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言無しの魔女  作者: ま行


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コブ村の秘密の場所 その1

 話は少し戻る。市場で聞いた伝説について調べるために、テオはシズナと別行動を取っていた。元より資料を読んで内容を分析する方では力になれないと自覚していたため、足を使って調べる方がテオの性にも合っていた。


 最初に伝説のことを聞いた市場に向かい、それを知っている人がいないかを尋ねて回った。あまり有名なものでもなく、マールリアでも一部地域の伝説であったため、中々その作業は捗らなかった。


 そこに助け舟を出したのが、市場で元気に声を上げ商売に精を出す魚屋の店主だった。テオが情報収集のため初めに声をかけた人である。


「おーい!テオじゃないか。何だ何だ、お前まーた調べ物してんのか?熱心な奴だなあ!」


 テオはこれ幸いにと、店主にあの時誰が伝説について教えてくれたのかを聞いた。店主自身に心当たりはなかったが、商人同士の強い横のつながりを利用して、情報はあっという間に広がっていった。


 市場中の人々の協力を得たテオは、思っていたよりも早く伝説を知っている人に辿りつくことが出来た。しかしその人も伝説のことを知っていただけで、詳しい内容までは把握していなかった。


 代わりにテオは、その伝説が一番語り継がれている場所、マールリアのコブ村という場所を教えてもらった。規模は小さいがかつては主に漁を営んでいた漁村で、高齢化に伴い漁は廃業したが、代わりに仕入れた魚を干物に加工して生計を立てている。


 国内の移動になら空間魔法の制限はない。比較的高めの料金を支払う必要があるが、空間魔法を活用して作られたポータルステーションを利用すれば一瞬で移動することが可能だった。




 コブ村を訪れたテオ。潮と魚の香りが漂う静かな村で、干物を作るための干し場が多く立ち並んでいた。


 かつては船が多くとめられていた港。船の数はすっかり減ってしまい、あまり遠くまで沖には出られない小舟が数隻あるだけだった。


 その港の片隅に、海鳥に囲まれながら黙々と魚を捌く高齢の老人がいた。非常に慣れた手つきで下処理をし、大量に魚の入った重たいかごをやすやすと運ぶ。年齢をまったく感じさせない働きぶりで、テオは感心して足を止めた。


「…何のようだ?」


 老人は一度もテオに視線を向けなかった。しかし背中に目でもついているのか、テオに気がついて声をかけてきた。低く凄みのある声に一瞬は萎縮したものの、話しかけてきてくれたことを幸いにと、テオは老人の元に駆け寄る。


「こんにちは。俺はテオ、訳あって旅をしています。少しお話を聞かせてもらえませんか?」

「…こんな寂れた村にわざわざ来て、老いぼれに何が聞きたいっていうんだ」


 老人はやはり一度も振り返ることはなく、作業の手を止めることもなかった。よそ者に対する警戒感をこれでもかというほど表していたが、テオは気にせず話を進めた。


「実はこの村の伝説を耳にしまして。知ってますか?世界樹へ行って、無事に帰ってきた船があるって話なんですけど」

「…そんな与太話のことを聞いてどうする?」

「与太話なんですか?」

「そりゃあお前…。まさか、本気で信じてるのか?」


 老人はようやく顔を上げてテオの方を向いた。その表情には、信じられないという感情が顔に書いてあるようだった。


「信じているというよりは、期待しています。だってもしその伝説が本当だったら、世界樹に近づける可能性があるってことでしょう?そう考えるとやっぱりワクワクしますよ」

「…阿呆が。伝説なんざ与太話だし、世界樹に近づけば死ぬだけだ。海の魔物の仲間入りをするだけだぞ」


 老人の指摘は的を得ていた。マナに関する一般的な知識があれば、この伝説がいかに現実味のないものかは言うまでもない。


「でも伝説は残っている。荒唐無稽に思えるこの伝説が、風化せずにこの村に残っている事実が重要だと思うんです。そこにはきっと何かしら意味があるはず。俺はその意味を知りたいんです」


 テオの迷いのない真っ直ぐな言葉は、老人の内心を心底呆れさせた。しかし、テオの気持ちに嘘がないことは伝わった。


「この村に住んでる殆どの奴は、その伝説について詳しく知らねえよ。酒の肴に使われもするが、肝心の内容なんざ知りもしねえ」

「そうですか…」


 落ち込んで肩を落とすテオに、老人は「ただし」と続けた。


「その伝説について、唯一詳しく知ってる人がいる。そいつから話を聞けばいいさ」

「本当ですか!?ぜひ紹介してください!」

「構わねえが、今は村に居ないんだ。後三日もすりゃ帰ってくるはずだ。その時にまた来い」


 老人から約束を取り付けることが出来たテオは、小さくガッツポーズをした。そして頭を下げて礼を言った。


「ありがとうございます!えっと…」

「俺はタテベだ。家はそこのボロ。じゃあな」

「ありがとうございますタテベさん!」


 満面の笑みを浮かべるテオに、タテベはまったく態度を変えることもなく、小さく「おう」と呟いて仕事に戻った。




 翌日。早朝の港で待っていた人物の姿を見て、タテベは呆れて肩をすくめた。


「あっ!おはようございますタテベさん!」


 その人物の正体はテオだった。爽やかな朝の挨拶に対して、タテベは更に頭を抱えた。


「馬鹿かお前は。俺は三日後に来いと言ったはずだ。もしかして話を聞いてなかったのか?」

「いえ、聞いてました!」

「じゃあ何をしに来たんだ」

「貴重なお話を聞かせてもらえるのに、何の恩返しもしないのは我慢出来ません。俺に何か手伝えることがあったら使ってくれませんか?」


 伝説について詳しく聞けるまで、三日間はぽっかりと時間が空くことになる。その間に進められる手がかりもない。そこでテオが思いついたことが作業の手伝いであった。


「力仕事なら自信があります!役に立ちますよ」

「…帰れ。って言って帰りそうにはないな、お前さんは」

「はい!」

「元気良く返事をするな、鬱陶しい。…仕方ない、じゃあそれを運んでくれ」

「分かりました!」


 タテベから指示されたテオは、次々と仕事の手伝いをこなしていった。タテベだけではなく、コブ村に住む人たち全員の要望を聞いて回ってはそれをこなす。そんなことを繰り返している内に、テオはすっかりと村人に馴染んでいた。


 ドラン村でも似たようなことをしていたため、テオにとってこの作業はまったく苦にならなかった。むしろ懐かしさを覚えるほどで、それを嬉しく思っていた。


 よく働いて気が利く若者を気に入らない老人は少数だった。よほど気難しい性格をしていない限りは、テオのような存在はありがたいもので、その気難しい性格をしている人でさえも、彼は持ち前の社交性を駆使して懐に入り込める。


 数少ない村に住む子どもたちの遊び相手もよく務めたので、多忙にしている母親からの評判もよかった。あっという間に村の有名人になっていくテオを、タテベはやはり呆れた様子で見守っていた。




「お前はあれだな、賢いんだか阿呆なんだか分からんな」


 翌日には伝説に詳しい人が戻ってくるということで、テオはタテベの家に泊まらせてもらうことになった。食事の用意は勿論テオが買って出た。食卓に並べられた豪勢な魚料理を目の前にして、タテベは突然そう口を開いた。


「何ですか突然?」


 首を傾げるテオに対して、タテベは深いため息をついた。


「たかが話を聞きたいがために、ここまでする必要はねえだろ。頼んでもねえのに苦労ばっかり引き受けやがって」

「いいじゃないですか。俺はこういうことが好きなんですよ」

「別に個人の趣向にケチつけたかねえんだがな。お前は確か、シズナとかいう師匠と一緒に大層な目的の旅をしてるんだろ?これらからの旅先でもこんなことを続けるつもりか?」


 テオは大まかな旅の目的をタテベに話していた。自分が伝説について詳しく知りたい理由も、そこに含まれていたからだ。


 タテベは話しながらテオの作った料理に手をつけた。口へ運ぶと、ぎょっと目を丸くする。無言のまま、二口目、三口目と食べた後、もう一度話を続けた。


「無駄なこととは言わねえ。だが本当にやるべきことがあるのにこんなことを続けていたら身が持たねえぞ」

「…それはそうかもしれません」


 最初はただの手伝いが、村中の人々の手助けに変わっていた。タテベの言う通り、情報を得るためだけだったら必要のないことだった。しかしテオは頭を振ってから続けた。


「でも俺はこれも必要なことだと思ってます。色んなことがあって旅の目的は変わっていったけど、俺の根っこにあるのは人を助けたり、喜ぶ顔が見たいってことなんです。だからこれも必要なことで、何より俺がやりたいことの内なんですよ」


 魔法使いになるためのテオの旅は、師匠のシズナを隣で支えたいという目標が加わって、紆余曲折合っていつの間にか世界中の賢者を巡るものになった。最初に思い描いていた旅路とは大きく変化したが、正しいことがしたいという目的に変化はなかった。


「俺も色んな経験をして、皆が仲良くとか平等とか、この世界でそういう夢みたいな話は綺麗事だって分かってきました。だけど別に、綺麗事だからやっちゃいけないなんて理由もないって思ったんです。好き勝手して生きてる人が沢山いるんだから、これだって好き勝手の内だと思ったんですよ」


 強者の勝手な都合に振り回される世界で、それに従わざるを得ないのも自然な流れだ。しかし、ささやかでも抵抗し続けることにも意味があると、テオはそう考えるようになっていた。


「小さなことに思えるかもしれませんが、人が嬉しいことは俺も嬉しい。楽しいことは俺も楽しい。少なくとも俺の手が届く範囲だけは、そういう世界にしたいんです」

「…ふんっ。青臭い話だ」


 タテベは吐き捨てるようにそう言った。しかし次には、少しやさしい声色で言った。


「…だがまあ、悪くない」


 パッと表情を明るくしたテオに対して、タテベは「この料理の味だ」と言った。それは言うまでもなく彼の照れ隠しであり、ちょっとでも認めてもらえたことがテオは嬉しかった。

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