第46話 後始末のその先を
「……待たせたな」
「お茶を嗜んでいただけですから、お気になさらないでくださいな」
しんと静まり返った室内で、ポツリとルゼルヴェが言った。カチャリとわざと音を立ててカップをソーサーへ戻し、フルールは微笑んで見せる。
「それで、今日はここにお泊まりに?」
ルゼルヴェが明朝と言ったのだ。ならば、ここからどこかへ行くとフルールは思えなかった。
「いや、ここへは砦の者たちが来ることになっている。第一陣の見張り要員は、もう来ているはずだ。あとは、彼らに任せれば良い。私も、君も、ここでの用事はほぼ済んでいるからな」
ルゼルヴェが手を差し出してきたので、フルールはそのエスコートを受ける。家に帰るまでが遠足なのと、同じことだった。
「お。お二人様、お帰り~」
「フィアビリテ。持ってきてもらった、あれって――」
「ああ、お渡ししてますよ。ただ、全部ではないですね。乗せきれなくて」
馬車の前、フィアビリテが手を振ってきたので、フルールは思い出して確認する。
王城からの使者へ渡す予定だった、手土産のことについてだ。問われたフィアビリテは、けろりとして答えた。
「あら? そうなの?」
「はい。馬一頭だったので」
「急ぎで来られたのかしら、騎士様には悪いことをしたわね」
残して行ったことが不思議でフルールが聞き返せば、騎士は馬車ではなく単身でやってきたらしい。
フルールは馬車の中へと足を踏み入れると、残った商品について在庫の確認をする。持ち運びしにくい瓶の多くを、この場へ残して行ったようだった。
――保存容器については、やっぱり要検討案件ね。
前世の定番、プラスチックに似た物があれば良いのだが、残念ながらそういった類いは未だ見つけられていない。
「騎士はそれが仕事だ。案外、今ごろ上機嫌で走っているだろう。君が気にする必要はない」
ルゼルヴェも馬車へと乗り込むと、フルールの向かいに腰をおろした。
言われたことはよく分からないが、そういうことにしておこうとフルールは言及しなかった。
「一つ、というか、お伺いしても構いませんか?」
「――なんだ?」
「暇を出す使用人たちの中で、希望する者がいればですけれど、私、何人かいただきたく思いますわ」
興味本位の話題よりも、こちらの方がよほどフルールには合っていて堅実的だった。
使用人までその場で処罰しかねなかったルゼルヴェを止めたのは、暴君にさせないだけでなく、下心も過分に含まれる。
――仲裁した私は彼らにとってはさぞ、光に見えたでしょうね。
侯爵家から暇を出される。それもまとまった数が――となれば、使用人たちへはそれだけで十分な罰になるだろう。曰く付きの者を雇う他家など程度が知れているからだ。
「確かに……、身元も、所作も即戦力か」
「はい。領都で常設店舗として運営が出来ますし、人材次第では会計管理も可能ですわよね。期間を決めて刑罰の代わりとでも言えば、仮に繋ぎとしても十分かと思いまして」
ガラガラと馬車が動き出す。これから向かうのは、別邸から近い領都だそうだ。フルールの家だと、帰りが遅くなってしまうためだった。
「ならば本邸からも、君の商品を使い慣れた者を派遣すれば、店舗を運営したとしても君の手が空くな」
「本邸の者を駆り出しては、不満が出るのでは?」
侯爵家の使用人ともなれば、下位貴族も居るはずだ。ルゼルヴェと関わりが深いらしい、ガルドやカーム、フィアビリテが平民というのは特殊な方だろう。フルールは、そう懸念した。
「……いや、本邸にない商品を試せるとあれば、希望者は居るはずだ。給金も出すことだしな」
ルゼルヴェがブツブツと呟き、思案するように口許に手を持っていく。考える時の彼の癖だとは、打ち合わせを重ねる上で、フルールは最近気がついた。
「なら、店舗に携わる者には、貴族向けの商品のテスターにもなっていただけると良いかもしれませんわね。実際に使用する生の声は、集客と購買欲にも効果が見込めますから」
実際に、前世では新商品を事前に社員が試した上で、販売する専門店などもあった。
感想はそのまま接客で活かされたり、キャッチコピーなどカタログの面でも有益だったのだ。
「どちらにせよ、当人の意思を尊重で良いんだな?」
「罰の体裁を取るとはいえ、嫌々勤められてはコンセプトが違いすぎますわ。お客様にも失礼ですもの」
ルゼルヴェの確認に、フルールも頷き返して同意をした。
後日、本邸で希望者を募ったところ、女性使用人からは争奪戦が勃発し当番制にな ったことをフルールはルゼ ル ヴェか ら報 告されるこ とになる。
また、別邸で悪事 に荷担した者は、選択. 肢を与えられることなく、解雇もしくは労役送りとなった。
前侯爵夫人の指示に不可抗力だった者に限り、フルールの案が採用されたのだが、その全容をルゼルヴェが告げることはなかった。




