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言無しの魔女  作者: ま行


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短期留学

 ローレンスは執務室に残ったテオに「かけたまえ」と勧めた。丁度対面に空いていた長椅子にテオが腰掛けると、ローレンスはペンを走らせながら話を始めた。


「君はここに来てからずっと、私、とりわけこの国や城に対して引け目のようなものを感じているね。その理由は説明出来るかな?」


 テオはまるで心中を直接覗かれたように、自分の気持ちをぴたりと言い当てられた。ただでさえ緊張でこわばる体が、更にガチガチにこわばった。


「…どうしてそう思ったんですか?」

「私は立場上、様々な人と顔を合わせ言葉を交わすことが多い。その積み重ねてきた経験から、何となくではあるが人の気持ちを察せることもある。しかし、それはあくまでも私がそうかもしれないと感じただけのこと。やはり人の本心を知るには、言葉を交わすことが誤解もなく一番いい。そして君の場合、下手に回りくどくするよりも、直接正直に尋ねた方がいいと思った。その方が双方スッキリするだろうとね。間違っているかな?」


 ローレンスの指摘は正しかった。どうせ後ろめたい話をされるなら、こそこそとされるより堂々としていた方がいい。それは両親のこともあって、幼い頃から感じていたテオの本心だった。


「…こんなに豪華絢爛な場所に来たのは初めてなんです。街並み、道路、街灯、建物、装飾、そして住んでいる人たち、目を奪われるばかりだった。この国に来る前に、マールリアを訪れました。街は負けないくらい栄えていて美しかったけれど、何かが決定的に違うと感じました。それが何なのか、ずっと考えていました。そして今、俺が感じていたものに答えが出ました」

「ほう、それは?」

「住む世界が違う。そう思ったんです」


 故郷の村の風景がテオは大好きだった。そこに住む人たちも、そこでの生活も、宝物のように大切な思い出が詰まっている。


 シズナとの旅で見てきた風景も同様であった。辛いことも沢山あったけれど、師匠と一緒に学び、一生懸命にやれることをやって、一歩ずつ足跡を刻んできた。


 そこでの出会いと別れもかけがえのないもので、旅を通じて得た様々な経験が今のテオを形作っている。それは間違いなく彼の誇りであった。


 しかし、マナの力を存分に活用して栄えた圧倒的な国力を持つアウレリア王国を見て、自分自身と今まで見てきたものや経験してきたことが、比較すると矮小に思えてしまったのだ。


「ここに住んでいる人たちって、俺と同じ人間ですよね?」

「そうだ」

「俺の故郷の村に住んでいる人とも同じ人間ですよね?」

「そうだ」

「住んでいる場所、生まれた場所、たったそれだけの違いだけで、どうしてここまで違うんですか?栄えた市場、安全な暮らし、綺麗な家、魔法の乗り物、全部、全部全部全部ッ!!…決定的に違っているんですよ、俺の世界とここは」


 魔法使いになって、広い世界を見たいと夢を見た。その道はまだ半ばで、足を止める理由もない。しかし、こうして大国と辺境の貧富の差をまざまざと目の当たりにした時、テオは立ち止まってこう考えてしまった。


「ずるい」


 こんなにも恵まれた環境にいる人たちが、やがて弱い立場の人を搾取するようになる。魔法使いには魔法使いの役目があると理屈では分かっていても、納得が出来なかった。


 ローレンスは走らせていたペンを止めて顔を上げた。そして立ち上がると、改めてテオの対面に腰を下ろした。


「君の抱いた感情は、格差に対する怒りだ。人はどうしても、他人と比べることをやめることが出来ない。誰かにそんなことは無意味だと説かれたところで、その行為自体が無意味だ。自らとまったく同じ立場や事情を持つ他者など一人も存在しない、そんな言葉を簡単には受け入れられんだろう。どうかな?」


 聞かれたテオは言葉ではなく頷いて肯定した。ローレンスもまた、彼と同様に頷いた。


「つまるところ誰が一番自分を納得させることが出来るのか。それは自分自身にほかならない。君の感じる格差への怒りを別の形に昇華させられるのは、君自身だ。そこで私から君に提案がある」

「提案、ですか?」

「ああ。悪い話ではないはずだ。だが強制はしない。シズナ殿とよく話し合って決めるといい」


 ローレンスの提案を聞いたテオは、そんなことが可能なのかと聞いた。ローレンスがきっぱりと可能だと答えた時には、テオはシズナに相談する前に決心していた。




 仕事を終えたローレンスは、テオと共にシズナに合流した。そしてアウレリア王国のとある場所を訪れた。そこは第二のイノセンシア城と見紛うばかりの立派な城だったが、王城ではない。


「ここがセレスティア魔法学園。四大魔法学校の一つで、カント・レギウム大魔導院に次ぐ生徒数と、魔法使いたちが所属している場所だ」


 セレスティア魔法学園は生徒数でこそカント・レギウム大魔導院に劣っているものの、学び舎の規模と生徒への補助の手厚さは四大魔法学校で一番である。


 学園は全寮制で、生徒たちは皆、敷地内の寮に住んでいる。多種多様な施設に豊富にある学科、生徒が学ぶ科目を自由に選択して授業内容を組み立て、学びたい分野を思う存分に学ぶことが出来る。


「この学園で学ぶ生徒たちは、やがてこの国だけではなく、広く世界に出て活躍をする魔法使いや魔女となっていくだろう。その中には、私やシズナ殿のように、新たな八賢者の座につくものも現れるやもしれん。ここはそれだけ高等な教育を受けられる場所だ」


 先を進むローレンスがそう語った。時たま三人を横切る生徒たちは、全員が礼儀正しく挨拶をした。


「古く、魔法使いは人のために存在してきた。安心安全な生活を守るために、定住可能な場所の環境を整えるために、魔法で道を作り、山を切り開き、土地のマナを調整して新たな恵みと命の循環を生み出す。人と世界を魔法で繋ぐことが魔法使いの本懐であり、それこそが魔法学を発展させてきた根幹なのだ」


 シズナはローレンスの話を聞きながら、魔守りの里の識の揺籃で、ハワードから聞いてきたことを思い出していた。内環の人々は外環の人々から拒絶され、魔物に住む場所や命を奪われ、それでもたくましく懸命に生きようとして望んだものが魔法だった。


 マナの持つ危険性も理解しながら、そこに秘められている無限の可能性を信じて、生きるために研究を進めた。魔法使いは確かに、人のために存在するものだった。


「しかし、苦難の時代を耐え抜き、長き安寧を手に入れてしまった我々魔法使いは、次第にその本分を忘れていってしまった。マナの活用法はより安全で安定したものとなり、広大な支配域では争いも起こらない。マナさえあればどうとでもなるというのは、楽観ではなく事実なのだ。魔法が使えるという強力な個性は、それだけで一定の地位を約束し、自己肯定感や優越感を増長させることになってしまった。優秀な魔法使いを輩出するために、粗悪な魔法教育を氾濫させる。これが今の世の仕組みだ」


 それは特定の誰か一人の意思がそうさせたのではなく、積み重なった歴史から生じた歪みであった。人の欲望を律することは非常に困難なことであり、力なき他者を庇護してやっているという驕りは、優秀な魔法使いの間にも蔓延している思想であった。


「私は考えた。今の魔法使いたちに一番足りないものは何か、と。それは歪んだ思想を矯正することでも、今の社会の仕組みを変革させることでもない。誇りだ。今の魔法使いたちが決定的に欠いてしまったものは誇りなのだ。誇り無くして気高き理想はありえない。そこで私は魔法使いに誇りを取り戻させるため、ある催しを復活させることにした」


 ローレンスは歩みを止め、シズナとテオに向き直った。今まで話を聞いているだけだったシズナは、ようやくここで質問をすることが出来た。


『その催しとは何ですか?』

「決闘だ。実力のある魔法学校の生徒たちの中から、一番優秀な魔法使いを決める魔法決闘大会を復活させて、それをこのセレスティア魔法学園で開催する。今の若き魔法使いたちには、名誉と誇りをかけて切磋琢磨し、本気で競い合う場が必要なのだ」


 そしてローレンスは、スッとテオを指さした。


「テオ殿。君のセレスティア魔法学園の短期留学許可は私が認可した。魔法決闘大会までの短い間だが、この学び舎で存分に魔法を学ぶといい」


 シズナはそんなことを一言も聞いていなかった。驚いてテオの顔を伺うが、彼は師匠に何も語ることはなく、ローレンスに言った。


「お心遣いに感謝いたしますローレンス様。世界に名だたるセレスティア魔法学園で学べる喜び、光栄の至りでございます」


 ローレンスがテオに提案したことは、この短期留学についてだった。テオはシズナに何の相談もなく決めたことを後ろめたく思ってはいたが、自らが抱いた格差への怒りは、他でもないシズナにも向いていたものだと自覚していたテオは、この最低な感情をどうにかすることが出来る場を強く求めていた。

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