認めてもらうために
『あなたを弟子にして、旅に同行するのを認めてもいいです』
朝食を食べ終えた後、シズナはそうテオに話を切り出した。ぽかんと口を開けて一瞬呆けるテオだったが、すぐに我に返ってシズナに顔を寄せた。
「本当ですか!?」
『落ち着いて。近い近い』
「あっ、ご、ごめんなさい。つい」
『ただし、条件があります』
条件がある。そう伝えたシズナの顔は真剣というよりも、どこか鬼気迫るものがあった。それがどれだけ重要なことなのか、聞かずとも分かったテオは高揚した気分を落ち着ける。
「分かりました。条件の内容を教えてください」
『いいですか?これはあなたにしかできないことです。ではこれから―』
シズナはテオに指示を出すと、内容に頷き同意したテオが動き出した。その姿を見送るシズナの目は、遠くを見つめるような寂しい目をしていた。
指示された通り、村の集会場にテオは大人たちを集めた。その人たちを前にするのは、村人から疎まれる存在である魔女のシズナだった。
シズナは隣にいるテオに手話で話し始めた。それを受けてテオは強く頷いて集まった大人たちに向き直る。
「皆さん、私の話を聞いてください」
テオが始めたのはシズナの手話通訳だった。唐突に始まった出来事に、村人たちは怪訝にざわめいた。しかし、シズナはそれを意に介さず手話を続けた。
「私の名前はシズナ。だけど、この名前を知る人はそう多くありません。恐らく私のことを知る人は、私を別の名で呼びます。…えっ!?」
通訳の途中でテオが驚きの声を上げた。シズナはそれを咎めるように睨みつける。しかしテオは、それでも伝えるべきかの迷いを見せた。しかし最後には頭を振って迷いを捨て去り、シズナの素性を明かした。
「言無しの魔女。それが私の二つ名です」
テオの通訳を聞き、村人たちも皆驚いた。それは例えどんなに魔法使いに縁がない人や場所であっても、二つ名つきの魔法使いと魔女が、どれだけ特別な存在であるのか知っていたからだ。
魔法使いと魔女、マナの利用方法の確立が富国の条件であるこの世界において、それらの価値や地位は高い。そしてそれを多く有することが強国の条件であるため、質や実力はともかく数は多かった。
その中でも突出して優れた才能を持ち、その者にだけしか扱えない魔法を開発した魔法使いや魔女は、賢者の称号と二つ名が与えられる。かの者たちは魔法の八属性になぞらえらえれ八人選ばれる。それは八賢者と呼ばれ、魔法使いと魔女の頂点に立つ者たちであった。
八賢者の二つ名は世界中に知れ渡り、その存在はあらゆる尊敬と畏怖の念を集めていた。曰く、一人一人が国を滅ぼす力を持っており、互いの存在が世界の均衡を保っていた。
世界樹という目に見える支配の象徴の独占を許さないのは、八賢者の存在あってこそ成り立つものである。それは裏を返すと、八賢者がその気になればいつでも世界の支配構造を変えうるものにもなるということだった。
どんな環境をも一変しうる存在。内環諸国であっても外環諸国であっても、八賢者は無視することができない存在だった。ゆえに誰もが知っていた。
「そ、そんなご高名な方が、ど、どうしてこんな辺鄙な場所にいたのでしょうか?」
村人の一人が恐る恐る聞いた。テオはシズナの手話を素早く通訳する。
「私は旅をして、魔法の恩恵を受けることができなかったり、魔法使いや魔女の不正によって苦しめられている場所を巡っています。そこで私ができることをして、また別の場所へと流浪する。ドラン村のことはその一環で聞きました。そして私は偶然に彼と出会った。まさか目的地であるドラン村の住人とは、その時は知りませんでした」
シズナの言う彼とはテオのことである。シズナは元々、ドラン村に派遣されている魔法使いの悪事を聞きつけて、村を次の目的地と定めていた。そして偶然、魔物に襲われていたテオを助けたのだった。
「皆さんは、…えっと、俺の夢をご存知ですか?」
テオは彼の夢を俺の夢と訳し直した。
「そりゃあ…魔法使いになりたいってやつだろ?」
「ええ。テオは昔からずっと憧れてたわ」
「しかし俺たちには何もできんかった。ただテオには悪いが、魔法使いになぞなるもんじゃない」
「夢を諦めろとは言わん。でもなあ、結局叶わない夢の方が多いんだよ」
村人たちが次々に諦めの声を上げていく中で、村長のサンチョだけが何かに気がついたようにハッと表情を変えて言った。
「テオ。お前まさか魔法使いになるために、シズナさんの旅に付いていくつもりか?」
サンチョの言葉に、テオはシズナの通訳をやめて「はい」と力強く自分の言葉で答えた。それを聞いた村人たちのざわつきが、なおさら大きなものとなった。
シズナの通訳をやめたテオは、戸惑う村人たちに宣言した。
「俺はこの村を出てシズナさんの旅について行きます。そして魔法を学び、夢だった魔法使いになる。皆さんどうか、それを許可してください。お願いします」
旅に同行する条件を、シズナは二つ上げた。一つは通訳で自らの立場を明かすこと。そしてもう一つは、その上で旅に同行することを、テオが自分で村人たちに認めさせることだった。
サンチョはざわめく村人たちを落ち着かせると、テオに「来なさい」と声をかけた。二人は集会場にある一室に入り対座する。
「テオ。魔法使いになって何をする?」
「正しいことをします」
「お前の言う正しさとは何だ?」
「少なくとも、この村で行われていることは正しくないはずです」
テオの真っ直ぐな言葉を、サンチョはわざとらしく鼻で笑った。
「そりゃ正しくはないさ、不条理だ。我々だって業を煮やしている。ただ言わせてもらうぞ。だからどうした?正しくなくて何が悪い?」
サンチョの発言に、テオは目を丸くして驚いた。それがさも当然というように吐き捨てたからだ。
「そんなものはな、いわゆる処世術というやつだ。奴らは儂らにない力を持っとる。立場だって上だ。逆らえば何をされるか分からん。ただな、奴らがそうするのは金が必要だからだ。わざわざこんな貧しい村からむしり取っていかねばいかんほど、奴らは魔法使いとしての地位が低いんだ」
「だから魔法使いの不正を見逃すと!?」
「違う!そんなケチな真似をされようとも、文句言わずに目を瞑っていれば村はマナの恩恵を受けられるということだ!もっと外環寄りの村は、それすらできないこともある。儂らが魔法使いに高い金を払いおだてるのは、その魔法使いをよその村に行かせないためだ。それは正しいことか?よその村から魔法使いを奪っていることになるんだぞ」
テオは続く言葉が見つからなかった。どこかで得をすれば、誰かが損をする。そこに正しさを照らし合わせて考えれば、自分がいかに浅はかなことを言っているかを思い知らされるからだ。
「テオ、正しいことをしたいと言うお前の願いは高潔で素晴らしいものだ。しかしな、一度村の外に出て魔法を学べば、必ず魔法使いの事情に接することになるだろう。儂はそれが、とても高潔なだけのものとは思えん。綺麗事が通用しない時、思い通りにならない時、お前はどうする?シズナさんの旅の目的が、お前の理想とは違っていたらどうする?旅に出て遠い地に行き、やっぱり帰りたいと泣きついたところで簡単には帰れないのだぞ」
サンチョはそうテオを諭した。それはすべてテオを思っての言葉だった。テオは村から出たことがない少年で、その価値観はあまりにも無垢で、夢は真っ直ぐ過ぎた。
否定するべきでもないが、安易に肯定してもいけない。村でテオの成長を見守ってきたサンチョだからこそ、ここで厳しく言いつける必要があった。
それでも、少年の夢と覚悟は止まらない。テオはサンチョを見据えて言った。
「村長。俺はその分からないことを知るために旅に出ます。魔法も、魔法使いも、世界との関わりも、内環も外環も、全部全部、自分の目で見て知りたい。何故そうならなければいけないのか、他に方法があるんじゃないか、もっと誰もが納得できるかたちになれるはずだ。すべて戯言で、子どもの絵空事と言われても構わない。やって駄目なら諦めもつくけれど、ここで何もせず諦めたくはないんです」
自分がどれだけ甘いことを言っていたとしても、やらずに諦めるよりやって納得する。まだまだ若く、多くの可能性を持つテオだからこそぶつかっていける力があった。
多くの現実を知り、村を守るために多くを諦めざるを得なかったサンチョには、テオがどれだけ青いことを言っているのか分かる。しかし同時に、自分にはできなかった希望にもなりうることも知っていた。
テオは村の希望。ドラン村の総意として、サンチョは告げた。
「…行くと決めたのなら行くといい。ただし忘れるな。決して楽な道ではないぞ。思い通りにならないことが沢山ある。打ちのめされることもな。それでも行くのだろう?」
「はい!ありがとうございます村長!」
頭を下げるテオのことを、サンチョは心配を隠せない目で見つめた。




