世界は少しずつ変わっていく
シズナとテオの八賢者を巡る旅。最初に訪ねたのはマールリア、賢者の一人、廻水の魔法使いルグルの元を旅立つ日が来た。ルグルは立場上、現魔法界の諸問題の解決と縁遠く、また、解決に向けた取り組みを行うのは不可能である。
しかし、ルグルにしか担うことの出来ない役目の重要性は高く、彼の活動が魔法界の根底を陰ながら下支えしているものだと、言無しの魔女シズナはそう判断した。
そして協力して共に強大な困難に打ち勝った経験から、シズナとルグルは友誼を結び、固い絆と信頼関係を構築するに至った。マールリアでは、シズナもテオも多くの大切なものを得た。
マールリアを発つ前、シズナとテオの二人は港を訪れていた。出航するブリジット号の見送りと、別れの挨拶をするためである。それは派手好きな船乗りの別れとは思えないほど粛々としたもので、とても静かな挨拶となった。
交わすべき言葉は十分に交わした。そういう思いもあった。だからどちらとも、大仰な別れの挨拶が必要なかったと言える。実際に、互いの表情は実に晴れやかなものであった。
海の平和を守るために港を出た船に、大きく手を振って見送ったシズナとテオは、踵を返してその場を立ち去ろうとした。その背中に、突然ドーンという大きな音がのしかかった。二人が驚き振り向くと、空砲を発射した船の甲板に、乗組員たちが全員集まって笑いながら手を振っていた。
「とうっ!!」
そして海中から突如、ルグルが勢いよく飛び出してきて船に着地した。彼が巻き上げたきらめく水しぶきは虹を作り、互いの旅立ちを彩る手向けとなった。
「また会おうぜ!!シズナ!テオ!オレたちはずっと、この海にいるからな!!」
ルグルの日焼けた肌から覗く真っ白な歯がキラリと光る。こうしてシズナとテオの、マールリア滞在の日々は終わりを告げた。
場所は変わって外環諸国。正式に弟のシルドが皇帝の座を退き、本来の継承者ランスが皇帝の座についた。外環諸国では着々とアイゼンハルト皇国による統一が進められていたが、表沙汰には出来ない支配は困難を極めていた。
シルドの外交努力によって条約を結べた国は問題が少なかった。アイゼンハルト皇国からの資金援助でその国の立て直しが一気に進んだことも理由の一つだが、最も重要だったものは、アイゼンハルト皇国が開発したライドゴーレムの供与にあった。
搭乗者に魔法などの特別な才能を必要とせず、訓練次第で誰が乗っても操縦することが出来るライドゴーレムは、機動性も高く装甲も頑強で、危険な場所での作業や力仕事などに多大な貢献をしていた。
ライドゴーレムは突き詰めた効率化からマナエネルギー消費量が非常に少なく、自国領内でマナスポットを数カ所確保することが出来れば、半永久的に働き続けることが可能だった。性能を十全に発揮するためには訓練された搭乗者が必要だが、無人でもある程度は操作可能なので、過酷な自然環境が多い外環諸国を劇的に変化させる可能性を秘めていた。
しかし、この大盤振る舞いともいえるアイゼンハルト皇国の対応にも、文句も出ず素直に支配を受け入れる国ばかりということにはならない。ランスの懸念していた通り、外環諸国では徐々に火がつき始めていた。
ランスはガレムの工房の視察に訪れていた。ガレムはすっかり皇国において重要人物となっていて、日々改良が重ねられるライドゴーレム開発の鍵は彼が握っていた。
「調子はどうだガレム」
「これは陛下。このような場所にご足労いただき光栄の至りでございます」
「ああ。で?」
「各国から提出された運用データが集まってきて、ライドゴーレムの問題点の洗い出しも順調に進んでおります。皇国内では戦闘訓練のデータに偏っておりましたので、ライドゴーレムを供与された各国の柔軟な運用方法は、目を見張るものがありますね」
「そももそライドゴーレムは戦闘を想定してお前に設計させたものだからな。転用可能な分野について、視野が狭まっていたことは間違いない」
「私も同意見です。土木作業等、危険な力仕事に有用なことが分かってからは、マナスポットの発見数も増加しています。ライドゴーレムに乗っていれば、魔物から身を守りつつ、危険な作業を安全にこなせることが要因でしょう」
ガレムの報告通り、外環諸国の土地開発はライドゴーレムによって飛躍的に進みつつあった。しかし、そのことが今はランスの悩みの種となっていた。
「…データ収集は確かに重要で必要不可欠だが、これ以上勝手にライドゴーレムを動かされても困るんだよ。今のところ、各国は我が国の方針と指示に従って最大限に自重してくれているが、箍はいつ外れるか分からん。このままライドゴーレムの性能が高まれば、調子に乗る奴が出てくるだろうしな」
「そうですか」
「一言だけか?まったく他人事だな」
「そうはおっしゃられましても、他国の押さえつけは私の専門の範疇外ですのでどうにも…。上手くいっていないのですか?」
ランスはガレムに当たったことを恥じ、ため息をついた。この件に関してはまったくもってガレムの言う通りであり、ランスとガレムでは、やるべきことがそもそもまったく違うのである。
「いや、すまん。別に上手くいっていない訳じゃないんだ。内環の目は相変わらず外環に向いていない。隠蔽する工作員の仕事にも満足している。しかし、何か間違いがあってライドゴーレムが一つでも内環に鹵獲されたら状況は一変する。気が抜けないんだよ、とにかくな」
「その場合の対策機能は搭載済みですが、信頼できないと?」
「信頼はしているさ、だが心配をするのが俺の仕事でな。そうしてばかりいては身動きが取れなくなると分かっていても、いざ上に立ってみると臆病になるものだ」
マナスポットの発見、ライドゴーレムの開発、内環から人材の引き抜き、シルドの外交、諜報活動。下地を自らせっせと整えてきただけあって、ランスの思惑は今のところ概ね順調に進んでいた。
しかし勝手なことだが、順調だからこそ心配が勝ち始めていた。それに加えて万事順調とも言えないことが起きている。そのこともランスの頭を悩ませていた。
「…近々ライドゴーレムを実戦で使う。だいぶ手を焼いている国があってな、交渉は粘り強く続けているが、受け入れる見込みがない。ならもう戦争だ」
「それは…」
「言いたいことは分かる。だが使う」
「陛下が何を分かったのか私には知りませんが、使うとなったらデータは期待したいところですが…無理でしょうね」
「ああ、はっきり言って目的はただの見せしめだ。戦闘には…ならんだろうな」
「ですね」
ガレムは無機質にそう呟き、ランスはそれに黙って頷いた。二人には、この先の顛末がすでに見えていた。
それはランスの言った通り、戦争であっても戦闘にはならなかった。最も適切な言葉を使うのなら、一方的な殺戮である。
ライドゴーレムを駆るアイゼンハルト皇国軍の正規兵たちの進軍は、相手の抵抗をまったく意に介すことがなかった。彼らの攻撃は皇国軍に一つの傷をつけることも出来ず、どんな抵抗をしても一歩も歩みを止めることが出来ない。
敵国の兵士はただ悲鳴を上げて逃げた。しかし、人の足の速さではライドゴーレムからは逃げられない。あっという間に追いつかれ、一巻の終わりである。そんな有様を見せられたことで投降兵は次々と増えていき、戦争開始から終了までの時間は一時間に満たないほどだった。
敗色濃厚と見て逃亡を目論んでいた国家元首は速やかに捕縛され、あっという間に国は皇帝ランスの手に落ちた。一般国民に対する安全保障は確約されたが、戦争の火種を作った政治家や軍関係者たちはただちに重罪に処された。
そのものたちは戦いが始まってすぐ勝ち目がないと見ると、国家元首と同じように揃って逃亡を図ろうとしていた。その事実が公表されると国民の反発を招き、もはやアイゼンハルト皇国が介入するまでもなく、国民たちの手によってその者らの首は胴から切り離され、無惨に晒されて石を投げつけられた。
この戦闘が始まってすぐ、まともな判断が出来るものは戦いにならないと理解した。現場では兵を一人でも多く生かすために降伏の判断を下す指揮官は数多くいた。しかし、ランスは暫くの間は敵国の降伏を敢えて見ぬふりを貫いた。
ランスが今回の戦争で最も必要としていたのは見せしめだった。圧倒的な力を見せつけ、他国の逆らう気を徹底的に削ぐことが目的だった。ライドゴーレムの有無による、覆すことの出来ない戦力差を知らしめることで、今後の交渉事を円滑に進めようとしたのだ。
その中には、流す必要のない血もあった。ランスの目的のためだけに犠牲を強いられた血と怨嗟の声は、彼の歩む道を穢し続ける。しかし、彼はこの戦争の結果を見て、もう後戻り出来る道はないと悟った。
外環諸国統一の後、内環諸国へ全面戦争を仕掛ける。外環が内環に搾取され続ける支配構造を是正させ、平等な秩序を取り戻す。現状の不健全な関係性を健全化させるためには、外環にも内環の魔法に匹敵しうる力があると示すことが必要不可欠であった。
ランスは他者の血で舗装された道を征くことを決めた。その道の先にあるものを必ず掴むために、怨嗟をまとい歩み続けるのは皇帝の義務であると、ランスは心の中で強く決意を新たにした。




