第48話 早生の季節ですよ。お決まりの雑学でいきましょう
「はぁぁあ」
大きく息を吐き出して、フルールは伸びをする。バキバキと首と腰がそれぞれ音をならした。
領地の端にある町、フルールの家の中は相変わらずの独特な匂いが充満している。
その中でも、今は特に爽やかな香りがキツいと言えた。
――新商品もだけど、先ずは冬場に向けてね。
店舗常設の為に商品を作らないといけないのだが、帰ってきてからと言うもの連日休みなく作っていた。
作業が一段落した今、ちょっとした息抜きタイムを兼ねることにした。
「蜜柑、蜜柑、蜜柑~」
皮を剥いては、フルールはパクパクと口に運ぶ。秋の半ばに収穫される早生蜜柑が、市場に出回り始めたのだ。
「この、甘味と酸味のバランスがこの時期ならではで良いのよね。冬に入るともう甘くなる一方だから」
水分とビタミンが同時にとれる蜜柑は、余すところなく使え捨てるところが無い。そんなところもフルールは好きだった。
こんもりと山になった蜜柑の皮は、当然捨てない。そのまま置いておくとカビが生えるので、重ならないように並べて全て自然乾燥だ。
「エタノールが良いのだけど、それに近い消毒用アルコールで、と……」
もう何度目ともなる作業だ。先ほど空けた大瓶に、数日前からとっておいた蜜柑の皮をまとめて入れる。
次に、皮が浸るまでアルコールを注いで蓋をした。作業としては、これで終わりだ。
――完全乾燥で、陳皮にするのも良いのだけどね。
蒸留酒を作ったことがバレて、以前やんわりと小言をもらった。それから、必要ならば取り寄せろと、ルゼルヴェが消毒用のアルコールを購入して届けてくるようになったのだが、なんだか随分と昔に感じてしまう。
「まぁ、皆で晩酌するようになったのは嬉しいのだけど」
護衛がガルドとフィアビリテの二人になったことで、当面の間、この家で暮らす分には二人が交代で呑むことで話がついた。
カームはあまり呑まないらしく、二人ないし三人での晩酌デーが設けられたのだ。
前世で、酒を嗜んでいたフルールとしては素直に嬉しい。
「あ、さっき小分けに移した蜜柑オイルを、地下に運ばないと」
蜜柑を食べる前に大瓶から移した、小瓶の蜜柑オイル。先ほど蜜柑の皮をエタノールで浸けた大瓶の数日経った完成品だった。
早生が届いてから、ずっとこの繰り返しをしていた。
「手軽に作れるのに、蜜柑の皮からとれるリモネンが、油汚れとかの汚れ落としに最適なのよねぇ」
冬場になると、洗い物で手が荒れる。保湿商品を作るのは勿論のこと、洗い物の負担を減らし、手荒れ予防に洗剤を作るのも良いのではと、蜜柑を食べていて思いついたのだ。
――前世でも蜜柑の洗剤が多いのは、そういうことだし。
さらに蜜柑などは、美容に実は不向きである。光毒性と言って、肌についたまま日に当たると皮膚がダメージを受けてしまうこともある。
気をつければ良いのだが、使用者にもそれを求めるのはこの世界では困難だった。
蜜柑を美容で使うなら、フルールが個人で楽しむ範囲に留めるつもりだ。
「そう言えばお茶会……。せっかくなのだから陳皮にして、お茶として献上してみようかしら」
王太子妃から誘われているお茶会は、新年の宴の前にと言っていた。その返事は、まだ来ていない。手土産の中に加えようと、フルールは密かに心のメモを取る。
漢方の一種なので、取りすぎなければ身体にとても良いのだ。
「――から、ダメですって! 奥様、今は作業中ですから!」
「フィアビリテ?」
外が何やら騒がしい。フルールが気付いたのは、フィアビリテが珍しく大きな声を出したからだ。
「堅苦しいこと言うなよなぁ。なぁ、嬢ちゃん!」
バァン、と大きな音を立てて玄関の扉が開いた。入ってきたのは図体のデカイ男――アルディだ。そのすぐ後ろ、とても気まずそうな表情のフィアビリテがいた。
――実利を優先する男がただ遊びに来た、わけではないわよね?
「あらぁ、お義父様。アポも入れず、本当に突然ですのね。何かありまして?」
室内の匂いに一瞬顔をしかめたが、彼はすぐにズカズカと、間合いを詰めてくる。
フルールは胸の内とは別、目の前のアルディに平然と返した。
「何かあったわけじゃねぇよ。嬢ちゃん、泥集めてるんだろ? 発案者であり、実行者でもある。ちょうど良いから、直接聞こうと思ったんだよ。ま、気が向いただけとも言うがな」
そう言うとフルールの手を掴んで、またずんずんと歩き出す。向かった外では、未だフィアビリテが頭を抱えていた。
「それで、泥が、どうしたんですの?」
「見た方が早えだろ、飛ぶぞ」
何も、泥ならなんでも良いわけではない。そう思ったのだが、語尾が気になりすぎて、それどころでは無かった。むんずと、アルディはフルールの腰に、手を回してきたのだ。
――飛ぶ? え!? えぇ!?
「ひゃ、ぁぁあ!」
「舌噛むぞ。すぐに着くから黙ってな」
ぶわりと浮いた身体に、フルールは悲鳴を上げる。アルディは小脇に抱えるようにして、フルールを持つと平然と返した。
「アルディ様!!」
「おう、ビリー。テメーは留守番だ。何、俺が居るんだから何も問題ねぇだろ。ちょっとデートに連れ出すぜ?」




