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言無しの魔女  作者: ま行


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謁見

 イノセンシア城に到着して馬車を降りると、ローレンスは二人を案内するために城内を先導し、その道すがらに城について説明を行った。


「イノセンシア城の最も特徴的である白い外観は、この城が建っている岩山の石材が使われている。ヴァラムという名の石材で、切り出しや加工のしやすさ、そして強度も申し分ないのだが、更に特別な性質がある。テオ殿、分かるかね?」

「え?…うーん、そうですね。お城の建材に使うとなると、やっぱり頑丈な方がいいですよね。でもそれは最初に言っていたし、他に何か尖った性質と考えると…。あっ!陽の光に当たるとキラキラ光るとかですかね?実際、遠く離れたところから見てもとても綺麗でした」

「なるほど、キラキラ光る、か。では何故光って見えるから城の建材に選ばれたのか、それは答えられるかな?」

「ええっと…例えばですけど、一際目立たせることで、ここが王様のお城だぞと周囲に示すこと、とか?」


 ローレンスはテオの答えを聞くと、満足そうに深く頷いた。


「とてもいい発想だ、テオ殿。当時の人間はそのことも当然考慮しただろう。王家の威光を示すことは、周辺地域の安定化にも繋がる。しかし城の建材として選ばれた一番の理由は、このヴァラムという石材が魔法を弾くという性質を持っていたからだ」

「魔法を弾く?」


 首を傾げるテオに、ローレンスはわざわざ向き直って答えた。


「城というのは、大切な人や弱い人を守るためにある。内環諸国において弱い立場の人間は、圧倒的に非魔法使いたちだ。魔法教育を受けられるもとのそうでないものの格差は昨今の問題だが、そもそも魔法を扱える才を持たないものも多くいる。有事の際、この城は魔法を使えない人々を避難させて守る力を備えさせたという訳だ。魔物でも魔法を扱うのだからな」


 内環諸国は世界樹から近いという理由で、魔物の発生する可能性と頻度が高い。害意ある魔法から非魔法使いを守るという設計思想は、内環諸国本来の魔法使いと人間との関係性を表していた。


「人を守るための城、か。でも…」


 テオが言い淀むのを聞いて、ローレンスは次にシズナへと話を振った。


「さてシズナ殿。我が国アウレリア王国は、今なお続くこの歴史を守り続けているという自負と誇りがある。しかし残念ながら、王家の威光が広く届かない場所も確かにある。言い訳にはならないが、秩序を広く敷くことは、どれだけ多大な権力があろうと難しいことなのだ。特にアウレリア王国は古く歴史を守り続けてきたため、保守的な考えが根強くある。不届き者の取り締まりに、被害者救済、手が足りないことは山積みだ。このことについてどう考えるかね?」

『私はこれまで旅で、本来は人のためにあるはずの魔法によってもたらされた理不尽に嘆く人々を見てきました。大国の統治とは名ばかりで、魔法使いは弱者に寄り添うどころか、魔法の力を特別視して弱者から搾取をしている。少なくともこれが私の見てきた事実で、大国や権力は搾取される弱者を救うことはない。これが私の今の見解です』


 シズナの意見は実に手厳しいものだった。ローレンスは宮廷魔法使いという地位にあって、本来ならば、シズナが個人的に行ってきたようなことを、率先して実行しなければならない立場だった。


 その上、魔法使いの不正を取り締まるはずの魔導監察庁が掲げる正義も、大国の介入があれば簡単に揺らぐ。取り締まりが行われていない訳ではないが、魔導監察庁はあくまでも魔法使いの不正の証拠を元に処罰を下すのみで、もしその働きで狼藉を働く魔法使いが排除出来たとしても、次の魔法使いも支配者にとって都合のいい、質も素行も悪い新しい首にすげ替えられるだけだった。


 大国がいたずらに広げていった支配地域の統治と安寧は、守られているとは決して言い難いものだった。元々痩せこけた乏しい地域にマナの恩恵を与えることで、そこに住んでいた人たちは、その後マナのない生活には戻れなくなってしまう。一度でも富めば貧する恐怖は更に高まる。だからどんなに理不尽な目に遭おうとも、地方の人々が魔法使いの言いなりになるという図式がそうそう変わらないのである。


「まったく耳の痛い話だ。シズナ殿の見解に反論することは、今の私には出来ない。私は君のように、何度もその場所に足を運び、自らの手で人々を助けてきたことはない。実際に体験してきた君と、活動の報告を受けるだけの私。どちらの意見が真に迫っているかは比べようもない。そして私は特に国の中枢に身を置くもの。果たすべき責任があるのは自明の理と言えよう」


 国の中枢に身を置くというローレンスの言葉は、今度はシズナにとって耳が痛いものだった。何故ならば彼女の実父はカント・レギウム国王のジュリウスで、血族の中では卑しい身分であったとしても、国に身をおいて果たすべき責任がまったくないとは言い切れなかった。


 一度は捨てられ野に放たれたシズナだが、何故かジュリウスは再び手元に置きたがっている。会話を拒否し、父を拒絶する彼女は、その道が絶無だと決めつけていた。だが、人は誰しも生まれから逃れることは出来ない。彼女の行動は、高貴な身分のものから見ると自分勝手なものに映ることもあった。


 ローレンスはこの言葉の意味を理解した上でシズナに投げかけていた。これは彼女のことを咎めているのではなく、生まれついた責任を負う道もあると示すものだった。このことは自らも高貴な血筋の生まれで、宮廷魔法使いという道を自ら選んだローレンスだからこそ言えることでもある。


 魔法使いが生み出し続けた歪みは確かに存在している。しかし、その歪みは急に現れたものではない。長い歴史の中、常に人々の営みの中に存在していたものだった。それを綺麗さっぱり無かったかのようにしてしまうことは、それこそ特権階級にある魔法使いの横暴と言えるものだった。


「…さてお二方。アウレリア王国国王、ギルベルト・レイ・アウレリア様が面会を望まれている。このまま私についてきてくれたまえ」


 国王から直々の面会の申し入れに、テオは緊張で身が竦んだ。シズナは王族に対する苦手意識から、思わず眉を顰めた。




「八賢者が一人、言無しの魔女シズナ様。並びに弟子のテオ様でございます」


 謁見の間で、ローレンスは二人のことをギルベルトに紹介した。シズナ、そしてテオと順番に、予め教わっておいたアウレリア王国の敬礼をする。それを受けてギルベルトが口を開いた。


「お会いすることが出来て光栄だ、言無しの魔女シズナ、そしてテオよ。我が国王ギルベルト・レイ・アウレリアである。此度の査察の目的は、すでにローレンスから詳しい事情を聞いている。我としても大変興味深い事柄だ。我自身はさほど協力することが出来ぬが、我が右腕ともいえるローレンスに力を尽くさせることを約束しよう。我が国に滞在する際は、王城の客室を自由に使うといい。実はもう部屋を用意させてもらってある。他にも何かあれば遠慮なく申すがいい」


 シズナが顔を上げると、テオも同じように顔を上げた。彼女の手話を同時通訳するためだ。


『ご配慮いただき大変感謝申し上げます国王陛下。そしてこのようなかたちでのご挨拶にお詫び申し上げます』


 その謝罪に、ギルベルトは眉をぴくりと動かした。そして通訳を続けようとするテオを遮って声を発した。


「何を引け目に思うことがある。手話はそなたにとっての言葉、それを代弁させることは、我に対して何一つ礼を欠く行為ではない。我はそんな些末なことに腹を立てる狭量なことはしない。存分にそなたの言葉で語るがよい」


 二人は一瞬、ぽかんと口を開けて驚いた。まさかそんなことを咎められるとは思ってもみなかったのだ。特にシズナは、理解出来ない手話を人から嫌がられる経験を多くしてきた。ギルベルトの言葉はまさに目から鱗が落ちるものだった。


 少し間が空いてから、二人はハッと我に返った。まずは礼を述べ、それからあらためて挨拶を交わした後、ローレンスに連れられて二人は謁見の間を後にした。




 シズナたちが立ち去った後、ギルベルトの側に控えていた大臣が苦言を呈した。


「陛下。言無しの魔女とお会いするなど、危険なことはおやめください」

「危険?何のことを言っている」

「彼女が指先で操るのは言葉だけではありません。魔法もまた同じ要領で操るのです。言無しの魔女はその名が示す通り、言葉を介さず音もなく人を殺すことも出来るのですよ」


 大臣の言っていることは間違いではない。しかし、それはギルベルトも承知の上のことだった。彼はひらひらと手を振って、鼻で笑った。


「そんなこと言われるまでもなく分かっている。だが言無しの魔女に我の命を奪う理由は存在しないだろう。もし懸念通りのことが起こるならば、救いようのない愚か者だ」

「しかし言無しの魔女は、あのカント・レギウムの王ジュリウスの実子なのですよ。この機に乗じることは十分考えられます。あの男は、実の娘であろうと平気で使い捨ての駒にする男です」

「それは間違いないな」

「ではっ!」

「だがローレンスが居る。奴がその程度の企みを見抜けぬ訳もない。むしろ我としては、言無しの魔女とは友誼を深めたいものだ。それがカント・レギウムに対する切り札ともなりうるからな」


 ギルベルトがローレンスに寄せる信頼は絶対的なものだった。大臣の助言も一笑に付すほどで、王の右腕の名に違わない関係性が構築されていた。


「まあ見ていろ。彼女たちを我が国に迎え入れることは決して悪いことにはならない。そもそもこの件はすでにローレンスに一任したこと。我々は黙って見ていればよい」

「…分かりました」


 大臣はギルベルトの目の使いない場所で、ぎりりと爪を噛み砕いた。それは王がローレンスに寄せる信頼に対する嫉妬か、それとも忍び寄る不和の芽か、まだ誰にも分からなかった。

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