私のことあなたのこと
リヴァイアサン討伐の吉報はすぐにマールリア全土に知れ渡った。討伐されたリヴァイアサンの死骸も陸まで運ばれ、港には討伐されたドラゴンを見ようと、見物客がわっと押し寄せた。
討伐を成し遂げたルグルとブリジット号の船員たちは、感謝と喜びの歓声で迎え入れられた。そして討伐に協力をしたシズナとテオの二人も、大いに称賛され英雄扱いを受けた。
しかし、テオは密かにその歓待の中から抜け出して走り出していた。シズナとルグル、そして船員たちが協力してテオを人混みから逃がしていた。彼が向かう先は勿論、シェルのいる病院だった。
病院までは急いで走り、入口で立ち止まり、院内は逸る気持ちを抑えながら早歩きをした。一刻も早く、その気持ちがとにかくテオの足を進めた。
「シェルッ!!」
病室の扉を開くと同時に、テオはシェルの名を呼んだ。シェルはまだベッドの上で、体も殆ど動かすことは出来なかったが、首だけはテオの方へ向けた。
「うるさいわよテオ。ここは病院なんだから、静かにしなきゃ駄目でしょ」
非常にゆっくりとではあったが、シェルは意識を取り戻して話すことが出来るようになっていた。リヴァイアサン討伐前は、意識を取り戻すどころか面会謝絶であったシェルが、回復の兆しを見せていた。その事実に安心したテオは、彼女のベッドの脇でずるずると床にへたり込んだ。
シェルの病室には、大勢の船員たちが代わる代わる見舞いに訪れた。きちんと順番を決めて人数を絞り、病院に迷惑をかけないよう徹底されていた。陸に上がってもなお、統率の取れた行動を取るのだなと、テオは密かにそんなことを考えていた。
そして一番最後に顔を見せたのがルグルだった。リヴァイアサン討伐の後処理もあって忙しいはずだったが、それらをかなぐり捨ててシェルの元へ急いだ。シェルの方がよほど大切なことだからだ。
「ああ…シェル…よかった…本当に…オレは…オレは…ッ!!」
ルグルは無事に目を覚ましたシェルの姿を見て泣き崩れた。常に陽気に振る舞っている彼の姿を思うと、その様子はとても印象的だった。ずっとシェルに付き添っていたテオ、ルグルと一緒に病院を訪れたシズナ、二人ともに初めて見るルグルの姿だった。
「ルグルさん。ご無事で何よりです。テオからリヴァイアサン討伐の話もすべて聞きました。やっぱりあなた無くして、マールリアの海の平和はありえませんね」
「シェル…お前そんなことを…。だからって、あんな真似はもう絶対にやめてくれ。シェルまでオレのせいで失うことになったら、オレは…」
「お父さんに顔向け出来ない、そう言いたいんでしょう?ルグルさん。でもね、そんなこと絶対にないですよ、きっと。私があの時、咄嗟にルグルさんのことをかばうことが出来たのは、ルグルさんを守って海になったお父さんが、私のやるべきことを教えてくれたからだと思うんです。あなたを守れって。だって私は、そのためにお父さんと同じ船に乗ったんだから」
シェルの父オルカスは、副船長としてルグルの両親を支え続け、彼らの息子で跡継ぎのルグルの面倒を見て、一人前の船乗りにした。彼の娘のシェルは、亡き父の意志を継ぎ。海となった父の代わりにルグルの隣に立って、その助けとなる同じ道を選んだ。
「ルグルさん。私は本当に、お父さんのことであなたを一度たりとも恨んだことはないんです。お父さんは何があろうとも海で生き、海で死ぬ人だった。それは誰かにお願いされたからではなくて、お父さんがそう生きると決めたことだったんです。私はたまにしか帰ってきてくれないことが不満だったけれど、そんなお父さんのことがとても誇らしかった。そしてお父さんと同じ生き方を選んだあなたのことも、私は…とても…」
そこまでで、シェルの言葉は途切れた。そしてすぐに、かすかな寝息が聞こえてきた。意識を取り戻したとはいえ、彼女はまだまだ大怪我を負ったままで、最後まで話し終えるより先に、体力の限界がきてしまったのだ。
ルグルは話し疲れて眠ってしまったシェルの頭をそっと撫でると、優しく微笑みながら「おやすみ」と呟いた。シズナとテオの二人も、これ以上長居をするのは迷惑なると、病院を後にした。
今回のリヴァイアサン騒動で、一番の功労者はシェルであった。もしもルグルがあの不意の一撃で死するか再起不能の大怪我を負っていたら、これだけ早期のリヴァイアサン討伐はかなわなかった。
偶然ではあるが、マールリアに八賢者のシズナがいたので、リヴァイアサンと戦えるだけの戦力はあった。しかし、彼女は海での戦いにまったくの不慣れであり、戦闘員となるブリジット号の船員たちに、ルグルが指揮を取っている時のような統率の取れた行動は絶対にさせられなかった。
例えシズナが他の賢者から協力を得られたとしても、討伐がかなうのは先のことになっていた。その間にもリヴァイアサンは力をつけ、マールリアに甚大な被害を出すことになる。海の資源活用の再開時期も見通しは立たず、海と共に生きるマールリアの人々の生活は窮地に追い込まれていただろう。
しかし、シェルがルグルのことを必死で庇い、無傷で守ったお陰でブリジット号は最大限の実力を発揮することが出来た。更にそこへシズナとテオの協力も加わり、戦力は盤石となった。大災厄と呼ばれるまでに成長しきる前のリヴァイアサンを討伐することが出来たのは、確実に彼女の命がけの献身があってこそだった。
その事実を知るのは、今回の討伐に携わったルグル、シズナ、テオ、そしてブリジット号の船員だけである。それを知らない多くの人々は、勇敢に戦って勝利をおさめたルグルたちに賛辞を送る。しかし戦った彼らだけは知っている。シェルは亡き父と同じように、身を以って海の平和を守った。彼女は間違いなく英雄であった。
宿屋にて。思いがけず大きな戦いを経験したシズナとテオの二人は、疲労からぐっすりと眠りについていた。特にテオの体力の消耗は激しく、対リヴァイアサン戦で咄嗟に用いた強調詠唱は、知識はあっても実戦で使うのは初めてだった。
難易度の高い詠唱技法な上に、適切なタイミングとリヴァイアサンの口に正確な狙いをつけて魔法を発動させた離れ業は、今のテオの実力以上の結果であった。極限まで集中力が高まっていたとはいえ、成功させられるかどうかは賭けだった。
それでも成功させられた理由は、ひとえに杖の存在が大きかった。テオの持つ杖は世界一の杖職人のクウガイが完璧に仕上げた逸品で、まだまだ魔法使いとしては未熟なテオの補佐をした。ただし、それだけでは説明がつかないこともあった。
眠るテオの荷物の中から、杖がすいっと浮かび上がった。その先端がテオの額に向けられると、間にパチっと小さな火花が走った。
目が覚めると、テオは床も壁もない、見渡す限りどこまでも白い場所に立っていた。そこがどこかは分からない。しかし不思議と思考は冷静なままだった。
「これは…」
テオは足元に落ちていた自分の杖に気が付き、それを拾い上げた。すると、どこからともなく聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「ここはお前の夢の中。テオ、私が何者か分かるか?」
「この声って…もしかして俺の声か?」
「そうだ。私は道具ゆえ声を持たぬ。だから持ち主であるお前の声を借りている」
「道具に持ち主…ってことは、お前は俺の杖なのか?」
「ああ」
返答があっても、テオにはまだ現実味がなかった。何故夢の中で、何故自分の杖が、そもそも杖が話しかけてくることなんてあるのか。次々に疑問が湧いた。
「この場所のことや、私のことなど些細なことだ。私はお前の杖。その役割に揺るぎはなく、ただ持ち主の力となるのみ。しかしどうも気になることがある」
「気になること?」
「お前の魔法は、どこか気持ちが悪い。お前であってお前ではない、別の何かの干渉を受けている。私はお前に不満はないが、その干渉は好かない。それを伝えたかった。道具の領分を超えた行動で褒められたことではないが、私にも私の言い分があると分かってほしかった。ではな」
「えっ?あっ、ちょっ!ちょっとまっ…!!」
テオは慌てて止めようとしたが、真っ白だった景色は一変して真っ黒なものになり、もう一度失われた意識は、現実の世界で目覚めたことで取り戻された。手にはいつの間にか杖が握られていて、呼びかけてみても何も答えない。
「何だったんだ、今のは…」
多くの謎と疑問がテオに押し寄せたが、同時にまた強烈な眠気も襲ってきた。疲労はまだまだ溜まっている。それに抗うことが出来ず、テオはまた深い眠りに落ちた。




