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言無しの魔女  作者: ま行


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花舞う旅立ち

 旅立つ準備をするテオは、淡々と黙していた。村を出ることを許可してもらってから、テオは村人との接触を極力避けていた。


 声をかけられても曖昧に返事するばかりで、しっかりと話そうとしない。そんな様子を見ていたシズナは、かける言葉がないだけでなく、見つからなかった。


 テオがどういう心境でいるのか分からなかった。シズナが旅立った時にあまり葛藤はなかった。場所と人に対する思い入れもなかった。しかしテオは違う。故郷に愛されている。


 シズナは意を決してテオの肩を叩いた。顔を向けたテオに、シズナは手話で語りかける。


『どうして何も言わないの?』

「何もって?」

『別れの言葉。沢山あるでしょう?』

「ああ、そういうことですか」


 テオは立ち上がると「少し座りませんか?」と声をかけた。そして対座したシズナに向かって、心情を吐露する。


「正直言って、話したいことは沢山あるんです。言っておかなきゃ、話しておかなきゃ後悔するって思うことが沢山。でも、今更怖気付いている自分もいるんです」

『…それは、旅立ちたくないってこと?』

「まさか。もうとっくに覚悟は決まってるんです。俺はお師さんに付いて行きます」

『お、お師さん?』


 急に自分の呼び方が変わったことにシズナは驚いた。驚くシズナにテオは笑顔で「はい!」と答えた。


「これから魔法を教えてもらうのだから、シズナさんは俺にとってお師さんです」


 お師さんと呼ばれることに多大な気恥ずかしさを覚えたシズナであったが、真っ直ぐなテオの目を見ると断るにも断れない。シズナはむず痒さを抱えたまま話を続けた。


『と、取り敢えずそのことは後で。それで、旅じゃないなら、怖気づくって何に対してのことなの?』

「ドラン村の皆には沢山の恩義がある。幼い俺が生きてこられたのは、皆に助けてもらったからです。話しても話さなくても俺はこの村に未練を残す。そのことに怖気づいているのです」


 村人と強く絆を結んでいたからこその恐怖、この先どうなるのか分からない旅路で死に果てたとしてもテオには後悔はない。それは自分で選んだ道だからだ。


 ただ、ドラン村の住人に未練を残してしまうことに怖気づいていた。薪売りの収入がなくなったらどうなるのか、森林の手入れは誰がやるのか、街への買い出しの人手が減る、旅に出た後、もう一生会えなくなる人もいるだろう。


 それがこんなにも怖いことだとはと、旅立つ準備が進むほどテオは恐ろしく思っていた。だからどう接するのがいいのか分からなかったのだ。


「いっそのこと、何も言わずに旅立ってしまうのがいいのかもしれません。俺の勝手で出て行くんだ。最後まで勝手にした方が、あまり後腐れないかもしれない」

『…私には、あなたの葛藤を理解することはできない。だから、どうするのかはあなたに任せる。だけど、後悔はしないようにね』

「はい。ありがとうございますお師さん。それと、俺のことはテオと呼び捨てにしてもらって構いません。お師さんになってくれるんだし、ちょっととはいえ俺の方が年下です。むしろそうしてください」

『ええと、じゃあテオくんで』


 いきなりは難しいからと、シズナは困った顔でそう手話で話した。少しずつだが、二人の関係性が変わっていく。それは旅立つ時が近づいていることも示唆していた。




 テオは結局、どうするべきか分からないまま、村を旅立つ日がやってきてしまった。優柔不断な自分を恥じたが、それも仕方ないかとも諦めていた。


 どのみち未練を残すならば、結果は変わらない。最終的にテオはそう結論付けることにした。次善策だったことを後悔しないために、しっかりと村の景色を目に焼き付ける。


 早朝の旅立ち。だが村人たちはもうすでに働きだしている。いつも通りの日常を送る人々を見て、テオは不思議と安心感を覚えていた。


 村長のサンチョに挨拶をしにいったシズナが戻ってきた。テオは自らの荷物を持ち上げると、シズナに合流する。


「行きますか。お師さん」

『ええ。行きましょうテオくん』


 ドラン村の出入り口となる柵門に向かう。門をくぐると途端に自分と村の隔たりを強く感じて、テオは寂寥感に胸を押しつぶされそうだった。


 そして村を出てすぐのこと、背後から声をかけられて、テオは立ち止まって振り返った。


 そこには先程までいつも通りに働いていたはずの村人たちが、全員集まっていた。一人の村人が真っ先にテオの元へやってきた。それはヒルダだった。


「テオや、これを持っておいき。村の木から作られたお守りだ。私の曾祖母さんから受け継いだものだ。きっとお前を守ってくれるよ」


 ヒルダがテオの首にかけたのは、花の形に彫られた香木のお守りだった。芳しく美しい艶のあるそのお守りは、見ただけで大切にされてきたことが分かった。


「ヒルダ婆…そんな大切な物、受け取れないよ」

「いいんだよ。そんなことより、体に気をつけるんだよ?病気や怪我でもしたら元も子もないんだからね。しっかりおやり」


 ヒルダの行動を皮切りにして、村人たちは次々とテオの元に集まってきた。皆それぞれ、思い思いの餞別を抱えていた。


「テオ、これは村の守り人をやっていた爺さんが使っていた戦斧だ。物は古いが質はいいぞ。金に困った時は売ってしまおうと思っていたから手入れもしてある。今日の日のために研ぎ直しておいた。使ってくれ」

「これは替えの服だ。私ら村の女たちでこしらえたのさ。丈夫な生地で作ったものだから長持ちするはずだ。旅するとなりゃ必要だろ?持っていきな」

「大した額じゃないが皆で少しずつ集めた金だ。路銀の足しにしてくれ。無駄遣いするんじゃあないぞ?」

「テオ兄ちゃん。薬草と野苺を摘んできたよ。テオ兄ちゃんが見分け方を教えてくれたから、私たちも仕事のお手伝いができるよ。だから心配しないでね」


 村人たちから次々に手渡された品々で、あまり多くなかったテオの荷物はパンパンに膨れ上がった。背負った時に感じた重さは、そこに詰め込まれた人々の思いでもあった。テオは背中に感じる重みと温かさに、涙をこらえるのに精一杯になった。


 そんなテオの前に、最後にサンチョが現れた。優しくテオの肩に手を置くと声をかけた。


「テオ。お前が目指すものがどれだけ険しい道なのか、実のところ儂にもよく分からない。だがな、何を成しても成せなくとも構わん。儂らはここで、お前の帰りを待っておるからな。お前ならきっと大丈夫だ。そら、下ばかり向いてないで、胸を張って行け。そんなことでは、儂らも安心してお前さんを送り出せんわい」

「…はいっ!」


 テオは頷き、元気よく返事をして顔を上げる。潤む目に光る涙、しかし誇らしげな笑みを浮かべる顔がそこにはあった。


「行ってきます皆!俺はきっと夢を叶えてみせます!そしてまたこの村に帰ってきます!いつか、きっとまた会える日まで!!」


 ぶんぶんと大きく手を振るテオに、村人たちも大きく手を振り返した。そこにはこの別れを惜しむものはなく、また会える日の希望を抱くものしかいなかった。




 ドラン村を少し離れたところで、シズナが振り返って立ち止まった。同じようにテオも振り返る。


「どうかしましたか?お師さん」

『テオくん、見ていてください。恐らくこれが、ドラン村の本来の姿です』


 シズナは滑らかに手を動かし始めた。その指先はかすかな光の軌跡を描いていて、近くにいたテオは周りの空気が少しだけ暖かくなったことを感じた。やがて一つの手印が結ばれると、目の前の光景が一気に変化した。


 村を取り囲む木々の枝に、薄桃色をした花が咲いた。満開の花々に囲まれた村では、人々が驚きと戸惑いの声を上げた。子どもたちは目を輝かせて喜び、駆け出してはしゃぎまわる。


『ドラン村は確かに世界樹からは遠く、マナの恩恵は薄い場所です。しかし、この村と山の木々はその僅かなマナを溜め込み、世界樹と同じように萌芽の節にはこうして、溜め込んだマナを花の形で地に満たしていたのでしょう。これによって実りをもたらし、魔物を遠ざける。そうして村は守られていたはずです』

「でも…俺はこんな花、一度も見たことは…」

『本来この花が咲けば、村はそう頻回に魔法使いを呼んでマナの調整を頼む必要はありません。しかしそれでは、この村で暴利を貪る魔法使いが困る。この木々の性質に目をつけた魔法使いは、意図的に木々の働きを弱めたのだと思います』


 シズナが行ったのは、歪められたマナの流れを正常に戻しただけのことだった。たったそれだけのことで、木々は一気に花を芽吹かせた。


『この木々は、内環諸国の魔法使いたちにとって貴重な資源になります。それを隠匿していたとなれば、恐らく魔法使いは処罰を免れない。これを見ればドラン村の待遇も、劇的とはいいませんが確実に変化していくと思います』


 村にとっていい出来事であるのに、それを聞かされたテオの表情は青ざめていた。


『どうかしましたかテオくん?』

「俺…もしかしてそんな大切な木を切って薪にしてたんですか?村を守ってくれていた木を俺は…俺のせいで…」


 その言葉にシズナは頭を振って強く否定した。


『それは逆です。テオくん、あなたのお父様は、《《伐採する木を見極めていた》》と言いましたよね?恐らくそれは、この村の木を守るために、弱って役目を終えた木を切って、若く力のある木を残すためだったんです。意図していたかどうかまでは私には分かりません。だけど、あなたたちはそうして人知れず、村を守っていたんですよ。この木が力をなくさないように』


 テオの父に魔法に関する知識も素質もない。当然、木々がマナを溜め込む性質があることなど知りもしなかった。しかし、培ってきた勘と経験が、自然と正しい方向へ向いたのだった。


『テオくん。この光景は、あなたが守ったものです。よく見て覚えておいてください。あらゆるものは繋がっていないように見えて繋がっている。魔法使いにとって、これは必須の視点です』

「…はい!」


 これはシズナがテオを勇気づけるために行ったことだった。ただ意図したことではないが、これがシズナがテオにした最初の魔法の授業でもあった。




 旅立つ二人を見送った後、サンチョは華やぐ木々を見上げて呟いた。


「…儂が子どものころ、爺様から聞かされたことがある。この村ではその昔、萌芽の節には花が咲き誇り、それを祝って祭りをしていたと。それがこの景色だったのだな」

「そうだったんですか?」

「ああ。忘れてはならない村の宝だった。しかし目先のことにばかりとらわれ、この花が咲くことを忘れてしまっていた。大切なことだったのになあ…」


 サンチョに挨拶をしに行ったシズナは、その際に手紙を渡していた。内容は、この村の木々の特異性と、これから先、村がどういう身の振り方をすればいいかということを、魔女の視点からシズナなりに考えたことをまとめたものだった。


「…大変な恩義ができてしまったな。シズナさん。どうかテオのことを、よろしくお願いします」


 もう背も見えないシズナに、サンチョは深々と頭を下げた。


 言無しの魔女と魔法使いに憧れる少年。二人の旅立ちは、萌芽の節に舞う世界樹の花びらよりも多くの花に見送られるものになった。

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