居心地
王城でテオにあてがわれた客室は、信じられないほど豪華なもので、その上専属の使用人が二人もついた。テオはそれだけで緊張で体と思考がガチガチに固まった。それは腰掛けたベッドの上質過ぎる柔らかさが、逆に不快に感じるほどだった。
「あ…あの…?」
「はい、テオ様。どうぞ何なりとお申し付けください」
基本的に人付き合いが得意なテオだったが、これは例外だった。使用人はテオの言いつけを聞き、実行するためにいる。この会話も仕事の内で、テオの好むコミュニケーションとはまったく違うものなのである。
「お、お師さん、あ、いや、えっと、シズナさん、と、えーっと…」
「お会いになられますか?今はお部屋の方にいらっしゃいますが」
「あっ!あの!お、俺が出向くので、へ、部屋の場所を教えてくださいっ!」
「かしこまりました。こちらへどうぞ、ご案内いたします」
ただ師匠に会うだけでも大事だと、テオは大きなため息をついた。
シズナが居る部屋の扉を開けたのは、テオと同様に、彼女に専属でついた使用人であった。てっきりシズナが出てくるものだと思っていたテオは、そこでビクッと動きが止まった。
「あっ、えっと、部屋をっ!ま、間違えました!」
『間違えてないよ』
すぐに顔を見せたシズナがテオのことを引き止めた。そして彼の緊張した様子を見て察すると、使用人に『出払っていてください』と手早くお願いした。
すると使用人は「かしこまりました」と一礼して、すぐに部屋を出ていった。一連の流れるようなやり取りを見て、テオはぽかんと口を開けた。
「お師さん、今の人たちって手話が…」
『うん。ギルベルトさんが手話の分かる人を手配してくれたんだって。そもそも使用人なんて必要ないのにね。困っちゃうよ』
シズナは困ると伝えたが、テオの目にはとてもそうは見えなかった。それは今のシズナと使用人のやり取りが、とても自然なものに見えたからだ。普段のシズナは、初めて出会う人には緊張してわたわたと慌てているはずだった。
その瞬間に、どうしてかテオは、シズナをとても遠い人のように強く感じた。これまでもそういったことは多々あったが、今回のものは今まで感じてきたものとは違うもので、胸の奥がもやもやと陰った。
『どうしたのテオくん?』
肩を叩かれ顔を上げたテオは、そこでようやく自分がうつむいていたことに気がついた。慌てて頭を振り「何でもありません」と取り繕ったが、やはりもやもやとした気持ちは晴れなかった。
「お師さん。アウレリア王国では、何から手をつけるつもりですか?」
テオがシズナの元を訪れた理由は、今後の方針を相談するためであった。しかしこれは少々彼の勇み足で、シズナは困って眉尻を下げた。
『今はローレンスさん待ちだね。ローレンスさんがどんな取り組みをしているのか、説明を受けないと何も判断することが出来ないから』
「あ、そ、そうですよね。何だかルグルとはずっと距離が近かったので、つい急いてしまって…」
『気持ちは分かるよ。それにお城の中でじっとしているだけじゃつまらないもんね』
マールリアでは陸に居る時以外の時間を、殆どルグルと一緒に過ごしていた。そして彼が現魔法界の抱える問題解決には無力であると早々に知ってしまったため、のちの活動では船酔いに倒れていたシズナとは違い、テオはずっと船の手伝いに勤しみ、常に体を動かして、船長のルグルから指示を仰ぐことが多かった。
そうでなくとも、ルグルはとても距離感が近い人物であった。偉大であるが偉ぶることはなく、圧倒的に上の立場にあって決して見下しはしない。むしろ常に同じ目線で話が出来るよう、立場という椅子を蹴飛ばして、仲間と肩を組むような人柄だった。
一方、ローレンスは態度に大きな差があった。それはテオのことを軽んじているというような悪い意味ではなく、いい意味でローレンスには特別な高貴さというものが感じ取れた。立場あるものの相応の振る舞いと規律のある行動は、責任者としての理想的な態度に見えた。
しかし、そのせいでテオは若干だがローレンスに苦手意識を抱いていた。否が応でも身分差を知らしめられているように感じるからだ。自らの教養の無さが明らかに見て取れるような気がして、テオはそこから惨めさを抱いていた。
『テオくん、ローレンスさんに会いに行ってみようか』
「え?」
『別にここで待つようには言われてないし、直接会って話を通せば、街の方へ散策に出ても大丈夫だと思うんだよね。私もアウレリア王国に来た経験って殆どないし、一緒に見て回ろうよ』
シズナの提案はテオにはとても魅力的なものだった。この固く息苦しい城の空気から抜け出せるかと思うと、彼は一も二もなくその提案に飛びついた。
使用人に案内され、二人は城内にあるローレンスの執務室へとやってきた。仕事中ではあるが入室して構わないと、ローレンスに確認を取った使用人が二人にそのことを伝え、執務室の扉は開かれた。
「やあ、待たせてしまってすまない。どうしても片付けておかなければならない仕事で手一杯になってしまった。こちらから伺おうと思っていたのに、足を運ばせてしまったな」
『いいえ。大人しくしていられず、お恥ずかしい限りです』
「ははっ、慣れぬ環境だ、無理もないさ。不満なことがあれば遠慮なく使用人に申し付けてやってくれ、彼らの仕事ぶりはとても見事なものだ。何代にも渡ってこの城を守り続けてくれている。恐らくこの城で、伝統と格式の本当の意味を最も理解している者たちだ」
『はい、お言葉に甘えさせていただきます。しかしまさか、手話が通じる方がいるとは思いもしませんでした』
「彼らは様々な人々の事情に配慮し、最大限に寄り添うことが出来るよう日々訓練をしている。重い病気を患っている方やご高齢の方、年端のいかぬ子どもなども、有事の際には城内を安心安全な場所にすることを目標とし、そのことに誇りを持って働いている。私の手話のレッスンも彼らが引き受けてくれた。とても優秀だよ」
ローレンスは勉強のかいあって、シズナの手話をよく理解していた。だからテオは通訳で二人の間に割って入ることが出来ない。それを不満に思っていいはずがない。だがテオは、強烈な疎外感を覚えて黙ったまま目を伏せていた。
『お仕事の方は順調ですか?』
「すまないが、もう少しかかる。その間に城下を散策されてはいかがかな?きっと城内よりは退屈しないはずだ」
『じっとしていられない性分で申し訳ありません。そうさせていただきます』
「待たせているのは私だ、私の方こそ謝罪せねばならない。案内は必要かな?」
『いえ結構です。自由に見て回りたいので』
「分かった。しかしあまり城から離れすぎないようにして欲しい。私の方も手が空けば案内する場所があるのでな」
『分かりました。それでは』
一礼して立ち去ろうとする際、ローレンスは急に声を上げて呼び止めた。
「すまないシズナ殿。少しテオ殿に話があるのだが、彼をお借りしてもいいかね?」
「へ?」
まさか自分の名が呼ばれるとは思っていなかったテオは、素っ頓狂な声を上げて首を傾げた。シズナはシズナで、先程までの和やかな空気を一瞬にして凍りつかせた。
『テオくんは私の弟子です。彼にお話があるなら、私も同席します』
「それはそうだろうが、君たち二人、四六時中一緒という訳でもないだろう。それに私はただ彼と話がしたいだけだ。誓って敵意はない」
『お仕事がお忙しいのでは?』
「話をする余裕くらいはあるさ。それに私の仕事が終わったことを知らせる者が必要だろう。その役目、テオ殿ならばうってつけだ」
シズナの発する威圧感で、ピリッと肌を刺すような剣呑な空気が部屋中に漂った。師匠の反応にテオは困惑したが、それ以上にいい機会だとも思った。
「あのっ!!」
シズナとローレンスの間に走る緊張感を断ち切るように、テオが声を上げた。そして彼は自ら申し出る。
「俺も丁度、ローレンスさんと話がしたいと思っていたんです。お師さんさえよければ、お話させていただきたいです」
『だから、それなら私も…』
「いえ!お師さんは街の散策を楽しんできてください。ついて行けず申し訳ありませんが、どうかお許しください」
弟子にそこまで言われてしまっては、シズナとしてもこれ以上抗議する理由はなかった。何よりテオの目は真剣で、この場をどうにかしようとして咄嗟に嘘をついているようには見えなかった。
『分かった。なら私は先に行ってるからね』
「はい。ありがとうございます。お師さん」
テオとローレンスが何を話すのか、シズナにとってそれは非常に気がかりであった。しかし弟子の自主性を尊重するならばと、シズナは潔く身を引いて扉を閉めた。




