また入れた。
「あはっ!」
「嬢ちゃん……?」
ズボズボと感触を楽しみながら、フルールは全体の泥の状態を確かめるように内へと向かって歩いていく。途中、バランスを崩して尻餅をつき、泥まみれになった。
「あは、あはは!」
膝まで沈んでしまうのはいき過ぎだが、この感触には覚えがあった。
吸い付くような泥の質感と、粒も塊もあまり感じられない粘土の状態といい、他はまだ不明だが、とても魅力的ではあった。
「はははっ!」
「嬢、ちゃん?」
困惑気味のアルディの声が聞こえる。目をすぼめ、口が半開きなのはフルールにドン引きしているのだろう。跳ねた泥は、フルールの顔や髪にもついていた。
「田んぼよ、田んぼ!! 稲作が出来るかも! 米、米ぬか、籾殻、白粉、日本酒!!」
この辺りは確か、冬場は雪がうっすら程度らしい。夏の気温なども振り返るとして、フルールの期待値は大きかった。
米は日本人の食だけでなく、美容にも、幅広く根づいている。成功すれば、面白いことになるだろう。
「お義父様! ここの沼地は現状維持ですわ! ああ、土を食べて味が分かる通ではないのが残念!!」
土壌が適しているかは、フルールには分からない。前世、昔の人は土の味を学び、農業に活かしていたと聞いたことがある程度だ。
――食べて分からないなら、植えてみるしかないわよね!
今はもう秋だ。仕込みを始めるにしても、冬が明ける少し前からだ。ならば今、やるべきことは種籾の確保だろう。
にやにやと顔が緩むのが抑えきれず、フルールはしばらく泥まみれになって笑っていた。
「おい、貴族令嬢だったよな。さすがに変わり者過ぎねぇか? 俺らを反面教師にしたにしちゃぁ、ルゼルヴェの選んだ嬢ちゃんも、別の意味でおかしいんじゃねぇか?」
アルディがフルールを拉致して来たのだ。そこに返事を返してくれる者は、誰も居なかった。
「やりたいことがまだまだ出来るって、こんなことある!?」
二章の完結です。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
最後まで見届けていただけたこと、心より感謝いたします( *´艸`)
SSを上げてから、三章に続く予定です☆
ストック無しで毎日更新していましたので、丁寧に書くためにも少し更新頻度を落としたり、スタートが明日、明後日とはいかないかもしれません(´・ω・`)
ちなみに三章、全体の構成は既にあるので、後は日々書くストックの課題だけ、です
この作品を少しでも楽しんでいただけたなら、 ぽちっと応援していただけると嬉しいです!
ありがとうございました(*^^*)
追記
最終話にルゼルヴェいないやないかーい!
ご安心ください。そのためのSSですw




