コブ村の秘密の場所 その2
タテベの話にあった伝説を詳しく知る人物が村に戻ってきた。テオとその人の邂逅は、彼にとって意外な場所で行われた。
「あら!あなたがお父さんが知らせておいてくれたテオちゃんね!私はヤチヨ、この人の妻です」
テオがタテベの方に顔を向けると、彼はふいっと顔をそむけた。しかしテオのじとーっとした視線に負けて顔を戻す。
「…紹介するのが遅れたな。伝説に詳しい人ってのは、うちの母さんのことだ」
「そういうことだったら早く教えてくださいよ~」
「ごめんなさいねテオちゃん。この人って顔に出さないけど、すっごく恥ずかしがり屋なのよ」
夫のタテベと比べると、妻のヤチヨは年齢を感じさせない可愛らしい見た目で、とても明るくて愛嬌のある性格をしていた。おしゃべりが好きで、社交的なテオとはすぐに打ち解けた。
「実は私、少し前に心臓を患ってしまってね。ここ数日の間に村を離れていたのは、その治療のために街の病院へ行っていたからなのよ」
「それって大丈夫なんですか?」
「ええ、ええ、大丈夫に決まってるわよ。私はもう十分長く生きてきたから、こうして体に不調が出るのは当たり前のことだわ。私はいいって言ったんだけどね、お父さんがいいから病院に行ってこいって治療費を出してくれたのよ。そのことが嬉しくって甘えさせてもらったの」
流石ですね。この一言をタテベがテオがかける前に、彼はふんっと鼻を鳴らしてまたそっぽを向いてしまった。あまりこの話題に触れると気分を害してしまうと判断したテオは、早速ヤチヨにコブ村を訪れた理由を説明した。
「…懐かしいわ。私もテオちゃんと同じくらいの歳の頃、この伝説の真相が知りたくて、あちこちを駆け回っていたのよ。世界樹へ行くという目的も、船という移動手段も、信じられないことばかりだったから」
ヤチヨは昔を懐かしむよう遠い目をしながらそう語った。彼女もテオやシズナと同じように、伝説の真偽を追っていたのである。
「ヤチヨさんはどうしてこの伝説について調べていたんですか?」
「私はマールリアではなく、別の国の出身でね。エルシルヴァ樹学校って知っているかしら、そこの生徒だったのよ」
「四大魔法学校の一つじゃないですか!」
驚いて声を上げたテオに、ヤチヨは微笑みながら言葉を返した。
「そんなに驚くことでもないわ。確かに学校の名前は有名かもしれないけれど、私も通っている他の子たちも、至って普通の子だったわ。私は魔法学の他に歴史学の研究もしていて、マールリアの伝説のことを知ったのも、研究の一環だったのよ」
ヤチヨはそれから、自分がエルシルヴァ樹学校でしていた勉強や研究について、テオに当時の思い出を交えながら説明をした。
語り口はスラスラと軽快で朗々としており、それが彼女の学校生活がいかに充実していたのかをよく表していた。学校というものに縁遠いテオは、とても熱心に耳を傾けた。
「それで私、フィールドワークでコブ村を訪れたの。お父さんと出会ったのは丁度その時よ。お父さんは村の漁師で、他の人には断られちゃったんだけど、お父さんだけが研究のために船で海に出たいって私のお願いを聞いてくれたの。若い頃のお父さんも、それはもうとっても格好良かったのよ」
「…おい」
自分の自慢話をされるのを嫌ったタテベは、短い言葉でそれを制した。ごめんなさいねとヤチヨは謝ったが、テオは彼の耳が真っ赤に染まっているのを見逃さなかった。きっと嬉しかったんだろうなと、言葉にはしなかったが微笑ましく思った。
「そうして私は、何度もコブ村に通うようになった。お父さんはその度に私の研究と調査に付き合ってくれてね。その後に私はお父さんと結婚してこの村に嫁いできた。それからは子どもの世話やお父さんの漁の手伝いで忙しくして、本格的な調査はやめちゃったんだけど、テオちゃんが知りたい伝説については、コツコツと地道に調べていたの」
「そうだったんですね。でも、それなら…」
「どうかした?」
うつむいたテオが考えていたのは、これがヤチヨの人生をかけた研究であると知ったからだった。だからこそ迷いが生まれた。
「ヤチヨさんが懸命に調べてきたことを、俺が簡単に聞いてしまってもいいのでしょうか?」
テオは素直にそう伝えた。それを聞いたヤチヨは、けらけらと楽しそうに笑った後、優しく微笑んでテオに言った。
「いいに決まってるじゃない。私はね、テオちゃん。とても嬉しかったのよ。この伝説について知りたがる人は全然いなかった。学校にいた時には、研究を散々馬鹿にされたこともあったわ。それでも私は私のやりたいことを貫いてきたし、自分の研究に意義を見出し続けてきた。もうそろそろ人生も潮時かなと思っていた時に、私が知っていることを知りたいって言ってくれる子が現れた。ねえテオちゃん。この話は誰かが伝え聞いてくれないと、私の中だけで終わってしまう話だったのよ、それを未来に繋いでくれそうな子に託すことが出来るのは、本当に嬉しいことだわ」
誰もが忘れてしまうものを、誰かが覚えていてくれる。そのことがどんなに重要なことなのかを、ヤチヨは知っていた。だからテオに調べてきたことのすべてを伝えることに、何の躊躇はなかった。ただただ嬉しい気持ちで一杯だった。
「それじゃあ行きましょうか。お父さん、船を出してくれるわよね?」
「…ああ、準備はしておいた」
「えっ?一体どこに?」
「ふふっ、それは行ってからのお楽しみよ」
あれよあれよと、テオはタテベの小舟に乗せられた。そしてヤチヨたちと一緒に、コブ村から沖へ出た。
小舟に揺られながら、ヤチヨは説明を始めた。
「テオちゃん。あなたが調べている伝説のことだけど、本当のこともあれば間違っていることもあるの。伝説にある船のそもそもの目的地は、私の調べたところ世界樹じゃなかったの」
「船は世界樹を目指していなかった?では何が目的だったんですか?」
「当時の魔物討伐船だと、私は推測しているわ。それに船はコブ村から出航したものではなくて、マールリア首都の主要港から出航したものよ。コブ村の港は規模が小さくて、漁も安全の確保された海域で細々と行っていたものだから、魔物討伐に使う大きな船は誰も所持していなかったの」
「そうか。港が小さくて水深も浅いから、そもそも大きな船はコブ村の港に入港出来なかったんですね」
「そうそう、その通りよテオちゃん。世界樹までの長く険しい航海に耐えうるような船は、コブ村には存在していなかった。でも、船の伝説はコブ村にだけ伝わって残っている。さっきの私の話と合わせて考えると、そこからどういう答えが導きだせるかしら」
テオはヤチヨから質問されて考え込んだ。伝説に残っている船は世界樹を目指したものではなく、マールリアでは一般的にある魔物討伐船であった。その船は、コブ村の小さな港にはそもそもとめられない。当然、出航することも出来ない。遠く世界樹に辿り着ける巨大で頑強な船ならなおさらだった。
それなのに世界樹へ行って帰ってきた船の伝説は、コブ村にしか残っていない。帰ってきた船は魔物討伐船で、コブ村とは縁のないものである。入港も出航も出来ないはずの船が、コブ村に無事に戻ってきたという伝説は、なんとも違和感のあるものだった。少なくとも、何か目的をもって世界樹へ行き戻ってくるのなら、首都の主要港へ戻るはずである。
「…もしかして、本当にもしかしてですけど。その船は、何らかの理由で操縦不能に陥った漂流船で、それが世界樹を経由してからコブ村に流れ着いた…とか?」
つまり船は当初の目的を果たすことが出来なくなり、その後の動きはすべて偶然が引き起こしたことではないか。それがテオの推理だった。これを聞いたヤチヨは、今にも小躍りしそうなほど喜んで、パチパチと拍手をした。
「すごいすごい!テオちゃんはとても賢いのね!私の予想も概ねテオちゃんのものと同じよ。恐らく船の乗組員は、漂流前に海の魔物にやられて全滅してしまった。魔物は人や生き物を積極的に襲うけど、無人の船ならば襲いかかる確立は下がるわ」
「しかも広い海にただ漂っているだけの船は、魔物たちにとって何の脅威にもならない。よほど目障りでもなければ、積極的に排除する意味もない」
「そういった偶然が重なって船は見逃され、漂流の果てにやがて世界樹の元へたどり着いた。だけどそこから船はまた海を漂流して、最後にはコブ村に流れ着いた。でもこれだけだと、世界樹へ行って戻ってきた船と結論付けられたのはおかしいわよね?」
「はい。証拠が何もありません」
「その通り!だけど、伝説になるほど特徴的な要素が、流れ着いた船にはあったのよ。通常の漂流船では考えられないほど、不可思議な特徴があったとしたら、それを見た人たちはどう考えるかしら?」
「当時の人がその不可思議な特徴を、未知の存在である世界樹と結びつけて考えてもおかしくはない。つまりそういうことですか?」
ヤチヨが満足そうに頷いた時、タテベが「着いたぞ」と言った。そこは一見すると、何もない入り江に見えた。しかし船がその入り江に侵入した瞬間、今まで見えていなかったものが突如として姿を現した。
全体をきらびやかに光り輝く謎の結晶に覆われた巨大な船が、入り江に座礁していた。流れ着いた船の終着点はここで、この船の姿を見た当時の村人が伝説を作った。それは誰かに語られるまでもなく、その不可思議な船を見た誰しもにそうだと思わせる確かな神秘性があるとテオはそう感じた。




