憧れるもの
テオはドラン村の集会場で聞いた話を、そっくりそのままシズナに話した。話していいか迷いはしたが、この事実を知らせないと話が進まない。テオはそう判断した。
話を聞き終えたシズナは、俯いたまま少しの間考え込んだ。そして顔を上げると、素早く手を動かした。
『不愉快に思うかもしれませんが、ドラン村と魔法使いの関係性は珍しくありません。もっと酷い場合、魔法使いがマナの調整をすると約束して料金を徴収し、そのまま放置されて約束が果たされないということもあります』
それを聞いたテオは眉を顰めた。
「そんなの詐欺じゃないですか。どうしてそんな酷いことを…」
憤るテオに、シズナは悲しく眉尻を下げた。
『これは私の考えですが、魔法使いは、自分に特別な力があると驕っているからだと思います。しかしこの考えは、あながち間違いとも言い切れません』
「間違いじゃない?」
『はい。魔法使いに特別な力があることは確かなことです。マナを操ることで都合のよい結果をもたらす。この技術と知識は誰にでも与えられるものではありません。才能と研鑽なくして魔法は成り立たない。魔法を使えることは、本当に特別なことです』
才能と研鑽なくして魔法は成り立たない。つまり魔法使いになるだけの道のりに、多大な努力が必要なのだとテオは理解した。
「でも、どうして苦労して手に入れた力を、人のために使おうとしないんですか?」
テオの質問は純粋なものだった。ドラン村で育ち、両親を早くに亡くしたテオにとって、協力し合って生きることは当たり前のことだった。
人には出来ないことが出来る。その力を人のために使わないという選択肢がテオにはなかった。そこに決定的な考え方の差があった。
『あなたの考え方は素敵です。私も皆がそうあるべきだと思います。だけど魔法使いになるためには、激しい競争を勝ち抜く必要があります。内環諸国には大小様々な魔法学校がありますが、実際に重用されるのは四大魔法学校に属するか卒業した魔法使いだけです』
「四大魔法学校?」
『はい。カント・レギウムのカント・レギウム大魔導院。アウレリア王国のセレスティア魔法学園。森域連合のエルシルヴァ樹学校。ノクディシアの黒曜の尖塔。これらを四大魔法学校と呼び、ここに所属できなければ魔法使いとして大成することはできません』
シズナが上げた国名を、テオはまったく知らない。そもそも魔法使いになるための学校があることも知らなかった。テオにとってシズナの話は、どこか違う世界のことを聞いているかのようだった。
「ええと…ええと…つまり、その、魔法使いになることも難しくて、そこから、ううんと、仕事?にすることも難しい、…ということですか?」
『大まかに、その認識で間違いはありません。そして悲しいことに、だからこそ魔法使いたちは優越意識が強くなります。自分が他の人よりも優れていると、信じて疑うことがないんです。優れた力はふさわしい場所とふさわしい人々にのみ使われるべき。そう考える人は多いです』
魔法使いが傲慢になる理由を説明するシズナは、淡々としていたが徐々に気落ちしていくのを隠せなかった。
一方テオは戸惑ったままだった。魔法使いになることを目指して努力した人たちのことを考え、その出発点に思いを馳せた。
何故魔法使いになろうと思ったのか。それは他の誰かのためではなかったのか。人より優れた力を持ち、人を虐げるためにその力を欲したのだろうか。
分からない。テオには何も分からなかった。しかし、魔法使いが嫌われる理由の根底を知った。納得はしなかったが、事実を受け入れた。
『私からも聞いていいですか?』
シズナに問われ、テオは頷いた。
『あなたはどうして、魔法使いのことを知ろうと思ったのですか?』
「それは…」
『言いにくいのなら無理に言わなくても―』
「いえ、そうじゃないんです。だけど、その、笑わないでくれますか?」
笑わないでくれるか。その問いが意味するところがシズナには分からなかった。しかし、テオを貶めるようなことはしないと、強く頷いてみせた。テオは言いにくそうに何度か視線をそらした後、恥ずかしげに小さな声で言った。
「俺…その…村の木こりが何を言ってるんだって思われるかもしれないけど。…魔法使いになりたいんです。昔から、俺の憧れなんです」
テオの告白に、シズナは笑うことも驚くこともなく、ただ無表情のままに見つめた。
暫しの沈黙が続き、シズナが動いた。
『どうして魔法使いになりたいんですか?』
それはシズナの純粋な疑問だった。内環諸国から遠く、むしろ虐げられる立場にある村の子どもが、何故魔法使いに憧れを抱くことがあるのかと、自らの経験も踏まえてそう思ったからだ。
「…俺、実は魔法使いに助けてもらうの、初めてじゃないんです。シズナさんで二人目で、その時はもっと年上の男の人でした」
『何があったんですか?』
「俺はずっとこの村で木こりをしてます。木を切って、それを薪にして売る。父さんの仕事を手伝っていたから、そのまま引き継いだんです。でも子どもの力で出来ることは限られている。それでも俺は働きたかった」
『どうして?』
「この村に居てもいいって思ってほしかったんです」
その言葉はとても真剣で、シズナにとっては衝撃的だった。《《そんなことを子どもが気にしなければならないのか》》、村の事情を知らないシズナにとって、それは残酷に思えたのだ。
そんなシズナの表情を見て、テオは何を考えているのかを察した。そしてすぐに訂正を入れる。
「別にすぐ村から出されて、口減らしされるわけじゃあないです。そんなことをしてたら、村からすぐに人が居なくなっちゃう。でも、俺の場合、ちょっと事情が違ったんです。俺の両親は耳が聞こえなかった。どうしてもそれは、悲しいけど不利になります」
テオの両親はろう者であった。父のジークはテオと同じく木こりをしていた。腕はよく、大工仕事もできた。テオに遺した家もジークが一から建てたものだった。
母のメイアは木工が得意であった。日常生活に使う道具をジークが切り出した木材から作り、それを生計の足しにしていた。
非情な話だが、ハンディキャップを背負ったテオの両親が村で一定の地位を保てていたのは、専門的な技術を持っていたからだった。特に山林の手入れができるのは、とても貴重な人材だった。
それが無くなった時に、自分が村の中でどういう立場になるのか。子どもながらテオは気にかかっていた。テオは両親と違い耳が聞こえた。だからいつも村人の通訳をしていた。橋渡しの役目を担っていたからこそ、両親の死によって村人に生じた微妙な空気の変化を敏感に感じ取っていた。
「だから俺、まだまだ自分には無理だって分かってる木を切ろうとした。俺には通訳以外の仕事もできるって証明しようとした。結局それは、俺のただの勇み足で、村の人たちは俺にそんなことをしなくてもいいって本気で言ってくれていたんだけど、俺は分かってなかったんです」
シズナは少し間を置いてから聞いた。
『それでどうなったの?』
「もう少しで木の下敷きになって死ぬところでした。迫りくる木を前にして俺はうずくまった。だけどその木は俺の上には倒れてこなくて、代わりに雷のような轟音が響いた。びっくりして顔を上げたら、粉々になった木の破片だけが降ってきたんです。そして俺のそばには、杖を空に向けて立つ魔法使いがいました」
ローブを着た男性は杖を仕舞うと、うずくまるテオを掴んで引っ張り上げた。そしてテオが伐採の時に負った怪我を魔法で治すと、しゃがみ込んで子どものテオの目をしっかりと見つめて言った。
「思い上がるな小僧。何もかも、始めは出来ないことが当たり前だ。成したいことがあるのなら、近道をせず、少しずつでも着実に前に進むことだ」
テオはその時手を置かれた右肩を触りながら、その言葉を口にした。眼差しは、大切な宝物を慈しむようだった。
「それからその人は、暫く村の近くの山に滞在しました。魔法を使って村人たちからは姿を隠して。俺は仕事で山に入ると、その人の所へ通いました」
『通った?何故?』
「父がしていた仕事の内容は見て覚えていたけれど、何故その手順が必要なのかとか、伐採する木の見極め方とか、細かなことは知らなかったんです。その人は、俺にそういうことを教えてくれた。今の俺に何が出来るのかを教えてくれたんです」
テオはそうして今の仕事を覚えた。テオが一通りの仕事ができるようになったことを見届けると、魔法使いはそろそろここを発つとテオに告げた。
「俺はその時、結局最後まで名前を教えてくれなかったその魔法使いに聞きました。これからどこに行って何をするのかと。その人は教えてくれました。旅をしながら、真に世界の役に立つ魔法を探していると。人助けはついでの趣味のようなものだと言っていました。俺はその時初めて、その人が笑った顔を見ました」
村の役に立ちたい。人の助けになりたい。テオの思想とその魔法使いの目的が重なった瞬間だった。名も素性も知らぬ「人助けの魔法使い」に、強く心を惹かれた。こうしてテオは、魔法使いになることを夢見るようになった。
村と魔法使いの真実を知った今も、その憧れにいささかの曇りもなかった。だが、シズナの話を聞き、このままこの村で木こりを続けていても、魔法使いにはなれないという現実を知った。
自分はもっと世界を、魔法を知らなければならない。そうテオは強く感じた。




