観ずる
テオの手腕で傭兵たちから話を聞き出せたシズナたちは、一度宿屋に戻って情報を整理していた。
「トラブルになっている中心地は、ここからそう遠くない場所にあるブロウイムという街です。規模はルーギスと同等か少し小さいくらい。でも話を聞くに、ここは周辺地域の命綱を握っているとも言える重要な場所です」
『うん。まさか一帯の水源を管理している街だとは思わなかったね。しかし、そうだと分かると腑に落ちない点がある』
シズナの意見にテオは頷いた。水の重要さは、どちらかというと村育ちのテオの方が詳しい。
「あまりにも騒ぎが小さすぎます。もし水源に何か起こっているのなら、騒ぎがこんなもので済むはずがない」
安全に飲める水がなければ人は生きていけず、家畜や作物を育てることもできない。それは最悪の場合、死を意味するものにもなる。
問題が発生していること自体は広まっている。しかし肝心の《《何が起こっている》》かが曖昧にぼかされていた。本当に水源管理の街に問題が発生しているのなら、民衆の危機感が圧倒的に足りなかった。
『この街ではまだ水の被害は発生してない。していたら、もっと大騒ぎになっていないとおかしいよね』
「お師さん。生意気なことを言いますが、それでは足りません。殺し合いです。殺し合いになっていないとおかしいんです」
テオの真剣な言葉に、シズナも深く頷いた。反論はなかった。
『となると、情報が中途半端に統制されていると考えられるね。恐らくは止めきれないほどの何かがある。領主にとっては不都合なはずなのに』
「傭兵たちの話だと、トラブルの内容についてはバラバラでしたね」
曰く、水源に魔物が発生した区画がある。曰く、犯罪者が要求を飲ませるために立てこもっている。曰く、不利益を被っていた人々の反乱である。
傭兵への依頼が増えているということは、武力行使が必要な状況が続いているということだった。しかし、不自然なことにブロウイムに関する依頼だけがなかった。
「噂は入ってきているのに、ブロウイムへ直接入って何かを見た人はいなかった。何か変ですね?」
『人の口に戸は立てられないけれど、街の戸を閉ざすことはできたのかも。かなり強引な手段だけど、情報が中途半端に拡散されていることがそれを裏付けてると思う』
「でも完全に閉鎖することはできませんよね?人も物も移動するものです」
『そこで気になる証言が、魔物の発生、犯罪者、人々の反乱。それらがもし街一つをまるごと制圧していたら、それはもう戦争。でもそうじゃない。ということは限定された場所か、地域?』
「…どうあれ、行って見てみなければ分からないようですね」
テオの言葉にシズナは頷いた。それが可能かどうかは分かっていない。ただ、まだ被害がそこで留まっているのならば、その場にいかなければ何も分からない。
『だけど、ブロウイムに向かう前に授業の続きだね』
そう言うとシズナは、水が入ったコップをテオの前に差し出した。
授業の続きと言われてテオは顔をほころばせたが、コップと水を前に困惑した。
「お師さん。確か続きって、マナを感じる素質の話でしたよね?」
『うん』
「これを飲めば俺もお師さんと同じようになれるんですか?」
『ううん』
「じゃあこれって?」
『ちょっとおかしいと思うかもしれないけど、マナを本当の意味で感じ取れるようになるには、魔法を使ってみるのが一番早いの』
テオは首を傾げた。魔法使いになるためには、マナを感じ取れるようになる必要がある。しかし魔法はマナを感じ取れなければ使えない。ならばマナを感じ取れないテオに魔法を使うことは不可能だ。前提がおかしい。
そこでテオは思い至った。もしかしてと発してから続きを口にした。
「魔法使いになるための魔法みたいなものがあるんですか?」
魔法についての知識がないはずのテオが、芯を食った発言をしたことにシズナは驚いた。それはまさしくその通りであり、現在の魔法界が抱えている問題の一つでもあった。
『…端的に言うならそうだね。これは個人が持つ魔法の扉を開くための鍵。これがなければ、独学で魔法を習得することは不可能に近い』
魔法学校に入学しなければ魔法使いになれる道がないのは、素質を開花させるための鍵を魔法学校側でがっちりと握って管理していることにあった。
魔法学校は入学の条件も厳しく。内環諸国に元から住んでいる人でなければ、入学は困難を極める。更に魔法使いとして確固たる地位を約束されているのは、四大魔法学校を卒業したものか今も属するものだけである。
その他の学校で学ぶためにも多額の入学料、授業料を払わなければならず。例え卒業できても、地方の閑職へ飛ばされる。それでも魔法使いというだけで給金も待遇も破格なものだが、本流から重用されない未来が確定することでもあった。
正しい知識を得ず魔法を行使することは確かに危険な行為だった。秘匿することで危険な魔法使いを増やさないようにすることや、独自の技術を保護する観点では役立つこともあった。だが鍵の独占によって、魔法界の革新が遅々として進まないのは事実だった。
停滞する魔法界の環境から、突出した才能を持つ魔法使いが生まれるのは困難かつ稀なことで、門戸の狭い魔法界では風通しも悪かった。だがどれだけ停滞していようとも、マナを操作する力を有するだけで屈指の国力を持つことに変わりはなかった。
八賢者に名を連ねるシズナではあるが、自身は魔法学校と繋がりを持っておらず、その支配体制に口出しする立場にない。ゆえに問題を認識していても、地方の魔法使いの不正や腐敗を根本的に是正することができなかった。
『魔法使いを夢見るテオくんにはあまり聞かせたくない現実だけど、今の魔法界はこういう状況でとても排他的なの。だから酷なことだけど、君がもし別のきっかけで村を出たとしても、魔法使いになれた可能性はとても低いんだ』
シズナは魔法界の負の側面も隠さずテオに教えた。それを理解することも世界を知る大切なことだと思ったからだった。夢と希望を原動力とするテオにとっては、その足を止めかねない薄汚い事実だったが、それでもシズナは隠さなかった。
だがテオは、沈むシズナとは裏腹に、にこりと微笑んで言った。
「じゃあ俺はお師さんに出会えて幸運だったんですね。だって、お師さんの元でこうして魔法を学べるんだから」
どこまでも前向きでいるテオの姿勢は、苛烈な現実を知るシズナにとっては貴重で心強いものだった。頬を緩めたシズナは、暗い現実ではなく、今のテオを見つめて仕切り直した。
『今からやるのはテオくんの適性を見るものだよ。水はマナを豊富に含んでいて、初心者であってもきっかけさえあればマナの操作がやりやすいんだ。コップの上に手をかざしてみて』
指示通り、テオはコップの上に手をかざした。シズナが説明を続ける。
『これから私はテオくんの後ろに回るよ、少ししたら背中を叩くから、それから手のひらに意識を集中してね。何をしようとか何を起こそうとか、そういうことは考えなくていいよ。ただ集中する。それだけでいいからね』
「分かりました。でも、一体今から何が起こるんですか?」
『それは起きてからのお楽しみだよ。さ、始めよっか』
テオの背後にシズナが立った。手話を見ることができないので意思疎通はできず、背を叩かれる時が来るのドキドキとしながら待った。一瞬、背後から温かな空気が感じ取れた後、テオの背がトンと叩かれた。
その瞬間、テオは言われるがまま手のひらに全身の意識を集中させた。何が起こるのかという期待感と、何も起こらなかったらという不安感に、胸の高鳴りはピークに達した。
そして変化は起こった。コップの水に波紋が広がった。机が揺れたわけでも、コップの中に何かが落ちたわけでもない。しかし、まるで雫が落ちた時のような小さな波紋が広がった。
更にテオが驚いたのは、水の色が変化したことだった。広がる波紋がコップの縁に到達した瞬間、水が底の方まで赤色に変化した。色の変化はすぐに収まり、元の水の色に戻る。だが確かにテオの目の前で水の色が変わった。
対面に戻ってきたシズナは、テオに『どうだった?』と手話で聞いた。
「何だかよく分かりません。ただ不思議な感覚でした。あれはお師さんではなく、俺がやったんですか?」
『そうだよ。私は君が魔法を使えるよう、きっかけを与えただけ。一度目を閉じてみて、もう一度開けてみて。きっと世界の変化に気がつくはずだから』
言われた通り、テオは目を閉じて開いた。しかしシズナの言っているような変化は感じられなかった。そこで今変化が起こったコップの水に目を向けた。それでようやく変化を感じ取ることができた。
水の中に、光の反射ではない何かキラキラと光るものが見えた。まだ弱々しい光だったが、その見えている光こそがマナであるとテオには何故か直感できた。
「お師さん!もしかしてこのキラキラしたものが、お師さんたちが見ているマナですか?」
『正解に近いけど、ちょっと違う。マナの感じ方は魔法使いによってそれぞれ。だからテオくんの見ているものはテオくんだけのもの。これが魔法使いの必須能力の一つ、魔観と呼ばれるものだよ』
マナをキラキラしたものとして捉えることができるのは、テオらしい才能だとシズナは思った。そしてこれが、テオにとって魔法使いとしての第一歩目であった。まだまだ小さな実感だが、その喜びを噛み締めるテオの姿を、シズナは優しいまなざしで見守った。




