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言無しの魔女  作者: ま行


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初めての街

 シズナの旅に同行するテオ。荷物持ちや炊事全般を担い、そのほか腕力と体力が必要なことはすべて肩代わりした。そのようなことを避けてきたシズナにとって、テオを同行させたことで、旅の進み方が違うのは新鮮なことだった。


 二人旅や互いの空気感に慣れ始めた頃、ようやくシズナとテオは少し規模の大きな街に到着した。街の名はルーギス。どちらかというと内環寄りにあり、そこそこ発展をしていた。


『テオくん。この規模の街なら宿もあるでしょう。少しばかり、ここに滞在しようと思います』

「分かりました」


 宿を取ると聞いて、内心テオはホッと胸を撫で下ろしていた。体力的な疲れはあまりなかったものの、旅をするということが初めての経験で、何をしてもまだ慣れないという気疲れが知らない内に溜まっていた。


 しかし、その後テオはあっと声を上げた。振り返ったシズナがどうかしたかと手話で尋ねると、テオは申し訳なさそうに言った。


「あの…お師さん。俺、そんなに手持ちのお金がなくて、その…」


 今まで稼いできた貯えと、旅立ちの際、村人たちからもらった餞別を合わせても、テオの所持金はそれほど多いとはいえなかった。街の宿に泊まるという経験が初めてのテオにとって、宿泊料がいくらかかるのか、未知のことで尻込みした。


『ああ、それなら大丈夫です。私が全部出しますから』

「えっ!?いや、そんな…」

『テオくん。私はあなたのなんですか?』

「…お師さんです」

『そうです。師匠です。あなたを弟子にすると決めた以上、私にはあなたの面倒を見る責任と義務があります。任せてください、これでも懐にはそれなりに余裕はあります。心配しないでください』


 シズナは珍しく得意げに胸を叩いてみせた。テオは頼り切りになってしまうことに後ろめたさを覚える一方、そんなシズナを頼もしくも思った。




 宿を取るとシズナが言ってからそれなりの時間が経過した。二人が座っているのは宿の部屋の椅子ではなく、街中に設置されたベンチだった。あれから数時間、ルーギスの街をうろつくシズナの後をついてまわるテオという、不思議な状況が続いた。


「お師さん」


 テオが声をかけると、シズナはびくっと肩を震わせた。俯いているので表情は確認できないが、そのまま背中をぷるぷると震わせているのは見て取れた。言及するべきか迷ったが、思い切ってテオは聞いた。


「もしかして、宿の場所が分からないのでは?」


 もう一度、今度は大きく肩を震わせたのを見て、テオは自分の指摘が正しかったのだと確信した。すると恥ずかしさに耳まで真っ赤に染めたシズナが顔を上げて、わたわたと手話で話す。


『だって、大抵は街の入口近くの大通りにあるはずなのに、それらしい建物もないし、看板も見当たらないし、厩舎だって、それに、それで、それと…』

「落ち着いてくださいお師さん、別に責めてるわけじゃないですから!」


 申し訳なさそうに縮こまるシズナを見て、テオはぐっと拳を握りしめた。そして立ち上がると、ここで待っていてくださいとシズナに伝え、ささっと道行く人に声をかけにいった。


 数人から話を聞いてから、テオは笑顔で手を振りながらシズナの元に戻ってきた。そして実に嬉しそうに言った。


「ここからもう少し歩いて街の中央、商業区に二軒ほど宿があるそうですよ。ほら行きましょうお師さん!」


 テオはシズナの手を取って引っ張り上げると、そのまま歩き出した。それは自分が先導するという目的もあったが、別の意図もあった。


 シズナが街に迷ったのは、何も初めて訪れる街だからというだけのことではない。一番の問題は声であった。シズナにとって、道行く人に話しかけるという行為はとても苦労するのだ。


 手話が伝わらずとも、筆談で会話はできる。しかしそれでは、相手に文字を書き込む時間を待たせることになる。スムーズなやり取りが出来るとは限らない。そして声をかけて足を止めてもらうことが本当に難しいことだった。


 自分は手話が通じるからいい。例えシズナと初対面だったとしても、止められた時の意図が理解できる。しかし他の人だったらどうだ、何故止められたのか理由がすぐに分からなくて、あまりいい気がしないのではとテオは思った。


 普通に喋ることができない。それだけで他者と大きな壁を作ってしまうことを、テオは自分の両親を通じて知っていたはずなのに忘れてしまっていた。時が経って、悲しみから離れている証拠でもあったが、今一度その時のことを思い出す必要があると感じた。


「お師さん」


 テオは振り返らずに言った。答えが見られないのに何故そうしたのか、シズナに答えなくてもいいと示すためだった。


「旅立つ前、俺なんでもしますって言いました。任せてください。俺はあなたの声になれます。手話通訳はずっとやってきたから得意です。よかったら、いつでも頼ってください」


 シズナは驚いて目を丸くした。声が出せないことは生まれつきで、今まで自分の不甲斐なさを恥じるばかりだった。迷惑をかけるばかりで、誰かに頼るという発想はなかった。


 あなたの声になれます。その言葉は、シズナの胸に深く響いた。自分の意思を伝える手段がとても限られたシズナにとって、それがどれだけ嬉しいことか、伝える術がないことがもどかしかった。


 代わりになるか分からなかったが、シズナは握られた手をぎゅっと握り返した。するとテオの体温は急に上がった。少しだけ汗ばんだ繋がれた手を、シズナは愛おしげな目で見つめた。




「宿泊できますか?えっと…二部屋でお願いしたいのですが」


 宿屋の受付で、テオはシズナの手話を翻訳した。そのやり取りを見て、宿屋の主人は少しだけ訝しむような目で見た。


「お客さんたち、何か訳ありかい?金を払うからってトラブルを持ち込まれたくはないんだがね」


 テオは主人の物言いにむっと眉を顰めた。しかし、怒らないようにとシズナが咎める。それでも腹立たしかったテオは、怒りは抑えたまま言った。


「訳ありじゃありません。これは手話ですよ。お師さんにとって、これが言葉なんです」

「手話?何だいそりゃ」


 シズナは頭を振って額を手で抑えた。そしてテオのことを叱った。


『駄目だよテオくん。君には身近かもしれないけど、手話のことを知らない人の方が多いんだから』

「うっ…す、すみませんでした…」

「何だか分からんが、そちらのお客さんは声が出ないのかい?」


 主人に聞かれ、シズナは頷いた。それを見て、主人はばつが悪そうにぽりぽりと頭を掻いた。


「そうか。そりゃ悪いことを聞いてしまったな。いや、すまないね。旅の者ってだけで珍しいのに、見たこともない動きをしているから、つい気になってしまってね」


 シズナが頭を振るのを見て、主人はもう一度謝罪した。それで溜飲を下げたテオは、気になったことを質問した。


「どうして俺たちが旅してるって分かったんですか?」

「それは、商売柄ってところもあるさ、宿屋では色々な人を見るからね。ただまあ、最近は情勢の違いで分かってしまうんだがね。ああ、部屋は用意できるよ。これに名前を記入を、料金は前払いで」


 手続きを行いながら、テオは更に質問を続けた。


「情勢の違いってなんですか?俺たちが街に入れたってことは、戦争ではないですよね」

「まさか戦争ではないよ。近いっちゃ近いけどね。ちょっとした問題があって、ここらを治めてる領主と周辺の街々や村々で小競り合いが起こってんのさ。ここのところ傭兵ばかり泊まりにくるから、お客さんみたいな、特にお嬢さんのような身なりの良い旅人は特に目立ってみえるよ。今のところ最悪な状況まで悪化はしていないが、問題が長引けばここらも不安定になるかもしれん。お客さんも他に目的地があるなら、滞在を切り上げて早めに街を出た方がいいぞ」


 無事に宿を取ることはできたが、宿屋の主人から不穏なことを聞いた二人は顔を見合わせた。長居しないほうがいいという忠告が、宿屋の主人から出てくることは並々ならぬ理由がありそうだと、テオもシズナも、同じことを考えていた。

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