知りたいこと
テオはシズナの待つ自分の家に戻った。あれから村長のサンチョは、少しの間ならば村にシズナが滞在してもいいと認めた。それが恩人に対する最大限の譲歩であることを知ったテオは、素直に喜べない複雑な思いを抱いた。
扉を開けて目に入ってきたのは、荷物をまとめてすぐにでも出ていける準備をしていたシズナだった。テオは慌てて聞いた。
「ど、どうして荷物をまとめているんですか?まだ何もお礼できていないのに…」
その言葉に、シズナは手早く手話で答えた。
『私がいると、村の迷惑になるのでしょう?』
「…そんなこと」
そんなことありません。テオはそう自信を持って言いたかった。しかし、上手く取り繕えず言い淀むテオに、シズナは優しく微笑みかけて言った。
『大丈夫、慣れています』
それは悲しすぎる笑顔だとテオは思った。シズナの表情は、本当に心の底からそんな扱いに慣れていると訴えかけてくるものがあった。会ったばかりでシズナのことを全然知らないテオにも、それがはっきりと伝わった。
『さようなら。森の道にはくれぐれも気をつけてください』
そう告げて家を出ていこうとするシズナのことを、テオは勇気を振り絞って声を張り上げ引き止めた。
「待ってください!!」
その剣幕に動揺するシズナは、困った顔で首を傾げた。
『どうかしましたか?』
「…村長が、少しの間だけなら村に滞在していいと言ってくれました。俺も、命の恩人であるあなたをこのまま黙って帰したくない。せめて二晩、いや、今晩だけでも、俺にお礼をさせてください」
お願いしますと頭を下げるテオに、シズナは更に困った顔を見せた。しかしその様子が真剣そのものであることを感じ取り、シズナはテオの肩に手を置いて顔を上げさせた。
『では一晩だけ、お言葉に甘えさせてください』
シズナのその言葉に、テオはぱあっと表情を明るくした。そしてもう一度頭を深々と下げて、ありがとうございますと叫ぶように言った。不思議な状況だなと、シズナは笑みを浮かべた。
お礼をすると息巻いたテオだったが、いざとなると何をするべきか迷った。金や物を渡すだけでは、自分の感謝の気持ちを伝えきれないと考えた。それに、村と魔法使いの関係にどんな真実があったとしても、シズナはテオが憧れを抱く魔法使い(正確には魔女)だった。テオはシズナから魔法の話を聞きたくて仕方がなかった。
そこで思いついたのが、シズナを自宅に泊めることと、手料理を振る舞うことだった。ドラン村近くに大きな街はなく、村はあっても小規模で、人を泊めるような宿屋などはない。それはここ、ドラン村も同じことだった。このままでは確実にシズナは野宿になる。命の恩人に野宿はさせられないとテオは思った。
「シズナさん。小さくて狭い家で申し訳ありませんが、よかったら泊まっていってください。俺は料理の腕に自信があります。宿と食事。それがお礼になりませんか?」
どうしても礼がしたいテオは、懇願するようにシズナを見つめた。礼が金銭の類であれば断ろうと思っていたシズナだったが、それならと頷いた。
「よかった!じゃあ、こっちに来てください」
了承をもらったテオは、シズナをある部屋に案内した。広さはそこまででもないが、人が二人は眠れるベッドがあった。寝具はきちんと洗濯されていて、部屋も掃除が行き届いていて清潔だった。
「ここ、亡くなった両親の部屋だったんです。自由に使ってください」
『いいんですか?』
「ええ勿論。掃除だけは欠かさずしていたけど全然使ってなかったから、お客さんが来たとなれば部屋も喜ぶと思います。俺は少し出てきます。遠慮せずくつろいでいてください」
シズナが引き止める間もなくテオは足早に家を出ていった。シズナは内心、宿をもらえたことにほっと胸を撫で下ろしていた。屋根があるところで寝られることも嬉しかったが、自分が魔女であることを明かした上で、受け入れてくれることが非常に珍しかった。
歳の近い男性の家に泊めてもらうことはいささか不用心かとシズナは思ったが、テオから邪なものは感じられなかった。テオから感じ取れるのは、真っ直ぐで純粋な心と誠実さばかりで、魔女相手に稀有な子だとシズナは思っていた。
シズナはベッドに腰を下ろすと、そのまま体を横たえた。木のいい香りがする部屋だった。心がとても落ち着いた。
その姿勢のままシズナは考え込んだ。テオは両親を亡くしたと聞いた。状況は特殊だが、シズナも父とは縁を切り、母は亡くなっていた。一人であることの寂しさを知るシズナは、それでも気丈に振る舞うテオの姿勢に感心していた。シズナは母親の死を未だに引きずっている。一方テオは、そんなことを微塵も感じさせなかった。
シズナは少しずつ、テオに興味を抱き始めていた。手話が通じ、魔女、魔法使いに偏見を持たず、忌避するどころか積極的に関わろうとしている。
テオは、旅をして様々な国々と地域を巡るシズナが初めて見た感性を持つ人間だった。テオは明らかに自分の持つ何かに強く期待をしているとシズナは感じた。それが何なのか、シズナは気になりだしていた。
ノックの音が聞こえてきて、シズナは大きな目をパチっと開けた。自分があのまま寝てしまったことに気が付き、久しぶりに熟睡することができたことに驚いた。ぱっぱっと手早く身なりを整えると扉を開ける。
「シズナさん。ご飯できましたよ、食べませんか?」
テオはシズナが眠っている間に、村を回って食材を集めていた。漂ってくる鼻腔をくすぐるたまらなくいい香りが、シズナのお腹をぐぅと鳴らした。
顔を真っ赤にして恥ずかしがるシズナに、テオはいたずらっ子のように微笑んで言った。
「お腹がすいているようで何よりです」
今度は耳まで赤く染めたシズナが、ぷくっと頬を膨らませて『意地悪』と手早く言った。それを見てテオは、やっぱりいたずらっ子のように微笑んだ。
食卓に並べられた料理は、野菜がたっぷりと入ったスープと、野ウサギの香草焼きだった。スープは見ているだけで温かな湯気を立たせ、香草焼きの下には、脂と肉汁を受け止めて吸う黒パンが敷かれていた。
シズナは野ウサギの肉にナイフを入れた。じっくりと火が入れられた肉は柔らかく仕上がり、野生肉ならではの癖のある香りは、テオが森で摘んできた香草のおかげで上手にまとめ上げられていた。肉は噛み締めるほどに旨味と香りが口の中に広がり、シズナは思わず口角上がった。
塩気は物足りないが、野菜スープは野菜の甘味が溶け出していて優しく胃を温める。次々と肉を口に運んでも、その度に野菜スープがすっきりと流し込んでくれた。敷かれた黒パンは、固さを感じさせないほど脂と肉汁の旨味を含んで柔らかくなっていて、食べ応えと満足感を与えた。
こんなに美味しく、食事を楽しいと感じたのは久しぶりだとシズナは思った。そして同時に、これだけの料理を一人で用意したテオに感心していた。
『これ本当にあなたが一人で作ったの?』
失礼を承知の上でシズナはテオに問うた。それを見てテオは頷いて答える。
「はい。お口に合いましたか?」
『とても美味しかったです。感動しました』
「そこまで言ってもらえると、俺も頑張ったかいがあります。これがお礼になりますか?」
シズナはとても深く頷いてから手を動かした。
『大満足。むしろ、申し訳ないくらい』
「ふふっ、ならよかったです」
嬉しさのあまり笑いをこぼしたテオ。一通り料理を楽しんだ後、テオは自家製の茶葉でお茶を淹れた。静かで穏やかな時間が二人の間に流れる。
しかし、その雰囲気を壊してでも、テオはシズナに聞きたいことがあった。ぐっとお腹に力を込め、覚悟を決めてテオは話を切り出す。
「シズナさん、聞いてもいいですか?色々な場所を旅しているシズナさんなら分かると思うんです。…あまり気持ちのいい話にはならないのですが」
いざ覚悟を決めたとはいえ、ドラン村での魔法使いの扱いが、他でも同じなのかを聞くのは勇気が必要だった。テオはドラン村以外の環境を知らない。しかしシズナは、自分がいると迷惑になると言い。そのことに慣れているとも言った。テオはそれが気にかかった。
もしかしたら、魔法使いは他の村や街でも、同じように煙たがられている存在なのかもしれない。それは魔法使いになることを夢見るテオにとって、残酷な真実になる。
それでも聞きたい。そうテオは思った。そしてそれが真実ならば、何故魔女のシズナが旅をしているのかも気になった。そんな扱いを受けてなお、世界を旅する理由は何か。テオはシズナに興味を抱いていた。
『私の知っていることでよければお答えします』
「っ!はい!お願いします!」
シズナは真っ直ぐに見つめてくるテオの瞳を見つめ返した。空気がぴしりと、緊張感を帯びた。




