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言無しの魔女  作者: ま行


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調査開始

 ブリジット号を降りたシズナとテオは、早速マールリア国内にある国立図書館へと案内された。その案内役はルグルが買って出てくれて、国の顔ともいえる彼のお陰で、シズナたちは特別待遇で貴重な資料の閲覧を許可された。


「じゃ、またな。資料室には自由に出入り出来るように、オレが話を通しておいた。こっちでの宿の手配とかは大丈夫か?」

『ありがとうございます。宿は自分たちで見つけるので大丈夫です』

「そっか。マールリアの治安は良い方だけど、なるべくなら高級な宿に泊った方がいいぞ、より安全だからな。海ならそんなこと気にする必要ないんだけどなあ」

「その代わりに海だと魔物に気をつけなきゃいけないでしょ」

「はははっ言えてる。じゃあな」


 ルグルは爽やかな笑顔で二人と別れの挨拶を交わした。これから彼はブリジット号に戻り、また海に出て魔物と戦う。


 そうして安全になった海域に他の船を出して、国民は海の恩恵に預かるのである。マールリアはそのような仕組みで回っていた。


 ルグルだけではなく、ブリジット号の船員たちに課された使命と責任は大きい。それだけに彼らは海の安全を守るという責任を誇りに思い、常に最前線で勇敢に使命を全うしていた。


「お師さん。いい船旅でしたね」


 テオはそう師に語りかけたが、何の反応もなかった。どうしたことかと顔を覗き込むと、シズナはつうっと一筋の涙を流していた。


「そ、そんなに名残り惜しかったんですか?」

『違うの。違うんだよ、テオくん』

「じゃあ何で…」

『これで船酔いから解放されるかと思うと、何故か涙が出てきたの』

「ああ…」


 テオはそれ以上は何も言わなかった。シズナは船酔いを克服するまで、ずっと苦しめられていた。ブリジット号にも船旅にも不満はなかったが、地に足がついた安心感が、よほどそれを上回っていた。




 シズナは黙々と歴史の資料を読み込んでいた。マールリアの教えの「海を完全に閉ざしてはならない。それはいつか人が世界樹に至るための、唯一の道である」という言葉は、どの時代の資料にも見受けられる言葉だった。


 しかし、その言葉自体は確認出来るものの、教えが成立するまでの過程や、どうしてこの教えが広まったかなどの情報は曖昧なものだった。


 そもそもルーツを探ることが難しいことだが、調べを進めると、シズナはどこか教えの言葉だけが一人歩きしているような印象を受けた。


 そんな曖昧なものであっても、ルグルは信じて疑ってはいなかった。それだけの説得力がこの教えにあるならば、それは何かがシズナは気になっていた。


 本来ならば、語り継がれるはずのない言葉が語り継がれている。そのことはマールリアにおいての海が、単なる海洋国家の礎以上の価値と意味を持つはずである。シズナは次の資料を手に取ると、またしてもページをめくり始めた。




 国立図書館内で文献の調べ物を続けるシズナ。テオは彼女の代わりに、街に出て情報収集を行っていた。足を使って言葉を交わす調査は、シズナには難しい。そこを補うのがテオの役割だ。


「こんにちは。ちょっといいですか?」

「おう!いらっしゃい!とれたて新鮮、煮ても焼いても生でも美味い!うちの魚はどれも一級品だよ!」


 威勢のいい声を上げたのは、魚を売る屋台の店主だった。テオは客入りのいい店に目をつけると、客がはける頃合いを見計らって声をかけた。


「すみません、失礼は承知の上ですが、客じゃないんです」

「なんだい。冷やかしなら勘弁してくれよ」

「本当にすみません。でも、ここのお店が一番お客さんが入っていたんで、きっとご主人の腕がいいんだと思いまして」

「へっ、世辞は結構だ!だがまあ、何かあるんならさっさと要件を言いな」


 少し気をよくした店主に、テオは手短に要件を話した。伝承のことを質問すると、店主は首を傾げながら答えた。


「ああ、その言い伝えか。あんたよそ者だろう?古い言い伝えなのによく知ってるな」

「少し伝手がありまして。それで、ご主人はこの言い伝えのことをどう思いますか?」

「どうもこうもねえよ。俺たちゃみーんな海のモンを恵んでもらって生きてきた。だからマールリアに生きる奴らで、海を閉ざそうなんざ誰かに言われるまでもなく、するはずがねえんだ。大抵の奴らの生活の基盤な訳だからな」

「なるほど、確かに。ずっとここでそう生きてきた人にとって、この言い伝えってちょっと大仰な感じがしますよね」

「お、おお。あんた何かやけに素直だな。ていうか何だ?あんた学者か何かか?」

「いえそんな滅相もない。ただの知りたがりです」


 それから暫し、テオと店主は言い伝えについて議論を重ねた。徐々に白熱してきたそれは、やがて周りの人々も巻き込み大きくなっていった。それは多くの人々が言い伝えについて知っている証だった。


 思いがけず様々な人々から多様な意見が聞ける機会を得たテオは、この状況を存分に活用した。情報が集まれば、シズナの調べ物にも役立つはずだ。テオは懸命に己の役目に励んだ。




 その後テオは、国立図書館で調べ物をしているシズナと合流し、宿を探して部屋を取った。ルグルのアドバイス通り、テオが市場で聞いておすすめされた信頼性の高い宿を選んだ。そこは評判に違わぬいい部屋だった。


『ルグルさんには絶対に言えないけど、私はこっちが性に合ってるかな』

「ルグル本人は気にしなさそうですけどね」


 苦笑いをするシズナにテオはそう返した。事実、例えルグルに素直にそう伝えても、彼は気を悪くすることもなく、笑い飛ばして終わる話だった。


『さて、私は資料を、テオくんは街の人から話を聞いてきた訳だけど。何か有益な情報は手に入ったかな?』


 シズナから話を切り出されたテオは、残念そうに頭を振った。


「街の人たちの関心は高かったのですが、伝承はあくまでも伝承という立場の人が大多数でした。大切にされていないという訳ではなさそうでしたけど…」

『私が目を通せた限りの資料でも、似たような感じだったかな。まあ、まだまだ目を通さなきゃいけない資料は沢山残ってるんだけどね』


 テオと同様に、シズナも頭を振った。まだ調べ始めたばかりなので落ち込みはしなかったが、二人とも徒労に終わったことは否めなかった。


「あっ!でも俺、面白い話を聞けました」

『何?』

「かつてマールリアから世界樹へ行って、無事に帰ってきた船があるという伝説です」

『それ本当!?』


 驚いた表情で前のめりになるシズナに、テオは頷いて話を続けた。


「知っている人はまばらでしたが、民間伝承にそのような話があるそうです。ただ聞く限り、特定の地域の人だけに伝わっている話のようでして、信ぴょう性は低いのかなとは思います」

『でも面白い話だね。少なくとも私は、そんな話は一度も聞いたことがないね』

「じゃあやっぱり、マールリアだけに伝わってる話なんですね」

『恐らくは、だけどね。そもそもそんな実績が本当に残っているなら、もっと世界中に、大々的に偉業として残っていてもおかしくないはずだよ』

「それこそ神話みたいなものですよね」


 不可能だと知っているからこそ、人は世界樹に近づかない、近づけない。それがもしすでに達成されていたとしたら、歴史に大きな爪痕が残っていて然るべきだった。


 シズナは一瞬、魔守りの里に戻り、ハワードを頼って識の揺籃を利用することを考えた。しかし、その考えは頭を振ってすぐに振り払う。


 あの時、シズナは魔法の力を失っていた。ハワードが識の揺籃を頼ったのは、その解決のための知識を得るためであった。しかし、その行為も本来ならば憚られるものであり、識の揺籃は簡単に頼ってはならない場所だった。


 答えを求めるのならば、自分の足と力で。少なくもこの旅は、それが目的の旅である。ここで安易に妥協をしてしまえば、何の意味も成さないものになってしまう。


『正直信じられない話だけど、無視も出来ない。テオくんはその伝説についてもう少し調べてみてくれる?私はこのまま資料を読み進めてみるから』

「分かりました。任せてください」


 トンと自らの胸を叩いてそう言ったテオに、成長と頼もしさを覚えたシズナはふっと微笑んだ。これは始まったばかりの調査で、進展があるかどうかも分からない道だ。だがなんとかなる、根拠はなかったがシズナはそう思えた。


 その夜、シズナは久しぶりにぐっすりとたっぷり眠ることが出来た。船の上も趣があったが、暫く船酔いはごめんだと、そんなことを考えて柔らかなベッドに体を沈めていた。

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