友よ、また
ルグル、シズナ、テオの三人は、リヴァイアサンの死骸が置かれている場所に集まっていた。シズナはリヴァイアサンの体のある部分に、最近発見したものとの奇妙な共通点を見つけていた。
『やっぱりそうだ。テオくん、ここを見て。リヴァイアサンの体にあるこの鉱石のような突起物、コブ村で見つけた船の結晶によく似てると思わない?』
テオは驚き、すぐにシズナの指摘したものに魔観を使った。すると確かに、船を覆っている結晶と似たものが感じ取れた。質感や色合いなどの特徴はまったく異なっていたが、同じように高濃度のマナが観ずることが出来た。
「本当だ。お師さんの言う通りです。似ているどころか、同じものにも思えるくらいだ」
「待て待て二人とも。オレはさっぱりついていけていないぞ。悪いがテオ、シズナの手話を通訳してくれるか?」
発見の驚きで、ルグルには手話が通じないことを二人ともに失念していた。シズナもテオも頭を下げて謝罪すると、今一度、リヴァイアサン騒動で話す機会が後回しになってしまったコブ村の伝説の一件を説明した。
「手紙でおおよそのことは教えてもらったけど、本当にコブ村にそんなものが残ってたのか?まだちょっと信じられないなあ」
『伝説を信じて、諦めずに調べ続けてくださったヤチヨさんのお陰で、私たちは船を見つけることが出来たんです』
「なるほどな。とにかく一度、オレも一緒にコブ村に行こう。実物を見てみないことには何も判断が出来ないからな」
三人は次にコブ村を訪れた。すっかり村の顔なじみになっていたテオは、リヴァイアサン討伐で活躍したことが村中に広まっていて、村人たちから英雄扱いをされて熱烈な歓迎を受けた。
しかし本題はそのことではない。テオはタテベに頼んで船を出してもらい、もう一度ヤチヨたちと船が座礁している入り江を訪れた。ルグルは結晶に覆われた船の姿を見て圧倒され、言葉を失っていた。
「…これはすごいな。確かにヤチヨさんの推測通り、この船は当時の魔物討伐船だと思う。今の船と特徴は大きく違うが、装備には似通ったものがある。船体があまり傷ついていないことを考えると、この船の乗組員たちは、サハギンのような船上に乗り込んでくる種類の魔物に襲われたのかもしれないな」
「だから船は比較的無事で、長い漂流に耐えられたってこと?」
テオの質問に、ルグルは頭を振った。
「いや、例えそうだったとしても針に糸を通すような偶然や幸運が重ならないと、こうはならなかっただろう。人知を超えた現象。まさに伝説と呼ぶに相応しいってことだ」
「それでルグル様。船の結晶についてはいかが思いますか?」
「様なんてそんな、ルグルでいいですよヤチヨさん」
「そうはいかないわ。私のような古い人間は序列に厳しいのよ。むず痒く思うかもしれないけれど我慢してちょうだい」
ヤチヨはルグルにぴしりとそう言った。公私混同はしてはいけない、ルグルに対してそう叱れるのは、ヤチヨの年の功あってのものだった。
特にこの謎の結晶の取り扱い方については、慎重を期す必要がある。この場だけで済む話ではない。ルグルはマールリアの賢者として、各国との調査協力の調整を求められるだろう。そのような場では、礼儀や言葉つかいは丁寧である必要があった。
「ええとじゃあ、ゴホンっ!確かにオレも、この結晶には並々ならぬマナを感じるな、正式な調査が必要だと思う。えっと、それについては…」
シズナがスッと手を上げた。あてがあるという話をしたのは彼女で、現状ルグルの方にあてはない。しかし。
「オレとしてはシズナに頼りたい。ただこいつの持ち主が誰かってことを考えると、即答が出来ないな」
「だけどルグル様、マールリアにはこのような物質を研究出来る高度な研究施設は存在しません。何せ魔法学校すらないのですから」
「そうなんだよなあ。それはヤチヨさんの言う通りだ。正直これを見ちまった以上、伝説は伝説のままにって訳にはいかない。ただなあ…オレがいつまで陸にいられるかは分からないんだよなあ…」
ルグルが首を捻って考えを絞り出している時、テオが唐突に「あっ!」と声を上げた。周りの視線が一気にテオに集まると、彼は身を乗り出して言った。
「適任者がいます!魔法にも海の事情にも精通している、とびきり優秀な魔女が!」
テオに集まった視線はそのまま、互いの顔を見つめ合うものに変わった。一体誰のことを指しているのか、始めにルグルが、次にシズナが思いついてパッと表情を明るくさせた。
船に付着している謎の結晶の調査は、シズナの要請もあってクリアリクのロゴス羅針宮とマールリアで協力して行われることになった。マールリア側への説得はルグルが直々に行い、最終的には国を代表して監視に当たる者を選出することで同意が得られた。
その監視者はブリジット号の船員から選ばれることになった。調査には時間がかかるため、船から長く離れられる者が適任で、魔法学校に在学経験があるか卒業生ならばなお良く、そういった施設の事情に詳しいことが好ましい。
この条件にすべて当てはまっていたのはシェルだけだった。彼女はまず怪我の治療に専念せねばならず、再びブリジット号に乗船出来るようになるまでは時間がかかる。そして魔法学校卒の魔女で、授業の一環で魔法研究などの経験と知識もある。それに大国と魔法学校との関係性は、実際に肌で感じ取ってきた。
そういった事情も重なり、シェルには現地調査時の案内役や、結晶を不正利用されないように監視を行う役割が与えられる話が持ち上がった。マールリアとしても、監視者がブリジット号の船員ならば全幅の信頼が置ける。シズナにとっても、マールリア側でカント・レギウムの動きを強く牽制出来る人物が必要だと考えていた。
関係者たちの間ではほぼ決まった話であったが、肝心の本人の了承がまだであった。そしてその役目は、この人選の発案者が担うことになった。
「―と、いうことがあって、お師さんもルグルも、全面的にこの調査のことをシェルに任せたいって話でまとまったんだ。…勝手すぎたかな?」
黙ったままテオの話を聞いていたシェルは、不安げに質問をしてきた彼に頭を振った。
「全然そんなことない。むしろそんな重要な役目を私が任されるなんて、とても光栄だわ。でも私、少しはよくなってきたとはいえ、まだまだこんな寝たきりの状態よ?」
シェルが懸念しているのは自らの健康状態だった。瀕死の状態を脱し、今なお回復を続ける彼女だったが、大怪我を負っていることに変わりはなく、本格的に動き出せるのは先の話になってしまう。
「大丈夫。どのみちすぐに本格的な調査が出来る訳じゃないんだ。色々と面倒な手続きとか、調整が必要で。それが終わる頃には、シェルも動けるようにはなっているはずだってさ」
「なるほどね、すでに私の事情も織り込み済みってことか。なら断る理由はないわね。受けるわ、その話」
「よかった!シェルがやってくれるなら俺も安心出来るよ。それに心強い味方もいるんだ。コブ村に住んでる元漁師のタテベさんと、奥さんのヤチヨさんって二人がいてね、ずっと伝説について調べてた人たちなんだ。なんとヤチヨさんは、あの四大魔法学校のエルシルヴァ樹学校の卒業生!シェルのことは俺が沢山話しておいたから、二人なら絶対力になってくれるよ」
大役を任されたのはシェルなのに、テオはそれを自分のことのように喜んでいた。その様子を見て微笑んだシェルは、まだまだ興奮していて喋り続けているところに口を挟んだ。
「ありがとう、テオ。これ全部、私のためなんでしょ?」
シェルのその言葉に、テオはばつが悪そうにしてうつむいて口を閉ざした。そんな彼の姿を見て、シェルは笑って言った。
「何よ急に黙っちゃって。大丈夫よ。別に余計なことをしたとか、そんなこと思ってないわ」
「…でも俺。シェルのためにって、相談もせず勝手に色々決めちゃった」
「いいのよそれで。テオは私のこと、きっとベッドの上でじっとしてられないだろうって分かってたんでしょう?」
「…うん」
「それにあなたのことだから、私のために陸の上でもルグルさんの役に立てることを見つけてきてくれたんでしょう?それが分かるから嬉しいし、本当に感謝してもしきれないわ」
シェルはやっと動かせるようになった手で、ぎこちなくテオを手招きした。そして彼に、自分の手を握って欲しいとお願いした。テオは迷うこと無くシェルの手を握りしめて言った。
「…俺は友だちの、シェルの力になれたかな?」
「ええ、とっても!」
「そっか…なら、良かった!」
そうして二人は屈託のない笑顔を交わしあった後、シェルの方から口を開いた。
「…きっとそろそろお別れなのよね?」
「うん。俺たちの旅はまだ途中だから」
「そう…でも私、あなたにさよならは言わないわよ。こういう時は―」
二人は顔を見合わせて頷くと、声と息を合わせて言った。
「またね!」
それは二人にとって最高の別れの挨拶で、再会の約束だった。




