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言無しの魔女  作者: ま行


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マナと魔法

 テオとシズナ、二人で旅立ってから数日が経過した。シズナは旅慣れていないテオのことを心配していたが、それはまったくの杞憂だった。


 幼い頃より、自ら斧を振るい木を切り倒し、一日に大量の薪を割ってきたテオの肉体は強靭で、体力も常人より遥かに優れていた。大量の薪や買い入れた荷物を背負って山を登り降りしていたため、脚力も相当鍛えられていた。


 その結果引き起こされたものは至極単純だった。先に体力の限界がきたのはシズナだった。今まで感じたことのない疲労に倒れ、テオはシズナの面倒を見ていた。


『不思議だ。一人で旅をしていた時は、こんなこと一度もなかったのに』


 体を横たえ空を見上げるシズナはそんなことを考えていた。実際、一人旅の時に体力配分を間違えたことはなかった。同行者が増えただけだと言うのに、ペースがここまで狂う理由は何だと探るが、ぐるぐると回る視界が思考を邪魔した。


「お師さん。大丈夫ですか?」


 シズナが体を起こすと、テオは手に持っていた木皿とスプーンを渡した。倒れたシズナのために、鍋で麦粥を煮ていた。


『ごめんねテオくん。旅に関しては私の方が先輩なのに…』

「いえ、それよりも少し食べられますか?空腹が続くよりマシだと思うんですけど」


 テオが作った麦粥にはドライフルーツが入っていた。すくって口に含むと果実の甘みがふわっと広がる。足された酸味のおかげで弱った食欲が促進された。


 ドライフルーツは粥の中で戻され、ぷるぷるとした食感が口の中を飽きさせない。野営であろうともテオの料理の腕前はいかんなく発揮されていた。外でこんなに美味しいものは食べたことはないと、シズナは感動を、粥の中のフルーツと一緒にじーんと噛み締めた。


『美味しい。これならいくらでも食べられるよ』

「良かった。でも食べすぎてもよくないので程々に、ですよ」


 それからもテオは、シズナに対して手厚い看病をした。妙に手慣れていることが気になってシズナが聞いた。


『何だか手慣れてるね』

「そうですか?ああでも、村でたまに風邪を引いた子どもの面倒を、仕事で村にいない親の代わりに見たりしてましたね」

『自分の仕事もあるのに?』

「まあでも、そこは助け合いですから」


 シズナは改めて、テオがドラン村でどれだけ貢献していたのかを思い知った。それはそんなテオのことを連れ出した自分の責任の重さについても同じことだった。


『テオくん。こんなところで何だけど、少し魔法について教えようか』

「えっ?俺は嬉しいですけど、お師さん、体調はいいんですか?」

『うん。テオくんのおかげで大分楽になったよ。足止めしちゃった分、私にできることをしないとね』


 よろしくお願いしますと、テオは勢いよく頭を下げた。




 シズナは対座するテオに手話で語りかける。


『テオくん。魔法に必要なものは何だと思う?』

「ええと…確かマナが必要なんですよね?」

『そうだね。マナは魔法にとって、一番重要な要素の一つ。これがないと、魔法は発動できないよ』

「でもお師さん。実は俺、そのマナってやつがどうもよく分からないんですよね」


 テオにある知識は、マナが世界樹で生成されているという、この世界の誰もが知る一般常識のことだけであった。それがどうして大地を芽吹かせ実りをもたらし、魔法という不可思議な現象を引き起こせるのか。推測すらできない謎であった。


 八賢者のうちの一人、シズナならばそれを知っているのではないかとテオは期待した。しかし返ってきた答えは以外なものだった。


『マナについては、この世界の誰もその謎を解明できていない。だから、テオくんの認識は正しいものだよ』

「解明できていない?」

『うん。マナという未知のエネルギーの謎と仕組みを解き明かすことは、魔法使いと魔女の本分の一つ。どうして世界樹からしか発生しないのか、この世のすべてのものに影響を与えられる理由は、さらなる活用方がないか。四大魔法学校だけでなく、内環諸国は常にこの研究をしているよ。それでも解明できないのがマナ。このことに神秘性を見出して、世界樹を崇拝の対象にしている国も多いね』


 世界樹が司る役割は多岐にわたる。萌芽の節のように、世界に季節をもたらすことや、未知のエネルギーであるマナを生成し、それを広く行き渡らせることなど、とにかく世界と密接な繋がりを持っていた。


 しかし世界樹とマナが一体どんなものであるのか、その謎の一端でも解明できたものはまだいない。マナを利用するための魔法を開発することはできても、マナの原理は解明できずにいた。


「魔法にとって一番重要なものなのに、何も分かってない。それって危なくないんですか?」

『勿論危ないよ。例えば魔物がいるよね?魔物に転じる前は何だったか、テオくんは知ってる?』

「…えっと、確か。ワーグは元々野生の狼だったんですよね。でも狼より体が大きくて、体毛も派手な赤色だから、元の狼に似てるけど別物です」

『そう。何らかの原因でマナの影響を強く受けたものは、姿形が大きく変容して魔物に転ずる。それは当然、人にも起こり得ることなんだよ』

「ひ、人にも!?」


 驚きの声を上げたテオに、シズナは冷静に頷いた。


『魔法使いや魔女はどんなものよりもマナの影響を強く受けている。なぜなら魔法を使うためにはマナが必須だから。魔法を使おうとした時に、偶然まだ解明されていないマナの触れてはならない要素に触れてしまったら。どうなるのかそれは誰にも分からないんだ。実は魔法使いたちは、この世界で一番魔物に近い存在でもあるんだよ』


 魔法使いたちはマナを操ることができる。それは同時に、謎多きマナの恩恵と影響を常に受けていることも意味していた。


 魔法という、世界の理を超えた事象を操ることができる魔法使いたちが、どれほど特異な存在であるのかをテオは初めて知った。




 マナの未知性と危険性を教えられたテオは、先程まで倒れていたシズナと同じように、打って変わって青い顔をしていた。マナが危険なものでもあると理解させるために避けては通れない教えではあったが、脅してばかりではいけないとシズナは慌てた。


『で、でもね!マナの力を一番安全に、そして効率的に活用できるのが魔法なんだよ。正しい知識と技術さえあれば、魔法の可能性は無限に広がる。それは魔法使いたちにしかできないことなんだよ』


 悪いことばかりを教えていては、テオのやる気を削いでしまいかねない。そこでシズナは、テオに焚き火を見ているように伝えた。


 言われた通り、テオは焚き火の火を見つめる。シズナがその隣で素早く手を動かし手印を結ぶと、火は突然小指の先ほどの小ささになった。


「うわっ小さくなった!」

『テオくん。この枝をあの火にめがけて投げ入れてみて。危ないからちょっと離れた場所からね』


 テオは焚き火に使うために集めてきた枝の一つを、その小さな火めがけて投げ入れた。すると枝は火に到達する手前であっという間に燃え尽きて灰になった。ろうそくの火よりも小さなものなのに、その火力は凄まじいものであった。


 次にシズナが手印を結ぶと、逆に焚き火の火は高く大きくなった。見るからに勢いを増しているその火の中に、シズナは腕を躊躇なく差し入れた。


「えっ!?ちょっ!!?」


 大慌てでシズナを火から引き離そうとしたテオだが、すぐに異変に気がついた。シズナの手の皮膚も服も火の中にあって燃えることはなく、手はぐーぱーと開いては閉じを繰り返して、いかにも平気であることを示していた。


『テオくんもやってみて』


 そう促されたテオは、恐る恐る腕を火の中に入れた。


「えっ!?ええっ!?」


 その時感じたのは、熱いよりも冷たいというものだった。勢いよく燃える火の中に手を入れたのに、実際は燃えもしないし熱くもない。なんとも不気味な感覚にテオの頭は混乱した。


「お師さん。今のは一体どういうことですか?」


 火から手を引き抜いてから、テオはシズナにそう聞いた。


『燃えてる火のマナを操って、小さな火でも高火力のものを、大きな火なのにまったく熱のないものを作ったんだよ。すごく単純なマナ操作の技だけど、これだけのことができると思うと面白いでしょ?』


 テオは興奮した様子で何度も頷いた。この不思議な現象を操ることができるものが魔法で、それを自在に扱うことができるのが自分の目指す魔法使いだと思うと、感動と興奮がとめどなく湧き上がってきた。


「すごいですお師さん!俺も早く、魔法を使えるようになりたいです!」

『うん、そうだね。でも慌てちゃ駄目だよ。危険性もちゃんと理解しながら、ゆっくり覚えていこう』

「はい!」


 元気のよいテオの返事を聞いて、シズナは嬉しそうに目を細めた。意欲ある姿勢を非常に好ましく思い、この先テオがどのように魔法を覚えていくのか、シズナも楽しみになってきた。

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