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言無しの魔女  作者: ま行


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汚染の事実

 シズナとテオの二人はブロウイムの街に向かっていた。そこで起こっている問題を解決するためだ。


 その旅の道中、テオはあらゆるものを新鮮な目で見ていた。シズナの授業で、マナを感じ取る力「魔観」を身に着けたテオは、ふとしたものに宿るキラキラと光るマナを見つけては、嬉しさのあまり飛びついていた。


 楽しむテオであったが、授業はまだ終わっていなかった。歩きながらテオはシズナに聞いた。


「それにしてもお師さん。コップの中の水の色が変化したのは何だったんですか?俺の適性を見るって言ってましたけど」

『テオ君が使った魔法は、自分の持つマナに対する素質を色に変えて見る魔法なんだよ。色は魔法の八属性を表しているんだ。テオくんは水が赤色に変化したから、火属性の魔法に適性があるみたいだね』


 八賢者にもなぞらえられる魔法の八属性、火、水、地、風、光、闇、無、空間。それぞれ変化する色は、赤、青、黄、緑、白、黒、無色、玉虫色と分けられていた。


 変化した色の種類によって、その人間が得意とするか、一番成長する見込みのある魔法の属性が分かるようになっていた。通常、魔法学校の入学の時に生徒はこの魔法を使うことで、魔観の発現を促され属性の適性を判定されることになる。


『火属性は文字通り、火や熱を操る魔法を使うことに長けてるよ。でもそれだけじゃなくて、魔法の威力を高めて効果や速度、破壊力を増加させること。それに身体能力の向上なんかも火属性の得意分野だね』

「な、何だか凄そうですねっ!」

『だけど勿論弱点もあるよ。火属性の魔法は強力な分、魔力消費量が激しい。だから術者は気をつけないと、マナ切れを起こしやすいんだ。マナ切れは魔法使いにとって一番最悪な状況。そうならないためにも、術者は自分の限界をきちんと見極められるようにならないといけないよ』

「は、はい…」


 テオが少し上がり調子になったところで、シズナはしっかりと冷水も浴びせて長所と短所を理解させた。自らが得意なことを知るとやる気も出るが、それを伸ばそうと焦って暴走もしやすい。シズナの方針は引き締めるべきところはきっちりと、であった。


「でもお師さん!これで俺も魔法を使える下地は整ったってことですよね!次は魔法を実際に使えるんですか?」

『まさか。まだまだスタートも出来ないよ。これから暫くは魔観が体に馴染むまで魔法は使えないし、まだまだ魔法使いにとって必須なことを学ばないといけないから、使えるようになるのは先の話だね』

「えっ?そ、それって、どれくらい先の話ですか…?」

『…繁茂の節にはできたらいいね』


 萌芽の節が終わり繁茂の節が訪れる。つまり大体三月ほど、一つの季節が終わるまでテオの初魔法はお預けだった。テオはその事実に、今まで見せたほどがないくらいにがっくりと肩を落としていた。


 それでも授業の続きをとテオはせがもうとしたが、丁度ブロウイムの街が見えてきてしまった。シズナは歩みを止めてテオを手で制する。二人の予想では、この街には入ることすら困難な可能性があった。




 事前の予想通り、ブロウイムの街の門は厳重に閉ざされていた。守りを固める兵も過剰にいたが、それ以上に気になることがあった。それは今のテオにも気がつけた。


「お師さん」

『ええ。門に魔法がかけられている』


 シズナほどはっきりとしたものではないが、テオにも門にマナの痕跡を見ることができた。やはり簡単には入り込めそうにないとテオは思った。


 物陰に隠れる二人はそのまま相談を始める。


「お師さんには、あれが何の魔法か分かるんですか?」

『ええ。あれは障壁、監視、警報、その効果が複合された魔法だね。許可された人しか出入りを許さず。誰が、いつ、どうして出たかの情報も収集しているみたい』

「それってどうにかできるものなんですか?」

『出来るけど、別の方法で入ろっか』


 シズナはそこで言葉を切ると、素早く手を動かして手印を結んだ。テオは少しだけ全身が暖かくなるのを感じたが、それだけだった。


「お師さん、今のは一体?」

『ちょっとした魔法の上書きってところかな。さ、行こうか』


 先程まではコソコソとしていたシズナだったが、魔法をかけた途端、堂々と大手を振って歩き始めた。後をついていくしかないテオは、逆に怯えながら一緒に門に向かった。


 そこでテオは思いも寄らない光景を目にすることになった。なんと門に立つ兵は何も聞かずに二人を通した。それはまるで最初から話が通っていたかのように自然な行動だった。勿論、シズナはそんな根回しなどしていない。門を無事に通り過ぎてから、テオは慌ててシズナに問うた。


「お師さん!お師さん!なんですか今の!?」

『さっき教えた通り、門にかけられた魔法は許可された人だけを通すものだったよね。だから私たちをその許可された人だって誤認させるように、認識阻害の魔法で上書きしたんだ。門の魔法そのものを弄るとちょっと面倒だけど、これなら簡単だし、すっと入れるからね』


 テオにはまだ分からないことだったが、シズナの行ったことは何も簡単なことではなかった。むしろ門の魔法を打ち破った方が遥かに簡単に街へ入れた。


 シズナの行ったことは、かけられた魔法を一瞥で判断し、解析し、それ以上の効力を発揮する魔法を即興で組み上げた。ついでと言わんばかりに、自らの身分や情報を隠匿する効果まで付け足して「言無しの魔女」であることも隠し通した。


 並の魔法使いでは、まず門にかけられた魔法の特定に一週間以上の時間を要する。それだけ厳重な守りを目的とした魔法だった。そこから解析するまで一月以上。もしシズナと同じように、別の魔法で上書きしようとすれば、ともすると一生かかっても実現しえない可能性があるものだった。


 非常に高度で難解な技術を用いられた魔法。しかしまだまだ魔法を知らないテオにはそれが分からない。計り知れない実力の持ち主であるシズナを、尊敬こそしても恐れることがないのは、テオの人柄と無知識ゆえのフェアな目線によるものだった。




 まだまだ目覚めたばかりのテオの魔観では、ブロウイムの街に入る前に、その違和感に気がつくことはできなかった。しかし、街に足を踏み入れて少し経つと、テオは突然視界が眩んで吐き気を催した。


 うずくまるテオを咄嗟にシズナが支える。丸めた背中をシズナが優しくさすると、次第にテオの吐き気は収まってきた。徐々に視界も元通りになる。


「お師さん。この街、何か変です。ここで感じるのはキラキラじゃない。強烈なドロドロです」

『うん、分かってる。こっちだね、テオくん付いて来られる?』


 体調を気遣うシズナにテオは大丈夫だと言った。本当は、まだまだ体に馴染まない魔観の作用が体力と体調をガリガリと削り取っていたのだが、テオは持ち前のタフネスと根性でそれを抑え込んだ。


 シズナが迷いなく足を進めた先は、大きな貯水湖に隣接した水を管理する施設だった。その内の一つの建物は、街の門とは比べ物にならないほど厳重な封鎖が行われていた。


 もはや魔観を使うまでもなく、そこで何かが起こっていることは明らかだった。シズナはテオに向き直ってから手話で話した。


『あそこから厄介なマナの乱れを感じる。まず間違いなく、あの施設にスライムと呼ばれる魔物が発生したようだね』

「スライムですか?聞いたことのない魔物です」

『山や森、自然の水源には滅多に発生しないからね。お陰で大体事情が読めてきたよ。領主がどうして封じ込める方向に舵を切ったのかという理由もね』


 スライムとは、日々の生活で必ず発生する不浄から生まれる魔物であった。寄り集まった汚れがマナの影響で一塊になることで、スライムという魔物は生まれる。


 人間が管理する水源、地下水道、廃棄物処理場などが主な発生源の魔物で、一度出現してしまうと周囲の環境を汚染し続ける厄介なものだった。


 自然界であまり発生しないのは、営みのサイクルにある程度自浄作用が組み込まれているからである。動物の死骸は他の動物の餌になり、肥やしなどと一緒に土地の栄養に変わる。そして貴重な水場は生命活動の危機に直結するため本能的に守ろうとする。決してそのサイクルに無駄がない訳ではないが、不浄であっても他の何かに役立つという点がスライム発生を抑止していた。


 しかし人工的に作られたものや管理されたものはそうはいかない。施設の保守点検と清掃が欠かせず、廃水はマナが淀んでスライムを発生させないように、魔法使いによるマナの調整と管理が必須であった。


 これは確かに手間がかかることだ。しかし、多くの人々に安全な水をいつでも使えるようにするためには必要な整備であり、魔法使いがマナの調整と管理を怠らなければ、そもそもスライムを発生させずに済むのである。


 つまりブロウイムの魔法使いは、何らかの理由でその管理と調整を怠った。だからスライムが発生してしまった。怠慢と失態、それを挽回するにはある問題があった。


『スライムは、いわゆる攻撃魔法に耐性を持っていて、効き目が薄いの。そして周囲のマナも汚染されるから、魔法の効力が低下する。その性質から、魔法使い殺しとも呼ばれるほど厄介な魔物なんだ』

「魔法使い殺し…」


 テオは唾をごくりと飲み込んだ。スライムという魔物の脅威が如何ほどか、まだ実感も理解もできていない。ただ、魔法使いでさえ手こずるという事実が、どれだけスライムが危険なものなのかを物語っていた。

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