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言無しの魔女  作者: ま行


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末路

 領主のカーンは執務室で頭を抱えて苛立っていた。不貞を働いた魔女のディアには逃げられ、妻からはそのことについて毎日毎晩責められる日々。スライムを討伐しなければ水源が汚染される。そうなれば、自分の首が物理的に飛ぶのは考えるまでもないことだった。


 早急にスライムを討伐したいのは山々だった。しかし、そうもいかない現実があった。本来ならば魔女ディアに責任を取らせ、討伐までさせるのが筋ではあるが、自らの実力ではスライム討伐などかなわないと分かっていたディアは、さっさとカーンの元からも、ブロウイムからも逃げ出していた。


「クソッ!ディアめッ!あの薄汚い魔女めがッ!!」


 ドンドンと、何度も拳で机を叩くカーン。そもそもカーンからディアに言い寄ったことで二人の関係性は始まったのだが、その事実はすっかり忘れて棚に上げていた。ディアが無責任であることは揺るぎない事実だが、カーンも救いようがない人物であった。


 スライム討伐のためには、相応の実力がある魔法使いに協力要請をしなければならない。しかし、自らの不祥事から招いた今回の一件を上のものに報告させる訳にもいかなかった。口固く秘密を守るよう金を積まれ、その不正に乗るような魔法使いに、スライムを討伐できるような実力者はいない。


 はっきり言ってカーンは完全に行き詰まっていた。そうするしかなかったとは言えスライムの封じ込めは悪手であった。まだ犠牲者を出してでも、手がつけられる内に無理やりスライムを水源から遠ざけるべきだった。


 しかしすでに時は遅く、妻と魔女の諍いのせいで対応が後手に後手に回った。カーンがどちらにもいい顔をしようとしたせいで、さらなる関係悪化を招いた。己の不祥事から綻び始めて、すべてが上手くいかなくなかった。


 取り返しはつかない。打つ手もない。もはや自らの手で滅ぼす前に、自らの首をかけ、助力を求めるのが責任ある領主の務めであった。しかしカーンにその器はなかった。


 頭を抱えるカーンの元に、ドンドンドンと、忙しないノックの音が響いた。苛立つカーンの「入れッ!」という怒号で扉が跳ね飛ばされるように開かれた。


「カーン様ッ!!大変ですッ!!」

「うるさい黙れッ!!スライム以上に大変なことがあるかッ!!」

「そのスライムのことですッ!!」


 報告に訪れた部下の言葉にカーンは押し黙った。そして報告を聞き、一度は歓喜の色を顔に出し、次に驚愕を、そして真っ青に青ざめたかと思うと、泡を吹いて倒れた。




「あれで良かったんですか?お師さん」


 旅路を行くテオがシズナに聞いた。シズナは小首を傾げる。


『良かったって?』

「スライムを討伐したのはお師さんなのに、結局誰も何も知らないままですよ」


 スライムを討伐した後、シズナは水源を管理する施設のマナの浄化と調整を終えると、誰にも気づかれないように早急にブロウイムの街を出た。


 ブロウイムだけでなく、周辺地域一帯の危機を救ったというのに、師であるシズナが何の称賛も得られないことに、テオは少々不満を抱いていた。


 だがシズナは、そんなテオの不満を察した上で頭を振った。


『誰かに感謝されたいとか、名誉がほしいだとか、そういう理由でやってることじゃないんだから、これでいいんだよ』

「でも…」

『それにねテオくん。私が私のためにやっていることで、他の誰かが不幸を被るかもしれないんだよ。テオくんの言う通り、スライム討伐でこの地域一帯の大多数の人は助かったと思う。だけど、全員が全員、望み通りの結果になるとは限らないんだ』


 シズナの考えは正しかった。今回のスライム討伐で、ルーギスやブロウイム、その他の領民はあと一歩のところで命をつなぐことができた。


 二人はカーンが手詰まりに陥っていたことは知らなかった。だからあの状況が続けば、多くの死者が出るだけではなく、一帯の街や村々の多くが滅びていた可能性が高かった。


 しかし一方で、領主を任されていたカーンは間違いなく罷免される。領民の不平不満は限界まで高まっていた。弾劾も免れない。


 カーン本人と、スライムの発生を許した魔女ディアだけが罰せられるなら、まだ自業自得の範疇である。だがカーンが罰せられれば、当然その親族や部下、関係者にも影響が及ぶ。


 それは今回の一件に関わっていない者たちにも波及する。全責任がカーンにあっても、その責任を取るのはカーン一人ではない。そういった人たちに罪があるかどうかは怪しいものだった。


 領民たちでさえ、領主が変わることで生活が大きく変化することもある。カーンより有能な首にすげ替えられるならいいが、カーンより無能な者が送られてくる可能性もあった。


『助けて、助けられて、全部平和に丸く収まるならそれが一番だけど。中々そうはいかないんだ』


 シズナは『それに』と続けようとして手を止めた。逃げ出した魔女ディアが、どれほど凄惨な末路を辿るのか、シズナには分かっていた。しかし、それをテオが知るにはまだ早すぎると、頭を振ってやめた。




 どことも知れぬ森の中、山道を走り続ける魔女ディアは、慣れない山道に足を取られて盛大に転んだ。受け身も取らず顔から地面に落ちたので、鼻が折れて血が流れた。鼻血のせいで更に呼吸が荒くなる。


「クソッ!クソクソクソッ!!クソがァッ!!!」


 ディアは怒りに身を任せるまま、拳で地面を何度も叩いた。鼻血を垂れ流し、這いつくばる自分が惨めで仕方がなかった。そんなディアの視界の端に、上空から下りてきた男がふわりと着地するのが見えた。手に持った杖を指先で起用にくるくると回して遊ばせている。


「もう終わりですか?」


 男がディアを見下げる目は冷酷そのものだった。言葉にされずとも最大限に蔑まれていることが明確に分かる。それはディアの神経を大いに逆撫でした。


 せめて一矢報いる。その決意で懐から杖を取り出し、詠唱を始めようとしたディアであったが、それは叶わなかった。


 ディアが開けた口の中に、男の靴の先が勢いよく蹴り込まれた。男はわざとディアを煽り、魔法を詠唱させようとした。そうすれば確実に口を開くからだ。


 ズタズタに傷ついたディアの口内に靴を突っ込んだまま、男は地面を踏むように、足に体重を乗せた。バキッと響く鈍い衝撃音が、無惨にも顎が破壊されたことを知らしめた。もはやディアは、呻くことすらままならなかった。


「愚かですねえ。私がちょっとでも詠唱することを許すとでも思いましたか?口、喉、耳、鼻。これらは身体的にも弱点になる箇所ですが、魔法使いにとってはもっと大きな弱点だ。そこの防護など、魔法使いにとっては初歩中の初歩ですよ。特に詠唱時は狙われやすい。学校で教わりませんでしたか?」


 男はディアの上顎に足を引っ掛けて頭を持ち上げると、にやにやとした下卑た笑みを浮かべながら吐き捨てた。


「ああそうか!あなたは雑草の出でしたね!ならば教わっていないのも当然のことでした!しかしよくもまあその程度のおつむで魔女を名乗れるものだ!恥知らずの田舎者がッ!!」


 血まみれのディアの顔めがけ、男は唾を吐きかけた。そして放り捨てるように地面に蹴飛ばすと、上空に向かって合図を出した。一部始終を見ていた二人の部下が、男の元に下り立った。


「終わりましたか、コルヴォ様」

「んー、あまり楽しめませんでしたがねえ。もう少し気骨があってもよかったのに。もう反抗する力もないでしょうが、一応拘束を。後は傷の治療をして、魔導監察庁まどうかんさつちょうへ連行してください」

「お任せください」


 コルヴォと呼ばれた男の部下の一人が、地面に転がるディアを担ぎ上げた。そしてもう一人の部下が魔法を詠唱し、杖の先を地面に向けると、空間移動の魔法で共に姿を消した。


「迅速なお仕事大変結構。皆あれくらい聞き分けがいい子だと、私の仕事も減るのですがねえ」


 魔導監察庁は、魔法使いや魔女の不正行為や犯罪を取り締まる組織である。その執行部特別実働部隊「からす」に所属しているコルヴォには、魔法使いの逮捕に絶対的な権限が与えられていた。


 捕まえるためなら何をしても構わない。執行部はそう委任されていた。コルヴォはその権限を用いて、自らの悪趣味な嗜好を満たしていた。


 じりじりと相手を追い詰め、ひと思いに逮捕はしない。気づかれやすい隙を作って相手を自由に逃げさせ、なぶって苦しむ姿を晒させる。後がないにも関わらず、意地汚く助かろうとする惨めな姿を見ることがコルヴォの愉悦であった。


「さてと、面倒ですがこれも仕事です。私は調査報告をまとめるためにブロウイムへ向かいましょう。楽しませてもらった分、仕事はきっちりと丁寧に、ですね」


 コルヴォはいつの間にか手についていたディアの返り血に気がつくと、それをぺろりと舐め取り「キヒヒッ」と不気味に笑った。そして部下と同じように空間移動の魔法を詠唱すると、ブロウイムの一件を調査するために姿を消した。

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