その後のドラン村にて
テオが旅立った後のドラン村。魔法使いによって不正にかけられていた戒めをシズナが解除したおかげで、マナを多く取り込んで貯蔵することができる性質を持つ木材が、新たな村の名産品となっていた。
前任者の代わりに派遣される魔法使いは、貴重な資源と村人の監視目的を兼ねていた。しかし以前の魔法使いと違い、村人に横柄な態度を取ったり、不当な報酬を要求したりはしない。それだけでドラン村にとっては十分すぎる人物だった。
魔蓄樹と名付けられたその木は、ドラン村周辺にしか自生しておらず、唯一無二の価値はあるものの、まだまだ研究が必要であった。他の環境下に植林は可能か、適した管理方法は何か、木材の活用法と並行して生態研究が進められた。
オルラン子爵は魔蓄樹の管理と研究の仕事を任された。ドラン村がオルラン領にあり、善政のおかげで領民との関係が良好で、領民と権力者との緩衝役を期待されての起用だった。
おかげで経済的な余裕も出来て、雇用を増やせた。少しだけだが手が空くようになったオルランは、自らの足で積極的に領内を見て回れるようになった。領民とは、ますます良好な関係性を築き上げていた。
そして現在、オルランはドラン村を訪れていた。
村長のサンチョは、対座するオルランに頭を下げた。
「オルラン様、わざわざご足労いただきありがとうございます。大したもてなしも出来ず、申し訳ありません」
「いやいや、頭を上げてくれ。サンチョ殿、魔法使いについての上申は、中々叶えてやれず申し訳なかった。この村の貴重な資源が不当に扱われていたことは、すべて私の落ち度だ」
「それこそ滅相もありません。人手不足であることは皆承知しております。その上でオルラン様がご尽力なさっていることも知っています。我々は皆、オルラン様に感謝しているのです」
魔法使いの不正行為は、内環諸国から離れた地方であるほど見逃されやすい。そして魔導監視庁は、ケチな小遣い稼ぎ程度の不正では動かない。よしんば魔法使いの不正を立証して更迭できても、次の魔法使いがすぐに派遣されてくるとは限らない。不在の空白期間は、マナの調整ができなくなる。結果として、村は自らの首を締めるだけになってしまうのだ。
「今、魔法使いの数を増やすことはできないかと伺いを立てているところだ。国も魔蓄樹には興味を示している。引き続き、管理の方は頼むぞ」
「勿論でございます。村の宝、精一杯守らせていただきます」
サンチョの言葉を聞き、オルランは頷いた。そして村を訪れてからずっと気になっていたことを尋ねた。
「ところでサンチョ殿。確かこの村であの木々を管理していたのは、年若い木こりではなかったかな?」
オルランがテオのことを把握していたことに、サンチョは驚いた。テオはドラン村にとっては大切な人間だったが、領主からしてみれば、寒村の木こりなど目にも止まらぬ存在のはずだと思っていたからだ。。
「よくご存知ですね。確かにそうです」
「人の顔を覚えるのが得意でね。私はこうした小さな得点稼ぎの積み重ねで、今の地位に上がることができたんだ。出自以上に秀でた才能を持たない私なりの処世術の一つさ。まあそんなことはいい。それより彼の姿が見えないようだが、どうした?」
オルランとしては、木々の管理をしていた者の知識を存分に活用したいところであった。しかし、サンチョの寂しげな顔色を伺い、申し訳なさそうに言った。
「…もしや聞かないほうがいい話だったかな?」
若者であっても、村人はよく死ぬ。ちょっとした病気や怪我でも、医者や治癒師が常駐していない場所では、それが命取りになるからだ。オルランは、テオに不幸があったのではないかと気を使った。
しかしサンチョは、オルランの気遣いに慌てて態度を元に戻した。
「いいえ、決してそういうことではないのです。木こりの名はテオと言います。働き者でして、儂も含めて村人たち全員から愛されております。しかし幼き頃より持つ夢がありましてな。それを叶えるためには、こんな辺鄙な村では狭苦しいと旅に出たのです」
「旅?どこか宛てがあって?」
「宛てのない旅です。テオは世界はもっと広いはずだと、そんな夢を見る若者なのです」
オルランはため息をつくように語るサンチョに同情した。しかし同時に、若さに身を任せて旅に出たテオに思いを馳せた。
「…そうか。いや、羨ましい話だ」
「羨ましい、ですか?」
「私にもあったよ、己が力で世界を見て回りたいと夢想していた頃が。サンチョ殿にはなかったかな?」
「どうでしょうな。儂は日々を生きるのに精一杯でしたから、気がついたら時が経ち、この歳になっていたように思います。しかし夢見なかったと言うと嘘になりますな」
子爵であるオルランは勿論のこと、村長であるサンチョも、今更シズナやテオのような旅に出ることはできない。だからこそテオを羨む気持ちもあった。
「しかし旅に出たのなら、彼に話を聞くことはできないか」
「ああいえ、それについては問題ありません。テオは旅立つ前に木のことについて記した手紙を残していってくれました。大体のことはそれで分かると思います」
「おお、そうだったか。いやしっかりした若者だな、感心したよ。ん?だがそうなると、彼は魔蓄樹について詳しく知っていたのかね?」
もしそうであったらオルランとしては事情が変わってくる。しかしサンチョはすぐにそれを否定した。
「申し訳ない。言葉足らずでしたな。あくまでも残していったのは、テオが行っていた山林の管理方法です。仕事を続けていくうちに木に何かがあると感じていたようではありますが、テオは専門家ではありませんので、所詮違和感止まりです。大したことは分かっておりますまい」
「なるほど。いや、早とちりだった。詫びよう。すまないな、魔蓄樹については上からもよくよく急かされていてな。こちらも焦っていた」
「ご苦労お察しいたします。これが役立てば、テオも喜ぶと思います。しかし、儂らから伝えることはあまりないかと思いますが」
サンチョは困ったように、しかしどこか嬉しそうな笑みを浮かべながら、引き出しの中から封筒を取り出した。オルランは礼を述べてそれを受け取ると、次の仕事があると、ドラン村から去っていった。
オルランの見送りを終えたサンチョは、人知れずホッと胸を撫で下ろしていた。シズナから、自分のことはできるだけ明かさないようにと頼まれていたからだった。
昔から村の山に魔蓄樹が自生していることと、その性質を明らかにしたのはシズナである。当人の功績を語らず魔蓄樹について説明するのは難しいことだった。
それを見越してシズナがサンチョに残した手紙の内容に、自分の手紙を別の人の手で書き写して何枚か用意しておき、元の手紙は焼いてしまうよう指示されていた。当初、サンチョは何故そんなことをするのかと首を傾げたが、この時のためだったのかとようやく合点がいった。
「しかし用心深い人だ。何故ここまで念入りに痕跡を消すんだ?」
シズナはドラン村の大恩人である。しかし謎の人物でもあった。本当に突然テオが連れてきて、あっという間に前任の魔法使いの不正を暴いていった。シズナの行いは立派なものだったが、無償である。サンチョはそこに強い違和感を覚えていた。
何をするにしても、恩義には対価で報いる。それが自然なことだ。そうでないと一方的に借りを作ることになる。それは健全な取引とはいえなかった。
シズナが悪い人でも、信ずるに足らない人でもない。それはサンチョも他の村人も理解していた。だがやはり、魔女が無償で人助けをしていることには理解が及ばなかった。
八賢者が一人、言無しの魔女シズナ。内環諸国から地理的にも縁遠いドラン村にいて、本来なら一生関わり合いになることがない傑物だった。
「…テオ、シズナさん。二人は今頃、どこにいるのだろうか」
サンチョは何となしにそう呟いた。
馬車に乗っての移動中。オルランは、ある報告書をしたためていた。それは極秘に任命されたもので、調査命令を出したのは、オルラン領を支配下に置く大本の国、カント・レギウムの四大魔法学校、カント・レギウム大魔導院からのものだった。
「言無しの魔女の痕跡を探れ」
その命令が下った時も、今も、何故そんなことをという疑問が尽きなかった。その調査のためだけに貸し出された魔法使いも、ドラン村で入念な調査を行っていたが何も見つけられなかった。
長々と調査報告の内容をしたためるも、結論としては「痕跡なし」に収束する。カント・レギウムのような大国が、何故小規模なオルラン領、その中でも更に寒村のドラン村に目をつけたのか。直属の魔法使いまで貸し出した理由も含めて、オルランには訳が分からなかった。
「私が疑問を抱いたところで、大国にとっては些事に過ぎん、か…」
報告書を書き終え、オルランがサインをして血判を押す。するとその紙がパタパタと自動的に折りたたまれていき、一羽の鳥の形となった。オルランが馬車の窓を開くと、紙の鳥は外に飛び立っていった。
カント・レギウムに向かって飛び立った報告書を見送ると、オルランは深いため息をついた。そして疲れた体を座席に思い切り預けた。残る仕事を考えると、オルランも気の向くままに旅立ってしまいたいと思った。




