夢を追う覚悟
テオは過去の経験について語った後、シズナに問いかけた。
「シズナさんは、どうして旅をしているんですか?」
旅する魔法使いに二度助けられたテオにとって、同じく旅する魔法使いであるシズナの目的には興味があった。
聞かれてすぐ、シズナは目を伏せた。それを見てテオは、聞いてはいけないことだったかと慌てた。
「ごめんなさい。…聞かれたくないことでしたか?」
そう聞いて落ち込んだテオを見て、シズナもまた慌てた。すぐにわたわたとした身振り手振りで、何とか場を和ませようとした。
『違うんです。聞かれたくないというわけではなくて、その、少し恥ずかしいんです』
「恥ずかしい?」
『ええ。実は私も、あなたのお話に出てきた魔法使いの方に似た目的で旅をしているんです』
「似た目的って…」
魔法を見つけることと、人助けのどちらかとテオが問う前に、シズナが答えた。
『私は、各地を巡って魔法の恩恵を受けられない人々の助けになれることを探しています。人助けと言うと大げさですが、私の魔法が役に立つならばと、そう考えています』
テオは驚きを隠せなかった。シズナは自分が出会った《《二人目の人助けの魔女》》だった。しかも前と同じように命を救われている。そんな偶然が二度も続くものか。テオは運命を感じずにはいられなかった。
この時すでに、テオの心は決まっていた。しかしいざ踏み出すとなると勇気が必要だと、竦みもしていた。
真夜中。テオは考え事を続けるあまり寝付けずにいた。音を立てずにそっと歩き家の外に出る。萌芽の節を迎えたばかりの夜はまだ冷える。しかし、その寒さが逆に今のテオには丁度いい熱冷ましとなった。
自宅近くの大きな木に、テオの父が作ってくれたブランコがあった。ジークが我が子を想い作ったもので、テオにとっても両親と一緒に遊んだ思い出がつまった大切なものだった。
それに腰を下ろしたテオは、随分座る場所が小さくなったと感じた。だがすぐに、それが座る場所が小さくなったのではなく、自分の身体が大きくなったのだと気がついた。当たり前のことだったが、今更になって自分の成長を実感した。
日々を懸命に生きてきた。そのことには自負があった。事実として、村人たちもテオの貢献を高く評価していた。なくてはならない存在だと迷いなく言えるほどだった。
しかしテオが、自らのために生きてきたかとなれば、それは違った。父の仕事を引き継いだことを後悔しているわけではない。村人のために働くことを苦に思ったこともない。ただ自分の夢と理想には少しも近づけていなかった。
魔法使いになる方法は知らなかった。村の大人たちもそれを知る由もなかった。内環諸国の情報など殆ど入ってくることはなく、村に負担を強いる魔法使いのことなど、詳しく知りたいとすら考えない。
村人たちはテオの夢を否定することもなかったが、応援することもなかった。できなかった。したくなかったとも言えた。テオが魔法使いのことに触れる機会はとても限られていた。
だが急激に事情が変わった。自分が目標とする魔法使いと同じ志を持つものと、またしても出会い命を救われた。こんなことはもう二度とないことは、学のないテオでも分かっていた。
「俺を…旅に連れていってください…あなたの…弟子にしてください…」
テオは思わずその言葉を漏らした。すぐにでもシズナにそう頼み込みたかったが、ドラン村と両親の思い出を残す家から離れがたかった。テオはこの村が好きだった。
思い悩むテオは頭を抱えた。そんな時、不思議なことが起こった。自分は漕いでいないのに、ブランコが前に揺れたのだ。まるで誰かがテオの背を押したように。
背後から、父と母の懐かしい匂いがした。テオはブランコを飛び降りて急いで後ろを振り返った。しかしそこにいたのは両親ではなく、シズナだった。
「シズナさん、いつからそこに?」
『ごめんなさい。盗み聞きするつもりはなかったのだけど、何だか思い詰めた様子だったから心配になってしまって』
シズナは音に敏感だった。だからどれだけテオが気をつけても、音を聞いて起きてしまった。そして思い悩むテオを心配して様子を伺っていたのだ。
『私の旅に付いてきたいって、本気じゃないよね?』
その発言を聞かれていたことは恥ずかしく思った。しかし、シズナに本気ではないと疑われたことは、テオの迷いを消し飛ばすのに十分な効果があった。
「本気です。シズナさん、俺に魔法のことを教えてください。俺はやっぱり魔法使いになりたい。正しいことができる魔法使いに、俺はなりたいんです。旅の手伝いは何でもやります。お願いします。俺を一緒に連れていってください」
心の内をさらけ出して、テオは地面に膝と手と、頭を下げて額を擦り付けた。これがテオにとって、魔法使いになるための一歩目だった。
シズナは頭を下げ続けるテオの背に優しく手を乗せた。そして視線を顔に向けさせる。答えを待つテオに、シズナは手話で答えた。
『駄目だよ。連れてはいけない』
「どうしてですか!?言われたことは何でもします!!」
『落ち着いて』
「無理です!!」
『君が想像しているより、旅はずっと危険なものだよ。魔法だって、君が憧れているような綺麗なだけのものでもない。だから―』
手話を続けようとするシズナの両手を、テオはがしっと掴んで止めた。そして涙ながらに叫んだ。
「今のままの俺じゃ、それが本当かどうかを知ることもできないんです!!」
シズナはその言葉と熱意に、ぐっと体を硬直させた。テオの目を見るほど、生半可な覚悟ではないことが伝わってきた。シズナは一度頭を振った。
『手、離して』
「あっ、ご、ごめんなさい」
『旅も当然危険だけど、私と一緒にいることも危険だよ。私はあなたに話していないことが沢山ある。そしてそれを話すこともないかもしれない。そんな人を信用できる?命をかけられる?』
「できます!!」
『どうして?』
「あなたは俺を助けてくれた!!それがすべてです!!」
テオには分かっていた。あの場において、シズナがテオを助ける理由などないことを。死なれたら寝覚めが悪いかも知れない。放っておけば後々罪悪感を感じるかも知れない。だけど人はそんな妥協に愚鈍になれる。テオはそれを身をもって知っていた。
仕方がない。なれるわけがない。そんなチャンスはない。そうやって言い訳を重ねてきたテオにはそれが分かっていた。見捨てられるものを見捨てなかった。それは信ずるに値する正義感だと、テオは直感的にそう感じていた。
シズナとテオは、その後黙ったまま互いの目を見つめ合った。探り合うように、分かり合うように、視線を交差させた。そしてシズナはテオに伝えた。
『考えさせて』
「はい!!」
テオの返事に迷いはなかった。
ベッドに戻ったシズナは、考えると返事したことを後悔していた。本当なら問答無用で断らなければならなかった。しかしそうすることができなかった。
必死な様子のテオを見て、シズナは過去の自分を思い出してしまっていた。学びたいと懇願した経験。必死だった心境。魔法は言葉を持たないシズナにとって、もっとも縁遠くて、本来習得することは不可能なものだった。
それでもシズナは魔法を求めた。それは今のテオの想いと似ていた。状況は違えど、欲する心は同じである。ならばテオにも機会が与えられるべきだとシズナは思った。
しかし自分と一緒にいることの危険性を考えると、とてもではないが連れていけない事情があった。だが放っておけないという葛藤もある。
テオの今後を考えると、今のままでは間違いなく魔法使いになる道はない。シズナはどの魔法学校にも近づくことができない。他の魔法使いや魔女にテオを任せたりもできなかった。
シズナが連れていかなければ、テオは今後ドラン村でずっと木こりをして暮らす。魔法使いになる夢は諦めざるを得ないが、安全に生きることができる。しかしそれは、テオの可能性を完全に閉ざすことになる。あまりにも残酷だとシズナは思った。
知りたいと願う心。こうなりたいという欲求。なりたい自分を夢見る想い。それを否定される悲しさと絶望をシズナは知っている。最初から可能性がないと、現実を突きつけられることの不条理さ。それをシズナは知っている。
ならば自分にできることは。シズナは覚悟を決めた。テオとの出会いに運命めいたものを感じているのはシズナも同じであった。テオはいわば、同じ手話を解するものである。そして魔女に偏見を持たない、稀有な存在であった。
テオに本当の覚悟があるならば、シズナはそれに応えようと思った。




