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言無しの魔女  作者: ま行


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92/115

対決リヴァイアサン

 ブリジット号、船内の会議室にルグルは全船員を集めていた。そこにはシズナとテオの二人もいる。話し合うことは勿論、対リヴァイアサンについてだった。


「敵の魔物、大方の予想通りあれは魔物の中でも一等特別なドラゴンだ。名をリヴァイアサンと言う。シズナが過去の文献から探し当ててくれたんだが、こいつは過去にもマールリアを襲ったことのある魔物だそうだ。その時はとんでもねえ被害が出てな、大災厄と呼ばれたらしい」


 シズナがこれを調べていたことは偶然で、元はマールリアの伝承と風土についての調査だった。偶然の産物ではあるが、貴重な情報源だった。


「奴の攻撃で一番驚異的なのは、シェルを撃ち抜いたあの水流ブレスだ。過去の文献にも、この水流ブレスのことは沢山記載があった。破壊力もさることながら、射程距離も恐ろしく長い。本来のリヴァイアサンは、あのブレスを殆ど絶え間なく撃ち続けることが出来るらしい」

「…あれを連発出来るのか」


 船員たちに動揺が走る。そこに追い打ちをかけるようにルグルは言葉を続けた。


「それだけじゃない。リヴァイアサンの体表を覆う鱗は強固で、並大抵の攻撃魔法じゃ傷一つ付けられない。物理攻撃も然りだ。それにドラゴンという魔物特有の再生能力も有していて、とんでもなくタフだ。分かってる理屈だけで言うなら、ドラゴンはマナがある限り生き続けられるはずだからな」

「でもそうじゃない」


 そう言葉を挟んだのはテオだった。そして自分の杖を取り出す。


「俺の杖の芯材に使われているのは、セラドナの血琥珀。セラドナはリヴァイアサンと同じドラゴンで、血琥珀とはセラドナが寿命で死亡した時に残す物。つまりドラゴンは死ぬってことだ。殺せるんだ。そうだろルグル」

「ああ。それは、マールリアの過去の英雄たちも証明している。オレたちでやってやれないことなんてない。今から作戦を説明する、各員、持ち場を死守して役割に徹してくれ。いいか―」


 作戦を聞き終えると、船員たちは自然と手際良く持ち場についた。ルグルが出航を命じると、船はリヴァイアサン討伐へと向かった。




 リヴァイアサンは、最初に会敵した海域から動いていなかった。ルグルたちを待ち受けていたのだ。いよいよと喧嘩を吹っかけた相手と、決着をつけるつもりだった。


 ルグルはというと、なんと船首で腕を組み堂々と仁王立ちしていた。それはリヴァイアサンにとってはいい的で、狙ってくれと言わんばかりの行動だった。そんな絶好の機会をみすみす見過ごす訳もなく、ガパリと開かれた口から、高威力の水流ブレスがルグルめがけて一直線に放たれた。


 直撃。そうリヴァイアサンは確信した。しかし何かがおかしい。直撃してすぐに、白く濃い霧がルグルのいた場所を覆っていた。そして自分の攻撃は奴の体をバラバラに引き裂いたはず。それなのに何故、悲鳴の一つも上がらない。リヴァイアサンは引き続き警戒を続けながら成り行きを見守っていた。


 その時だった。霧の中から、ブリジット号が猛スピードでリヴァイアサンに突撃してきた。魔法で速力を上げ、同時に船体を防護しながらリヴァイアサンに突貫する。狙いは船に取り付けた衝角による体当たり。ルグルが無防備な姿を晒したのは、この返しの一撃目を通すための囮であった。




「一撃目。衝角を確実にぶつけるために、オレが一番目立つ場所で囮になる。奴は最初に襲ってきた時にも、いの一番にオレを狙ってきた。のこのこと姿を見せりゃ攻撃してくる可能性は高い。その時、自然とオレは真っ向から奴の水流ブレスを受けることになるが、防御しない。する素振りは一切見せないし、ぴくりとも動かない。危険だって反対意見も分かるが、オレは微塵もそうとは思ってない。なんたって、オレと船のことを守るのは、シズナだからな」




 ルグルめがけて放たれた一撃は、シズナの幾何の方盾によって防がれていた。本来なら、ブレス攻撃が到達するまでの一瞬の間は、ただ防ぐだけでも多大な負担がかかる。


 しかし、シズナならば違う。他の魔法使いが代替策を用いてやっと無詠唱で使える魔法を、瞬時の手の動きだけで使用することが出来る。更に実戦慣れしている彼女は防御のタイミングも完璧だった。しかもこの幾何の方盾はただ発動させただけでなく、呪文代わりの手印を用いたマナ操作も行えることも大きな利点だった。


 シズナはルグルから、初撃を防ぐことと相手の目眩ましを頼まれていた。そこで考えついた方法が、防いだ後のブレスの水分を用いて、それを濃霧に変えるというものだった。


 直撃後に発生した霧に対して、半端に知恵をつけたリヴァイアサンならば一瞬でも戸惑いを覚え、思考する時間があるはずだと、シズナはそう予測した。そこからいつ二撃目、三撃目が来てもいいように備えていたが、一発目を防がれただけでリヴァイアサンは様子見を選択した。


 その行動は、ブリジット号が突貫する絶好の機会だと合図することと同義であった。進路を迷う必要はなかった。水流ブレスは直線上にしか発射することが出来ないことは、残された資料からも判明していた。つまり攻撃のあった先が、リヴァイアサンの居る場所である。


「ギシャアアァァァッッッ!!!!」


 リヴァイアサンがけたたましい叫び声上げた。鋭い衝角が体を突き刺した。激しい揺れと衝撃がブリジット号を襲う。しかし、事前に衝撃に備えた体勢を取っていた船員たちは、大きな怪我をする者もなくすぐに動き出すことが出来た。リヴァイアサンの体に突き刺した衝角を船から取り外すと、急いで離脱する。


 衝角の一撃で大ダメージを負ったリヴァイアサンは怒り狂っていた。逃げるブリジット号を見逃すはずもなく、追跡と同時に船をめがけて何発も水流ブレスを放った。一発でも直撃すれば、ブリジット号は損壊を受け機動力は大きく削がれることになる。


 しかし、そうはならなかった。船を動かす役割以外の船員たちは、シズナと協力して全員が守勢に回っていた。誰一人として反撃することなく、ブレス攻撃から船を守ることに徹していた。


 幾何の方盾を何層にも重ねて張り巡らせ、盾が何枚割られようとも威力を殺し切る。相殺の障壁を多重詠唱で発動し続け、船体を防護する。この徹底的な防御策も、ルグルが始めから指示していたことだった。




「攻撃が上手くいって衝角を奴の体にぶち込めた場合、恐らく奴は逃げるブリジット号を追ってなりふり構わず襲ってくるはずだ。今まで散々好きにぶちかましてきた相手に、手痛い反撃を食らった訳だからな。自分が賢いと思い込んでいるなら、怒らない方が不自然だ。皆はその攻撃を、全力で防いでくれ。攻めることは考えなくていい。守ることだけ考えるんだ。とにかく守って守って、逃げて逃げて奴を引きつけろ。そして頼む。二撃目を加える役目は、どうしてもテオに譲ってやってほしい。これは命令じゃない。オレからのお願いだ」




 ルグルは船員たちにそう頼んで頭を下げた。だが、誰一人としてそれに異を唱えるものはいなかった。ブリジット号でルグルの次にリヴァイアサンへの敵対心に燃えているのは、間違いなくテオであると分かっていたからだ。


 自分たちは、そのためのお膳立てになってもいい。船員たちはテオにそれだけの信頼を寄せていた。テオは船上で共に汗を流し、同じ釜の飯を食べた仲間だった。そして、シェルの親友であることを知っている。皆は激励の言葉をかけ、テオの背中を押した。


 リヴァイアサンの猛攻を防ぎ続けるブリジット号。その船上で、テオはリヴァイアサンと対峙していた。防衛に回っているため、隣にシズナはいない。大一番を任された緊張感で手足は小刻みに震えていたが、頭の中は自分でも不思議に思うほど冷静だった。


 絶え間なく水流ブレスを放つリヴァイアサンを、テオはじっと観察していた。杖を構えることもせず、ただじっと見続けていた。


 弱点はどこだ。次にどう動く。ブレスの予備動作は。攻撃の頻度は。少しでも魔法の効き目がありそうな場所は。どれほど素早く動ける。奴が一番狙っている場所はどこだ。


 テオは考えて考えて、ひたすらに観察を続けた。リヴァイアサンの攻撃が自分に届くことは微塵も考えていない。これはシズナと船員たちを完全に信頼しきっているからこそ出来ることだった。


 せわしなく動き続ける視線がリヴァイアサンの行動を捉え続ける。限界まで集中力を高めていたテオは、無意識に杖を抜くと詠唱を始めた。


「八属が焦熱。収束、収束、収束、重ねて強まれ魔の力、集い集いて敵を衝け。螺旋らせん鋭槍えいそうッッ!!」


 杖先から放たれた鋭く尖らせたマナの槍は、渦巻きながら突き進む。テオが行った詠唱は強調詠唱という技法で、呪文の二節目を三度繰り返すことでマナの効力を更に高めることが可能なものだ。その分他の要素を付け足す柔軟なマナ操作は出来なくなるが、目的に特化した攻撃魔法の運用が出来る。


 攻撃魔法、螺旋の鋭槍。性質としてはリヴァイアサンの水流ブレスと似たもので、直線に進む。魔弾や穿孔の一矢との違いは破壊力で、相手を穿ってなおも渦巻くマナが、周囲のものを破壊して巻き込みながら進み続ける。


 テオはその魔法を、リヴァイアサンがブレスを放つために、丁度口を開くタイミングに合わせて発動した。口内には魔法を弾く強固な鱗は存在しない、有効な攻撃箇所であった。


 しかし、リヴァイアサンにとってこの攻撃は脅威にはならなかった。確かにブレスの動作で口を開くことは必須な行動だったが、元より強力なブレス攻撃の余波から口内を守るため、マナを操って防壁が張られている。魔法が直撃しても、大したダメージは見込めなかった。


 だがテオの狙いは口内ではなかった。彼はブレスの発射前に開かれたリヴァイアサンの口の間に形成されるマナの塊を狙ったのだ。リヴァイアサンの水流ブレスは直接吐き出されるものではなく、いわばドラゴン専用の魔法であった。


 リヴァイアサンをよく観察していたテオは、ブレスの前に見られるマナの励起現象を見抜いた。狙いはその発動前に集ったマナ。螺旋の鋭槍は魔法発動前のマナを巻き込んで乱し狂わせ、ブレス攻撃の暴発を招いた。口内を保護する防壁も、自らの水流ブレスが暴走して爆発した威力を防ぐことは出来ず、リヴァイアサンの口と頭をズタズタに傷つけた。


「ギャォォオオオオオォッ!!!!」


 激痛に叫び声を上げるリヴァイアサン。テオの一撃は大きなダメージを負わせた。しかし、それでも仕留めきるには足りなかった。


「決めろ!!ルグルッ!!」


 テオの叫び声はルグルには届かない。だがそれでよかった。そうでなければならなかった。なぜなら、ルグルはこの戦闘が始まってからずっと、海中にいた。




「オレは囮が終わったら、即座に海に潜る。そして潜伏して機が熟すのを待つ。魔法の効果が切れるまでに機が来なけりゃオレはそのまま海の藻屑だが、そうはならねえと信じて待つ。その時が奴の終わりだ」




 ルグルは海中でずっと水刃の螺旋槍を発動させたまま、単身で激しい戦いを繰り広げるブリジット号とリヴァイアサンを追い続けていた。水刃の螺旋槍もそうだが、空気の確保や身体を保護する魔法の効果が切れた時、ルグルの命運は尽き果てる。


 そのリスクを承知した上で、ルグルは信じて待った。リヴァイアサンの意識からルグルが完全に消え去り、十分にダメージが蓄積するのを待っていた。


 そしてその時は来た。攻撃を成功させたテオの声は聞こえていなかったが、リヴァイアサンの動きが明らかに変化した。ルグルは撃ち出された弾丸の如く水流ドリルで海中を突き進んだ。狙うはただ一点のみである。


 ルグルが狙っていたのは、リヴァイアサンの体に突き刺さったままの衝角だった。体当たりの一撃はダメージを与えることよりも、衝角を体に突き刺しておくことを狙いにしていた。衝角を即座に船から取り外せるように準備していたのも、この時のためであった。


 突き刺さった衝角に衝突すると、それを巻き込みながら、ルグルの水流ドリルは止まることなく、強引にリヴァイアサンの体を引き裂いていった。強固な鱗や強靭な皮膚、ドラゴン特有の再生能力も関係ない、後はただひたすら突き進むだけだった。


 やがて水流ドリルが突き抜けたその先で、リヴァイアサンの体を真っ二つに引きちぎって、ルグルは海の上の空に飛び出した。戦いの終わりは仲間たちの歓声で理解出来た。空から落ちてくるルグルのことを、仲間たちは全員で受け止めた。

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