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言無しの魔女  作者: ま行


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11/115

役割分担

 ぐっすりとよく眠ることができたテオは、すっかり疲労から解放されていた。ぐぐっと体を伸ばして軽くストレッチをすると、徐々に体に熱が戻ってきた。朝はまだ早いが、早起きが習慣づいたテオにとっては、起きていて当たり前の時間だった。


 顔を洗っていると、窓の外から聞き慣れた音が聞こえてきた。テオは思わず庭に出ると、そこでは宿屋の主人が薪を割っていた。


「おや、早いお目覚めだねお客さん。お連れさんはどうしたんだい?」


 主人は首にかけた手ぬぐいで汗を拭いながらテオに聞いた。しかしテオの方は、それよりも別のことに気を取られて仕方がなかった。


「あ、あのっ!!」


 勢いよくテオが宿屋の主人に詰め寄った。その迫力に気圧された主人は、前日の揉め事を思い出して、思わず斧を持つ手に力が入った。


 だが、主人の想定外のことをテオは言い出した。


「俺に薪を割らせてください!!」

「はあ?」


 目を爛々と輝かせながらテオはそう言った。主人は大いに当惑したが、引き下がろうとしないテオに持っていた斧を手渡した。




 斧を振る音と薪が割れる音が軽快に鳴った。主人は薪割りを変わってくれと、わざわざ頼み込まれたことにまだ当惑していたが、手際よく仕事が終わっていく様を見て気を良くした。


「お客さん、やけに手際がいいな」

「実はずっと木こりをしてたんですよ。木を切って、薪を売ってたんです。この仕事も毎日のことだったから、懐かしくてつい」


 テオが木こりだったことを聞き、主人は別の意味で更に当惑した。


「木こりだって?それが何でまた旅人に?」

「夢があるんです。だから…」


 ハッとしたテオは口と手を止めた。急なことで主人は首を傾げた。テオは自分がうっかり口を滑らせそうになったことに焦っていた。


 旅立ちの際、シズナはテオに決め事などを口うるさく言うことはなかった。しかし、これだけは必ず守るようにと言われたことがあった。


『私が言無しの魔女であることは誰にも言ってはいけません』


 加えて、できる限り魔女であることも秘めるようにと言いつけられていた。他人から魔女と察せられるまでは言及せず、言無しの魔女のことは秘密厳守であった。


 要するにテオの口からシズナが魔女であるとバラしてはいけないことになっていた。テオがシズナに師事していることは、すでに「お師さん」と口にした時点で相手には分かっていた。これ以上、夢に言及すると何の師匠かと言及されかねないと焦った。


「夢が何だって?」

「あ、えっと、世界を見て回ることが夢だったんです。村での暮らしも大好きだけど、知らないことがまだまだ沢山あると思うと、何だかワクワクしてきませんか?」


 本当のことは言っていないが、嘘も言っていない。咄嗟に出た言葉にしては良い言い訳だとテオは思った。そんな言葉を聞いた主人は、ふっと表情を緩めた。


「若いねえ、いや青いのか。どちらにせよ、安定を選ばない挑戦ってのはそういうやつの特権だ。ま、その後は後悔することになりそうだがな」

「後悔ですか?どうして?」

「広い世界に夢見ても、結局は手の届く範囲の世界でしか見られないってことの方が多い。それとな、どれだけ広い視野で物を見ることが出来ても、他人がそうとは限らないのさ。もひとつ当たり前のことだが、自分以外は全員他人だ。数の上だと、どうあがいても敵わないもんさ」

「敵わないって、別に俺は戦いたい訳じゃあ…」


 テオが言い終わる前に、宿屋の主人は立ち上がった。そして軽くテオの肩を叩いた。


「戦いたくなくても、それを強要されるなんてことは珍しくないさ。お客さんだってのに、薪割り殆どやってもらって悪かったな、ありがとうよ」


 主人が何を言いたかったのか、その意味するところをテオは分からなかった。しかし、言葉少なでありそうな主人が長々と話を語った時、遠くを見つめ寂しそうな顔をしていることはどこか気になった。




 起きてきたシズナと合流し、テオたちは適当な店で朝食を済ませた。昨夜の続きを聞きたいと逸るテオだったが、先にやらなければいけないことがあると、シズナにたしなめられた。


 そして二人が向かった先は、立派な門構えの大きな建物だった。そこは各国、各街に存在している傭兵ギルド「剛毅なる盾」の支部拠点である。魔物討伐の依頼や、旅人や行商の護衛、戦争への参加など、傭兵の仕事は多岐にわたる。


 内環諸国から離れていたり、支配下にあっても援助がない街や村、その他自治体ではそれぞれの力で防衛を行う必要があった。大抵の魔法使いや魔女は国の抱えである。問題の解決を要請することは困難だ。


 剛毅なる盾の傭兵たちは魔法を使えない。しかし傭兵は鍛え上げた肉体と、武器を扱う腕前、多くの戦場で培った戦闘技術をもつプロフェッショナルだった。戦いを生業とする傭兵は、人々の依頼が集まる拠点で仕事を受け、それを遂行することで報酬をもらっていた。


 ギルド名の通り、戦えない多くの一般人にとっては頼もしい盾であった。そしてギルド拠点には依頼というかたちで広く情報が集まってくる。各地を渡り歩く傭兵たちも情報の宝庫であった。


 建物に入る前に、シズナはフードを目深に被りテオに手話で伝えた。


『宿屋のご主人は、近頃は傭兵ばかり泊まりにくるって言ってたよね。恐らく報酬額が大きい危険な仕事があるんだと思う。その場所がどこなのか、ここなら何か分かるはず』

「分かりました。なら俺の出番ですね」

『情けないことだけど、テオくんが頼りです。この場所は魔女との相性がとても悪いから…』


 盾といえば聞こえがいいが、傭兵の仕事内容は、魔法使いたちの尻拭いをしているという側面もあった。当然、良い印象は持っていなかった。


「任せてください。別の街の話ですが、村長の頼みで何度かギルドに依頼をしにいったことがあります。俺が情報を聞き出してみせますよ」


 テオは自信ありというように胸を張ってトンと拳で叩いた。




 扉が開かれると、中に居た傭兵たちの目が一斉にテオたちに向いた。ギラリと鋭い眼光が睨みをきかせる。戦うことを生業にしているだけあって、迫力は並のものではなかった。シズナは思わず、テオの服の裾をギュッと掴んで背後に隠れた。


 しかし怯えるシズナとは違い、テオはまったく平気な様子で歩みを進めた。そして酒瓶が並ぶ卓を囲んでいる傭兵の一団の元へ行くと、ニッと笑みを浮かべた。


「こんにちは!お疲れ様です。お酒を飲まれてるということは仕事終わりですか?」


 あまりにも気さくに話しかけるので、シズナは驚き慌てふためいた。握った服の裾をぐいぐいと引っ張るが、テオは構わず話を続けた。


「何だ?坊主。仕事の話ならあっちの受付だぞ」

「いえ、ちょっと皆さんに聞きたいことがあって」

「聞きたいことだあ?」


 傭兵たちの声は一々どすが効いていた。これは特段意図してやっていることではなく、単に戦闘では気勢が重要であるがゆえの癖のようなものだった。だが、シズナが怯えるのに十分な迫力があった。


「街の人に聞いたんですけど、この辺りで何かトラブルがあったそうですね。でもここに来るまでの道中で、そんな様子は一切見なかったんだけどなあ…」

「ここに来るまでだあ?何だお前ら、ここらのモンじゃねえのか?」

「ええ、旅のものです」

「そっちの嬢ちゃんもか?」

「はい。俺たち、ある目的があって旅をしているのですが、護衛を雇えるような金もないので、こそこそと移動してるんです。多少は身を守る自信はありますけど、トラブルがあるならできるだけ避けて通りたくて」


 上手いこと言うなと、シズナはテオに感心していた。護衛は必要なく、身を守る術は十分にある。しかしそんなことは傭兵たちには知り得ないことだった。


「まあ確かに、坊主の方はそこそこ出来そうな体をしてるな。しかし護衛も雇わず旅を続けるのは危険だぞ」

「分かってます。でも実は彼女、病気で耳を患って聞こえなくなってしまったんです。その治療費のためにも節約できるところは節約したくて」


 そうですよねと、テオは手話でシズナに語りかけた。話を合わせるためにこくこくとシズナが頷くと、傭兵が申し訳無さそうに言った。


「そいつは手話か。そうか…悪いことを聞いちまったな…」

「こちらこそ、気を使わせてしまってごめんなさい。それで、避けたほうがいい場所ってどこですか?経験豊富な皆さんの知恵をお貸しください」


 それからテオは、問題が起こっている場所のこと、トラブルの内容、情勢悪化の理由などを、傭兵から見事に聞き出した。コミュニケーション能力の高さもだが、物怖じしない胆力もすごいと、シズナはすっかり感心しきっていた。

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