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言無しの魔女  作者: ま行


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伝承が守ったもの

 マールリアの国立図書館。過去の伝承についての大量の資料と睨み合いを続けるシズナは、役立ちそうな記述を見つけては自ら書き起こし、情報を整理してはまとめていた。そんな地道な作業を繰り返すこと四日目、ついに膨大な資料の山の中から気になる記述を見つけた。


 古き時代、マールリアは突如として現れた強大な海の魔物によって、想像を絶する甚大な被害を被ったことがあった。どんな自然災害よりも恐ろしいその事件は、海だけではなく、マールリアの陸の国土にも大きな爪痕を残し、一時国の存亡が危ぶまれるほどの死傷者を出した。


 それでもなお、マールリア国民たちが国と海を放棄することはなかった。伝え聞いた教えに従い、確固たる意志と行動力で魔物に立ち向かって、自分たちの海を取り戻そうとした。どんなに強大な魔物を前にしても、決して屈することなく団結して勇敢に戦った。


 マールリアの大災厄と名付けられた甚大な魔物被害。その解決に手を貸したのは、当時の八賢者たちであった。属する国や立場を越えてマールリアに集い、すべての八賢者たちが協力して、マールリア国民と共にその魔物と戦った。激しい戦いの末、ようやく勝利を収めた後、壊滅状態にあったマールリアには一人の賢者が残ることになった。


 賢者はその後、壊滅的な被害を受けたマールリアの復興と、巨大で機能的に使える強固な港の建設に尽力した。自らも設計に携わり、大海を無事に航行するための船の改良も推し進め、魔物からの並大抵の攻撃では沈まないようにした。復興に関しても常に陣頭に立ち、当時のマールリア国民と協力し合って、賢者は現在に至るマールリアの礎を築き上げた。


 やがて賢者は自ら設計した船を駆り、内海へと繰り出して魔物の討伐を行うようになった。その船の乗組員になったマールリア国民たちは、賢者から更に高度な魔法を教えられた。そしてその知識は乗組員たちから国中に広まっていき、やがて魔法使いの垣根を越えて多くの人々に魔法の知識を根付かせるに至った。


 乗組員たち全員を弟子に取り、立派な魔法使いに育て上げた賢者は、その後も精力的に航海へ出ては海の魔物を退治して、人々が安全に活動出来る海域の確保に努めた。また、他の八賢者たちもその活動を支持し、何か出来ることがあればと申し出て協力を惜しまなかった。


『もしかして、マールリアを今の形にしたのはこの大災厄の後?復興に尽力した賢者の活動も、今のルグルさんたちが行っているものと似ている。恐らくブリジット号の役目は、記述にあるこの賢者の精神が引き継がれていったものだ。マールリアの礎が築かれ、海の活用方法の指針が周知されたのは、きっとこの賢者の功績なのね』


 シズナはそう思考を巡らせた。であれば、この伝承が広まったのはその時代より後ではないかと考えた。しかし、調べてみるとまだまだ過去に遡ってみてもその記述があり、ついにはマールリア建国直後辺りの最古の資料にまで、現在とは多少は文言が異なるものの、同じ意味の伝承が見つかった。


『伝承そのものは、それこそ、マールリア建国当時からずっと語り継がれていたもの。これは不変のもので、マールリアに生きてきた人々は幾度となく海の魔物に苦しめられても、この教えと国を守って生きてきたんだ。大災厄前と後では国の在り方は大きく変化したけれど、教えはずっと残り続けていた。でも、どうして八賢者たちは、大災厄が起こるまでマールリアに介入しなかったの?』


 シズナが調べを進めていくと、大災厄ほどの規模ではなくとも、マールリアが海の魔物に襲われて甚大な被害を被る事象は何度か存在していた。しかしそれらはすべて、当時のマールリア国民が総力を上げて解決に当たり、この国は破壊と復興を繰り返しては強くなっていった。


 八賢者の記述が見られるようになったのは大災厄後のことであり、その後はマールリアに残った賢者以外のものはすぐに見受けられなくなった。素直に考えるならば、残った賢者以外は役目を終えると、潔く身を引いてマールリア国民にもう一度国を委ねたと考えられた。あくまでも賢者の介入は一時的なもので、よほどのことがない限り海のことはマールリアに任せるという姿勢が見受けられた。


『本来は内海に面する国々すべてが、海と深く関わり合っていたはず…もしかしてこの伝承。当時はマールリアだけのものではなくて、国外の多くの人々に共有されているものだった?いや、流石にそれは飛躍しすぎかもしれないけれど、少なくとも八賢者たちは伝承のことを知っていて、マールリアの滅亡だけは直接介入して食い止めたように思える。ということは…』


 シズナはマールリアの資料だけではなく、他国の歴史が書かれたものにも目を通し始めた。今度は最初から順ではなく、ある特定の年代だけを調べればよかった。だから答えはすぐに見つかった。


『あった!やっぱりそうか、マールリアの大災厄前の時代から徐々に、《《他国が港の封鎖を決めて海洋資源の利活用を放棄している》》。強力な海の魔物に対応しきれなくなって、海を開く方針から閉じる方針に転換して要塞化が進められたんだ。だから《《教えを守って唯一海の道を開き続けてきたマールリアに強大な魔物が押し寄せた》》。これが大災厄のきっかけだったんだ』


 内海の強力な魔物を一手に引き受けるだけの力は無く、マールリアは壊滅的な被害を受けた。これが大災厄が引き起こされた理由であった。他国と違い、古くからの伝承に従って海を開き続ける選択が出来たのは、結果的にマールリアだけであった。だからこの伝承はマールリアにだけ語り継がれるようになった。


『八賢者たちもこの伝承を守るために、マールリアの大災厄に全員が介入して、これを退けた。そして今後のことを考えて、八賢者の一人をここに定住させて対策を取ることに決めたんだ。海と人を結ぶ唯一の道として残すために、マールリアを守る必要があったんだ』


 パズルのピースが一つずつはまっていくと、ぼやけていた伝承の輪郭が見え始めた。しかしそれは同時に、ある一つの重要な事実も浮き彫りにすることになった。シズナは眉間を指で押さえ、その事実について思案する。


『この伝承がここまで重要視されていたのなら間違いない。当時の八賢者たちは、人が世界樹へ至る道という言葉を信じていたんだ。今よりもっとマナの危険性について敏感だったはずの時代なのに、その可能性が排除されてしまうことを危惧した。勿論、マールリアの人々を救うことが最優先の目的だったはずだけど、その後に要塞化を選ばなかったことが推測の裏付けになる。マールリアと賢者は、閉ざして守る選択より、開いて戦う選択をした』


 その選択は守るよりも危険なことで、今もなお、海の魔物のせいで命を落とす人がいる。ルグルたちも端からすべての命を救うのではなく、海域の安定化を主眼においていた。


 例え尊い命が失われることになったとしても、絶対に守るべきものがあった。それが受け継がれ続けたマールリアの伝承だった。そして当時の賢者との深い繋がりもあって、マールリアには魔法学校がなくとも優秀な魔法使いや、魔法の知識がある国民が多いのである。


 自らの疑問の答えに一区切りをつけたシズナは、とある人宛てに手紙をしたためると、手印を結んでそれに魔法をかけた。すると手紙はひとりでにパタパタと折りたたまれて鳥の姿に変わると、シズナの手から本物の鳥と同じように飛び立っていった。




 図書館を出て手紙を飛ばしたシズナの元に、別の手紙の鳥が飛んできた。彼女の指先に鳥が止まると、それは鳥の形から元の手紙の姿に変わった。


 シズナ宛ての手紙を飛ばしたのは、弟子のテオだった。受け取ったシズナがその内容に目を通すと、彼女は驚いて目を見開いた。


「お師さん。伝説にあった世界樹へ行って帰ってきた船を見つけました。住所を記しておくので、こちらまで来てもらえませんか?」


 眉唾物の伝説について調べるために別行動をしていたテオが、その船の実物を見つけたと報告してきたのだ。これで驚かない方が無理な話であった。


 シズナは早速荷物をまとめて、テオが記した住所へ向かうための準備を始めた。伝説を目の当たりに出来るかもしれない期待は、否応無しに彼女を高揚させていた。

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