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言無しの魔女  作者: ま行


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ドラン村と魔法使い

※シズナが筆談及び手話で会話していることを分かりやすくするために、この話以降シズナの発言を『』で表します。




 テオが見たこともない美女を連れて帰ってきたことに、村人たちはざわついた。しかし、何かと争った後の様子であるテオを見て、すぐに心配ごとはそちらに移った。


「大丈夫かテオ!?」

「無事か?怪我はないか?」

「魔物に襲われたのか!?魔物よけはどうした?」

「傷があるならすぐに見せるんだよ!手当が遅れたら死んでしまうことだってあるんだ!」


 村人たちから質問攻めにあうテオは、困ったように眉尻を下げた。しかし、その温かな心遣いを嬉しく思い、優しく微笑んでみせた。


「俺は大丈夫。道中で、三匹のワーグに襲われたんだけど、この人が、世界を旅して回っているシズナさんが助けてくれたんだ」


 テオがそう言うと、村人たちは次々とシズナに頭を下げた。シズナがあからさまに困る様子を見せても、村人たちの感謝は止まらなかった。


「ありがとうシズナさん。テオは村の希望だ。助けてくれて本当にありがとう」

「私らが不甲斐ないばかりに、テオにばかり負担をかけているんだ。魔物に殺されたなんてことになったら、亡くなったあの子の両親に顔向けができないよ」

「見ず知らずの人だろうに。本当にありがたいことだ」


 口々に感謝の言葉を述べる村人たち、しかし、一向に何も言わないシズナを不審に思い始めるものもいた。テオはそれを見かねてすぐさま間に入ると、事情を説明する。


「皆、そんなにわーわー言ったらシズナさんが困るだろ。それに、シズナさんは訳があって話せないんだ」

「話せない?どういうことだテオ」

「父さん母さんと違って耳は聞こえるけど、声が出せないんだ。だからそんなにいっぺんに色々言われると、答えきれなくて困らせるだけだよ」


 道中でシズナから、生まれつき声が出せないことを教えてもらっていたテオは、そのことを村人に説明した。一度はそれに納得した村人たちだったが、それが新たな疑問を生むことになった。


「しかしお嬢さん。あんた一体どうやってワーグを倒したんだい?」


 どう見ても、シズナは戦いを生業としているものではないことが分かる身なりと雰囲気をしていた。大きな肩がけ鞄はあるが、それ以外に武器などを所持もしていない。


 テオも自分の命が助かったことに気を取られていて、シズナがどんな方法で助けてくれたのかを聞き忘れていた。外環諸国で使われる銃などの武器を使ったのかと考えたが、ワーグは一瞬で跡形もなく消滅していた。それだけの威力が出る物を使っていたとしたら、とんでもない発砲音が響いていたはずだった。しかもシズナは同時に二匹も仕留めている。疑問は深まった。


 シズナは一瞬悲しげに目を伏せた。しかしすぐに顔を上げて、紙にさらさらと文字を書き込んだ。そこに書かれた文字を見て、村人たちの顔色が変わった。


『私は魔女です』


 その言葉の受け取り方は、テオと村人たちとでは雲泥の差があった。




 シズナは一旦、テオの家に置かれることになった。そして村の大人たちは集会場に集まる。その場にはテオも居た。本来なら呼ばれない立場だが、シズナを連れてきたのはテオなので、呼ばないわけにもいかなかった。


「テオ。悪いがあの方にはこの村から出ていってもらう」


 村長のサンチョは無慈悲にそう告げた。当然ながら、命を助けられたテオは猛反発する。


「何を言っているんですか村長!そんな恩知らずな真似できません!」


 その抗議にも、村長サンチョを始め他の村人たちは動じなかった。


「恩知らず、恥知らず、大いに結構。魔法使い、魔女、どちらも村の毒だ。お前を助けてくれたことは感謝している。だが、それとこれとは話が別だ」

「そんなッ…どうして…」


 テオは悔しさと恥のあまり机を叩いた。何故大人たちがシズナを拒否するのかが、テオにはあまりにも不明瞭だった。


 そもそも村には定期的に魔法使いが訪れている。そう頻回ではないが、ドラン村周辺のマナを調整するために、内環諸国の国から派遣されてくるのだ。


 派遣されてきた魔法使いが村に滞在する時には、村中を上げてその人を歓待するのが習わしであった。扱いの差に納得できないのは、テオにとって当然のことだった。


 しかし、沈黙を決め込んでいた村人の中から声を上げるものが現れた。テオが薬を買ってきたヒルダである。


「村長。少しだけ、少しだけでいいから、あの子を村に迎えてやってはくれんかね。テオは、この子は私のために薬を買ってきてくれた。薪の売上を減らしてでも、私の病気のために薬を買ってきてくれたんだよ。あの子は魔女かもしれないが、そんな優しいテオを助けてくれたんだ。私だって村の女だ、あんたの決断を支持している。しかしテオのことを考えてやってはくれんか」


 ヒルダの言葉には皆思うところがあり黙り込んだ。村長の考えも気持ちも理解できていて、それが村にとって最善であると分かっている。だが、シズナを追い返すという行為がいかに恥知らずかも分かっているからこそ言葉が出ない。


 当然一番苦しく思い悩んでいるのはサンチョである。村長という立場は、村人全員の安全を守る必要がある。自分の決断が村人を危機に晒す可能性を考えると、すぐに頷くような真似はできなかった。


「村長、どうしてシズナさんを村に入れることができないんですか?今まで他の魔法使いには、そういう対応なんてしたことがないでしょう。シズナさんの何が他の魔法使いと違うんですか?」


 テオは自らの疑問を素直に投げかけた。すると村人の一人が憤り、勢いよく立ち上がった。それはまるで、先程のテオのようだった。


「何も知らないくせにッ!!」


 大人気なく声を荒らげた村人のことをサンチョが「やめなさい」と制した。それでも溜飲が下がらず村人は「でも」と食らいつくが、サンチョは険しい目で睨みつけた。


 どうして急に怒り出したのか分からないテオは、一転して黙り、ことの成り行きを見守る他なかった。村人たちは一様に難しい顔をしている。中には気分を悪くして、青白い顔で頭を抱えているものもいた。


 そんな中、サンチョが重く口を開いた。


「…テオや。お前は村のことを想い本当によく働いてくれている。早くに両親を亡くしてしまったのに、努めて明るく振る舞って、我々に心配をかけまいと健気に気遣ってくれているのも分かっているよ。お前はこの村の希望で宝だ。儂ら全員がそう思っている。…だから魔法使いに強い憧れを抱くお前に、この話はするまいと心に決めていた。しかしこうなっては、話さぬ訳にはいかないだろう」


 そしてサンチョは、ドラン村と魔法使いの隠された関係性を話し始めた。




 ドラン村は周辺地域を支配下に置く、オルラン領に属していた。ここを治めるオルラン子爵は中々の人格者であり、善政とまではいかずとも領地をよく治めていた。


 致命的なのはオルラン領が戦略的な要衝になく、ここを任されているのは閑職と同義であることだった。オルラン子爵の権限は弱く、上の意向に逆らうことはおろか、意見を述べることも不可能に近い。


 オルラン子爵が自ら抱えている魔法使いの数は少なく、重要な地域の仕事を任せることで手一杯であり。僻地にあるドラン村には、協力要請を受けたやる気のない魔法使いが、渋々派遣されてやってくるのである。


 魔法使いの力に依存しないと、完全に生活が立ち行かないということはない。だが、土地のマナを調整するだけで生活の質は段違いに上がる。作物は病気もせず収量が増える。周辺の魔物を遠ざけ村人の安全を守り、野山の動植物を保護することができた。マナを操ることができる魔法使いの力は、それだけ絶大であった。


 その事実を魔法使いは理解していた。僻地にわざわざ赴き、人々の生活を豊かに《《してやっている》》立場を利用して、贅を尽くし法外な追加料金を請求していた。


 許される行為ではないが、咎められるものもいない。派遣されてくる魔法使いの機嫌を損ねてへそを曲げられては、マナの恩恵に預かることができない。そうなれば、村がどれだけ被害を被るか分からなかった。


 魔法使いの協力要請にも金がかかる。少ない機会を絶対に逃さないためにも、村人たちは、魔法使いの言いなりになる以外の道がなかった。


 そんな事実を今まで知らなかったテオは絶句した。それを見てサンチョは、気の毒そうに頭を振った。


「魔法使いがおらんと儂らの生活はもっと劣悪になる。しかし魔法使いがおっても、それはそれで良いこととは儂らには言えんのだ。奴らは自分たちがいかに優秀で、変えの効かない特別な存在であると熟知している。儂らが逆らえないこともな。だから魔法使いは村の毒なのだ。飲まざるを得ないが、飲みたくもない毒。テオ、お前には酷な話だが、儂らは全員、そう考えとる」


 村長たちの気遣いは、間違いなくテオを想ってのことだった。少年の憧れを無碍にできないと、隠し通した真実だった。テオは魔法使いと村の本当の関係性を知り、悔しさのあまり握りしめた拳から血が流れ落ちた。

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