スライムを討伐せよ
スライムの排除はブロウイムにとって喫緊の課題だった。シズナたちはすぐに行動を起こした。領主と不貞を働いた魔女の怠慢がスライムの発生を許し、水源である貯水湖が汚染されかねない危機を招いている。
これはシズナが介入するのに十分な理由になった。目的とも合致する。しかし、要請を受けていない魔女が勝手に手を出すことは大問題で、波風を立てずにはいられない。
だがそれで手をこまねいているわけにもいかなかった。なのでシズナが選んだ手段は、魔法を用いるとはいえ、魔女とは思えないような強引なものだった。
シズナは物陰に潜むまでもなく、警備にあたる人員から目視できないほど距離を取って離れると、狙いを定めてから素早く手印を結んだ。
すると次々と警備兵たちが、深い眠りに落ちて倒れ込んだ。異変を感じ取る暇も与えず、シズナの魔法は抜群の効き目であった。
そして倒れたことを合図に、予め近くで待機していたテオが駆け出した。厳重に施錠されている扉の鍵を、眠っている警備兵の懐から拝借して使う。その鍵を使えば、魔法で存在を誤魔化す必要はない。合理的ではあるが、強引な手段でもあった。
だが兵を眠らせるために、シズナは遠く離れた場所にいる。しかしテオはシズナの到着を待たずに扉を開けて中に入った。戦斧を握りしめる手に、じっとりと嫌な汗をかいていた。
施設の中は広く、そして薄暗かった。灯りが所々にしかなく、どこからともなく水音だけが聞こえてくる。不気味さが背筋をひやりと撫でた。
テオが進んでいくと、やがてぶよぶよとした大きな塊に遭遇する。体色は黄緑色のネオンカラーで、怪しげで毒々しい見た目をしていた。
戦斧を構えるテオの存在にスライムは気がついた。外敵への威嚇行動で半液状の体を鋭く尖らせ、それを全身から勢いよく伸ばした。敵対化の意思をまざまざと見せつけ、対峙するテオに威圧感を与える。
それと同時にスライムは棘の先端から有毒ガスを噴霧した。周辺のマナを汚染するだけではなく、人体にとっても有害なものである。シズナが用意した浄化の魔法がかけられた布で口と鼻を覆っていなければ、少量のガスを吸い込んだだけで、テオは立ってもいられなかっただろう。
薄暗さと毒ガスの影響で視界は悪い。しかし動ける。それが重要なことだった。テオはシズナに教えてもらったスライムの特徴を思い出しながら、一気に前に出た。
テオが突入する前、シズナはスライムの特徴を教えると同時に、自らの考えも伝えていた。
『スライムは半液状の体を持ち、それを自在に変化させることが出来る。主に使ってくる攻撃手段は触手だね。それを伸ばして攻撃してくるよ。単純な打撃としての威力はそれほど高くないけれど、スライムは全身が毒で出来ているようなものだから、かするだけでも相当なダメージを受けてしまう。でも攻撃に速さはないから、触手は避けたり、斬り払って無効化できるよ』
「分かりました。やってみます」
『それからスライムは発生してからずっと、体の成長を止めることが出来ないという性質がある。つまり、どうあっても大きくなり続けるってことだね。この性質は不可逆性で、スライムは小さくはなれない。その過程でマナを取り込んで強力な個体になるから厄介なんだけど、弱点もある』
説明されるほど、スライムに脅威しか感じないテオは首を傾げて言った。
「弱点、ですか?聞いている限り、それらしいことは思いつきませんけど…」
『いや。これは正直、致命的すぎる弱点だよ。あくまでも私の予想だけど、ブロウイムのスライムは、発生から時間がそこそこ経過してるよね。だから恐らく―』
続く手話を見て、テオは思わずなるほどと頷いた。お陰で勝利のイメージも湧いてきた。見てみるまで本当のことは分からないが、師であるシズナのことをテオは信じた。
スライムは触手を伸ばしてテオに襲いかかる。攻撃が当てられる間合いまで距離を詰める必要があるテオは、避けられる触手は避け、避けきれない触手は斬り飛ばした。手数は多かったが速度はない。それほど脅威にはならなかった。
そしてシズナが予想した通り、大きくなったスライムは《《その場から動くことが出来なくなっていた》》。有毒ガスの噴霧も、触手攻撃も、動けなくなったスライムが取れる唯一の抵抗手段だった。
動けぬスライム本体は無防備である。だから戦いにすらならないように、周囲の環境を汚染することで、そもそも近づけさせないという防衛手段を取っていた。自ら体を小さくすることができないスライムは、成長するとそこから逃げ出す手段がなくなる。
魔法に対して高い耐性を持つ体と、周囲のマナを汚染して魔法の発動そのものを制限するスライムは、確かに魔法使い殺しと言えた。
しかし、ろくな抵抗手段を持たず、少しも移動することができないスライムの性質は、同族である魔物からすると非常に都合がよかった。
元よりマナの影響で変容した魔物には、スライムの環境汚染は効き目がなかった。そしてスライムは、周辺のマナを取り込んで大きくなり続けるしかない。それは他の魔物から見ると、栄養豊富なただの餌であった。
魔物には理性がない。元になったものの習性を引き継ぐことはあっても、同族を襲わないなどということはない。むしろ攻撃性の高さから同族同士で争い合うことの方が多かった。
スライムは生存戦略において致命的な欠陥を抱えている。大きくなり続けるしかない体と、無防備に動けなくなること。大きな体は否が応でも目立ってしまい、隠れることもできない上、繁殖で種を増やすことができない。動けなくなってしまうので、繁殖しようにも他の個体と出会うことができないのである。
だからこそ、そもそもの発生を抑止することが重要だった。マナの淀みさえなければスライムは生まれない。他の魔物が自由に動き回れる野生であれば、スライムが発生してもあっという間に他の魔物に殺される。しかし人の営みの中で発生してしまうと、途端に手がつけられなくなる歪な魔物であった。
その場から動かず、大した攻撃もしてこないスライムに肉薄することは難しくなかった。テオは自らの得物である、戦斧の間合いまで到達した。
テオには魔物と戦える力があった。村では自警団に参加して訓練も行っていた。薪売りのための街の往復では、魔物よけの手段の他にも自衛のための戦闘力が必要だったからだ。
しかし本職ではない。仕事で培った筋肉質で頑強な肉体と、圧倒的なタフネスを持ち合わせてはいるが、こと戦闘においては素人に毛が生えたようなものであった。
テオには傭兵のように戦う技術も、シズナのように自在に魔法を操る術もない。だが、ある一点においては突出した才能を持ち合わせていた。
振りかぶられる戦斧を見て、スライムは触手をテオに伸ばそうとした。速度はないが、肉薄している今ならば当てることは容易だった。それでテオを仕留められる。はずだった。
いつそうなったのか、両断された後のスライムは全く把握することができなかった。攻撃が来ると思った時には、《《戦斧はすでに振り下ろされていた》》。それは恐るべき威力と速度であった。
そして両断されたスライムの体の断面から激しい炎が上がった。炎はあっという間に燃え広がり、スライムの全身と内包する毒素をすべて焼き切った。スライムがいた場所には、燃え尽きた後の煙が立ち上るだけであった。
テオが行った攻撃は至極単純なものだった。戦斧を振り下ろしただけ。たったそれだけだった。しかしテオは幼い頃より、その重労働を繰り返しずっと行ってきたのである。振り下ろす動作、斧の扱いの上手さは誰にも負けなかった。
加えてテオには直前に火属性の魔法に適性があることが判明していた。まだ自ら魔法を使うことはできないが、言無しの魔女、シズナの力があれば話は別だった。
火属性の魔法。身体強化によって繰り出される強力無比な一撃に、切断面を直接炎で焼き、体内から燃え上がらせる。スライムは体表に強い魔法耐性を持つ。しかし、マナを取り込んで溜め込むための半液状の体内には、そこまで高い耐性は持ち合わせていなかった。効率が悪くなるからである。
毒ガス対策の布と同じように、シズナは予めテオに魔法をかけておいた。テオの攻撃に合わせて発動する魔法だ。後はテオが持ち合わせている潜在能力が、シズナのかけた魔法を自動的に発動させるだけだった。今回の戦闘は、テオはスライムに接近して、戦斧をただ振り下ろすだけ片がつくようになっていた。
こうしてスライム討伐が完了した。水源の汚染を止めることに成功したテオは、ふーっと長く息を吐き出すと、一気に全身から力が抜けてへたりと地面に座り込んだ。




