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言無しの魔女  作者: ま行


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ブロウイムの不祥事

 水源の管理を行うブロウイムの街。その管理施設の一つにスライムが発生した。本来ならば魔法使いがマナの調整と管理を徹底していれば確実に防げた事態であり、この問題は、魔法使いの怠慢が招いたものだった。


 しかし、どうしてそうなるに至ったのか。その理由を街に訪れたばかりのシズナとテオは知らない。施設の警備が厳重なこともあり、二人は一度、街中に引き返した。


 封鎖された街の住人から話を聞き出すのは容易ではないだろう。シズナはそう考えた。あまり使いたくない手ではあったが、最悪の場合、魔法を使って強制的に話してもらうつもりだった。


 だがそれにテオが待ったをかけた。そして「俺に任せてください」と胸を叩いた。テオが駆け寄ったのは、街に住んでいる婦人たちの集まりだった。


「こんにちは!ちょっといいですか?」

「こんにちは。あら?見かけない子ね」

「ええ、実は父の行商の旅について回っているんです。荷物運びとか力仕事は、人手がいくらあっても足りませんから」

「行商?ならこの街に入るのには苦労したんじゃない?」

「以前に訪れたことがあって、その時のコネを使って父が何とかしました。でもおっしゃる通り、何だか前に来た時とは違って審査が厳重で厳重で…。俺もあまりうろちょろするなって言われてるんですけど、何があったのか気になってしまってつい、えへへ」


 テオは当然、シズナと村の外に出るまで旅などしたことはない。旅の行商というのも、街の市場で見たことがある程度だった。色々な土地を旅して商売をしていると聞いたことはあっても、詳しいことまでは分からない。


 だが幸いなことに、テオはブロウイムを訪れる前、ルーギスの傭兵ギルドで傭兵たちから色々と話を聞いていた。その時の内容を織り交ぜて話すだけで大した情報はなくとも、行商の旅について回っている子どもという印象を簡単に植え付けることができた。


 テオがそうした印象付けを行ったことには理由がある。行商の子となれば、ここだけの話が本当にここだけで完結するからだ。すでにある程度の情報は外部に漏れ出ており、完璧な情報統制はできていない。そのことは領主も織り込み済みだとテオは睨んでいた。


 そして例え重要な事実を外部に漏らしたとしても、領主がそれを罰することはできない。テオは行商の子などではない。シズナの認識阻害の魔法によってこの街に潜り込んだよそ者である。そもそも追う相手がいないのだ。


「ここだけの話、どうしてこんなに厳重な警備態勢が取られてるんですか?」


 当然、この質問を住人が答えることには危険が伴う。だが、住人は勝手な都合で閉じ込められている側である。不満が溜まっていない訳がなかった。最初はぽつぽつと、しかし次第にぼろぼろと婦人たちは内情を話し始めた。


「実は街の施設にね、魔物のスライムが出たって話なのよ。本当に呆れた話よね。今までそんなこと一度もなかったのに」

「まったくよ。こっちはいい迷惑だわ。討伐するまでは厳戒態勢だとか大層なこと言ってるけど、いつまで経っても終わりゃしない。とんだ体たらくよねえ」

「そもそもね。ここら一帯の領主ってカーン様って言うんだけど、この街の水源管理を担当させてた魔女のディアってやつと不倫してたんだって」

「そのせいでカーン様の奥方様はもう怒り心頭よ。それで魔女のディアと揉めに揉めて、その対応ですっかり水源の管理がおざなりになったって話よ」

「やだもう。こんなこと子どもに聞かせていい話じゃないわよね。でも本当に、馬鹿馬鹿しいったらないわ」


 婦人たちの「ねー」という同意の声が合わさった。ところどころ語気も強く、相当な不満が溜まっているのをテオは感じ取った。ついでにスライムが発生した経緯の馬鹿馬鹿しさにも呆れた。


 しかし重要な情報は聞けたと、テオは婦人たちに礼を述べてその場を立ち去った。そして情報をもってシズナと合流した。




『テオくんはすごいね』


 シズナの突然の賛辞に、テオは困惑して言った。


「突然どうしたんですか?」

『あんなにスラスラと会話ができてすごいなあって。しかも的確に情報を喋って貰えそうな人を選べるし。どうして?』

「えぇ…そんなこと考えたこともなかったな。ううん、そうですね。ああ、もしかしたら薪売りをしていたおかげかもしれません。お客さんにただ質のいい薪だって宣伝しても、簡単には買ってもらえませんから。よくあの手この手の売り文句を考えたものです。嘘をつくのは心苦しいですけど、まあこれも方便ってことで」


 テオは木こりをしていた時、大量の薪を背負って街に出ていた。市場で販売する際、燃料という絶対的な需要があるとはいえ、他の薪売りもいる中で自分の薪を売って儲けなければならなかった。


 薪の質の高さは、他の薪売りと比べるまでもなく高かった。しかし、それだけで売れるほど甘くはなかった。最初の内は大量に売れ残った薪を背負い、泣きながら村に帰ったこともあった。売るための工夫が必要だと、他の商人を見て自分なりに弁舌を研究をした。


「ご婦人は近所付き合いとかで横の繋がりが強いんです。物が良いと思ってくれると、ああした井戸端会議で他の人に情報を拡散してもらえるし、人も呼んできてくれる。街の情報通でこっちが思いがけないことを知っていたりして、その街の事情とかを聞くにはうってつけの人たちなんですよ」


 テオは生来の明るい性格も相まってコミュニケーション能力が高い。両親がろう者であったことも理由の一つだ。伝えることの難しさと大切さを、幼い頃から体で学んできた。


 一方シズナは、言葉を発せないというハンディキャップもあるが、元々人見知りで積極性がある性格ではなかった。手話が通じるテオに対しては実に生き生きとしているが、その他の人に消極的なことは否めなかった。


 仲良くなりたくない訳ではない。シズナはむしろ、人との繋がりを強く望んでいた。しかし言葉の壁や性格のせいで、それが上手くいかないことが多かった。


『羨ましい』


 そう手話で伝えようとしたが、シズナは直前で頭を振って止めた。話が脱線する前に、テオが集めてきてくれた情報の整理をしようと思ったからだ。


『テオくんのおかげで判明したけど、原因はやっぱり魔法使い、いや魔女の職務怠慢だったね』

「今までスライムが発生したことは一度もないって言ってました。ディアという魔女が水源管理を担当するようになったのは、最近のことなのかもしれませんね」


 シズナはテオの言葉に頷いた。そして続ける。


『討伐も進んでないと言っていたから、予想通り排除には難航しているみたいだね。施設の封鎖は、スライムをその場に留めておくためで間違いなさそう。その討伐に注力をしているから、他の魔物の討伐依頼が傭兵に多く回ってきてたんだね。だけど、スライムは一向に討伐できないでいる』

「なるほど。領主のカーンはその事実と不安を広げないためにも、施設だけではなくブロウイムの街ごと封鎖することにした。だから他の地域のことを傭兵に任せたってことですね」

『でも不安は着々と広がっていった。情報統制に失敗したのは、多分不義理が理由だろうね。住人たちはスキャンダルに巻き込まれるかたちになった訳だから、不満が爆発しないようにするのが精一杯だった』

「自分の不義理が原因ですからね。領主は文句に対して何も言えないでしょう。スライムが発生していなかったら無理やり押さえつけることもできたはずですが、民衆の文句をガス抜きとして利用するしかなかった。そんなところですかね?」


 話をまとめると、領主カーンと魔女ディアの騒動に、領民全員が巻き込まれているという非常に迷惑極まりない話となった。ちゃんと管理が行えていればスライムの発生は抑止できただけに、やりきれなさと怒りを覚えた。


『何にせよ、対応するなら早くしないと。スライムはそこに残り続けるだけで周囲を汚染し続ける。今は大丈夫かもしれないけど。貯水湖が汚染されたら、それこそ多くの人たちが死んでしまう。私たちで仕留めるよ』

「それについて異論はありませんが、魔法使い殺しと呼ばれるスライム相手に俺が出来ることってあるんですか?」

『実はあるんだよね。偶然だったけど、テオくんに火属性の適性があってよかった。危険は当然あるけど、やってくれる?』


 問われるまでもないと、テオは即座に頷いて同意した。一切の迷いもなく、シズナに全幅の信頼を寄せている。その覚悟の決まり方に、相変わらずシズナは驚かされるばかりであった。

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