選択すること学ぶこと
柔らかなベッドの上で眠れることが久々で、逆にテオは上手く寝付けずにいた。一人で寝ることの方が慣れているというのに、野営のように、近くにシズナがいないと落ち着かなかった。
「こういう時、どうすればいいんだ?」
街には薪を売りに出ていたが、夜遅くまで滞在したことはなかった。こうして滞在してみると、村よりもよほど夜が長かった。灯りがついている場所があり、窓からそれが差し込んでくる。
村の夜は早く、灯りは貴重でもっと暗かった。だから少しの灯りでも眩く感じてしまう。それを意識すると、テオは余計に眠れなくなってきた。
そんな時、テオの部屋の扉がノックされた。扉を開けると、そこにはシズナの姿があった。
『ごめんねテオくん。もう遅いのに』
「いえ、そんな…」
野営のときには着ない、旅支度とは違う格好のシズナの姿を見て、テオは少し胸の鼓動が早くなるのを感じた。見慣れぬ姿であったこともそうだったが、改めて浮き世離れした美貌をもつシズナに見惚れた。
『どうしたの?』
「あっ!えっ!?いや、別に何もその…と、とにかく入りますか?」
『うん。そのために来たからね』
部屋に入れるためにテオは少し体をどけた。横切るシズナからふわっと香る花のような匂いに変わらず心臓が騒いだが、尋ねてきたことに理由があるはずだと、両頬を叩いて気持ちを切り替えた。
『ごめん、もう寝てたかな?』
「え?」
シズナはテオの行動を眠気覚ましだと勘違いをした。気まずいままのテオは、強引に話題を切り替えた。
「そ、それでお師さん、何か用事があったのでは?」
『ああ、うん。ちょっと今後の旅の予定について話しておこうと思って』
旅の予定。そう聞かされてテオの頭は完全に切り替わった。シズナの旅の補佐をするのが弟子たる自分の務めである。そこに浮ついた感情は必要なかった。
「ルーギス周辺のトラブルを調べる?」
『うん。何が起こってるのかを探る』
どうしてと続ける前に、テオは考え、思いついたことを口にした。
「もしかして、宿屋の主人が言っていたことが気になる、と?」
テオの言葉にシズナは頷いた。そして目つきを、鋭く真剣なものに変える。
『私の旅の目的はもう教えたよね?』
「はい。人助け、ですよね」
『もっと正確に言うなら、魔法が役に立つか、魔法によって不利益を被っている人たちの力になること。テオくんはがっかりするかもしれないけど、私にすべての人は救えない』
シズナ一人に対して、世界はあまりにも広い。シズナがドラン村のことを聞きつけ、自分の力が役立つと判断し、道中でテオを見つけて助けていなければ、今の二人はいない。
そんな都合のいい偶然が続く訳がなく、今この時でさえ、シズナの力が本当に必要な人や場所、状況が新たに生まれ続けている。しかし、そのすべてに対処することはできないと、シズナは現実的な判断をすでにしていた。
『これは要するに、私は助ける人を選んでいるということになる。利己的で、人から見れば偽善に思えて当然のこと。本来なら、誰にもそんな権利はないのだから』
誰を助けて誰を助けないのか、それを選んでいる時点で利己的である。シズナはそのことをテオに説いた。それは知っておかなければならない現実であったからだ。
聞かされるテオの心中は複雑だった。それはとても難しい問題だった。テオにしてみると、貧しさや虐げられる人々を優先的に助けてあげるべきだと考えている。だが、貧しくなくとも虐げられていなくとも、人は助けを求めないという訳ではない。
複雑な顔をするテオに、シズナは『だけど』と話を続けた。
『私は偽善でも必要だと思ったらやる。問題解決が困難で、そこに魔法が絡んでいたとしたらやる。魔法や魔法使いのせいで困っている人を助ける。それは絶対に譲れない私の指針。納得してもらえる?』
「…はい。お師さん」
少しの逡巡はあったが、テオは迷いを捨て力強く頷いた。シズナにはシズナのやるべきことがあって、そこにテオの考えを割り込ませるのは、あまりにも過干渉と言わざるをえないと思ったからだった。
ただそれだけではない。テオがシズナの意見に同調した理由は、もう一つあった。言葉を続けてそれを話した。
「俺はまだ全然頼りないし役立たずだけど、お師さんと一緒にいます。お師さんは今まで一人で旅しながら、それを続けてきたんでしょう?でも一人より二人です。きっと今まで以上にお師さんが諦めなくて済むように、いつか俺がそうしてみせますよ」
選ばざるを得ないのであれば、沢山選べるようにしてあげればいい。今のままのテオではそれは不可能なことだったが、シズナから魔法を学び、旅の手伝いをすることでいつかそうすることができると考えた。
それを聞いたシズナは、柔和な笑顔でテオを見つめた。一人ではないことの頼もしさを、更に実感したからだ。自分には縁遠い存在だと思っていた弟子というものも、シズナの心を強く支えてくれている気がした。
『ありがとうテオくん。頼もしいよ』
「いいえお師さん。どんどん俺を使ってください」
魔法を学ぶという目的はあれど、テオはシズナの旅の目的に感銘も受けていた。それを手伝うのは当たり前のことだった。
二人の意思統一をしたところで、テオはシズナに聞いた。
「しかしお師さん。調べるということは、今ここで起こっている問題は魔法絡みということですよね?」
その疑問にシズナは頷いた。どうしてそのことが分かったのかとテオが聞くと、シズナは丁度いい機会だと、魔法の授業を始めた。
『テオくん。魔法に必要なものはマナってことを教えたよね。じゃあ魔法使いにとって重要なことってなんだと思う?素質とも言えるかもしれないね』
「魔法使いにとって?うーん…マナを上手く扱う能力とか?」
『ううん。それは魔法が使えれば、ある程度なら誰でもできることだよ。実力差は当然あるけど、マナを扱うための魔法は、殆ど規格化されていると言っていいんだ』
「規格化?」
もっと分かりやすい例えはないかと、シズナは部屋の中を見回した。そして、テオが持つ戦斧が目に入った。
『例えばテオくん。切れ味が一緒の斧を使って、私とテオくんが薪割り勝負をした場合、どちらが早く多く質のいい薪を作ることができると思う?』
「それは流石に俺です。お師さんにだって負けません」
『うん、その通りだと私も思うよ。だけど、素人の私でも同じ道具を使えば、テオくんと比べて質や量は敵わないけど、薪を作ることはできるよね?』
そこでテオはシズナが伝えたいことを考えた。確かに同じ条件の斧があれば、質や量に差は出ても、木を切って薪を作ること自体は可能である。斧を使えば得られる結果は自体は同じ。これはそう言い換えることが出来た。
「そうか。斧は魔法で、それを使うのが魔法使い。木はマナで、そのままだと使いにくいから、薪にするために斧を使う。でも斧の形や重さがバラバラだと人によって使いやすいにくいが変わる。斧、つまり魔法は、規格化されていた方が効率がいいし、誰もが同じ結果を得られる。そういうことですか?」
『うん、ちゃんと自分で考えられているね。なら質に差が出る理由も分かるよね?』
「はい。道具の条件が同じでも、使えば使うほど効率のいいやり方を覚えていくし、道具が体に馴染んでくる。当然、熟練者の方がよりよい薪を、結果を出せます」
『そういうこと。マナを上手く扱えるようになるのは過程で得られるもので、素質じゃない。最初から万事上手く出来る人はいないからね』
ならばとテオはもう一度考えた。扱い方が過程で覚えられるのなら、その前提を考えなければならない。斧は魔法で、木こりは魔法使い。道具も使用者も用意されていて、後は足りないものは何かと首を捻った。
そして思いつく。薪にするための木が必要であると。普通の木ならば見て判別がつくが、それをマナに置き換えて考えると、薪にするための木を見つける能力が必須である。マナは肉眼で捉えることができないからだ。
「…もしかして、お師さんや他の魔法使いの人たちは、マナを見ることができるんですか?」
テオのたどり着いた答えに、シズナは拍手をして賛辞を送った。学がないとテオは言うが、考える力はしっかり身についていると、シズナはテオに、更に可能性を感じていた。
『魔法使いで捉え方はそれぞれだけど、そもそもマナを感じ取ることができないと、それを活用することもできないよね。私たちは様々な方法で、世界に満ちるマナと接している。生まれつきマナを感じることができる人もいるんだよ』
なるほどとテオは頷いた。しかし同時に不安を覚える。
「お師さん。それが素質というなら、俺にはその素質がないということですか?これまでマナを見たり感じたことなんてこと、俺には一度もありません…」
顔を伏せて落ち込むテオに、シズナは肩を叩いて顔を上げさせた。
『それは違うよ。この素質は普通、眠っていることが正しいの。それに実は素質を持たない人はいないんだよ。君にも感じることができるようになる』
シズナの力強い言葉に安心したが、そのせいかテオは気が抜けて、ふわっとあくびを漏らした。もう夜は更けていた。
「す、すみませんお師さん」
『ううん、少し熱が入りすぎたね。もう寝よう。続きはまた、ね』
テオはシズナが立ち去った後、すぐにベッドの中で眠りについた。沢山考えて頭を使ったからなのか、それともシズナと一緒に過ごしたことに安心感を覚えたからなのか、深く眠るテオには定かではなかった。




