表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
言無しの魔女  作者: ま行


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
83/115

ルグルの過去

 甲板にて。


「なあシェル。ここの縄の結び方ってどうやるんだっけ?」

「また?さっきも教えたでしょ、ここは、こうしてこうっ!」

「おー!出来た出来た。ありがとう、シェル」


 厨房にて。


「ねえテオ。ここから先ってどうするの?」

「いいか?包丁の刃の向きに気をつけてゆっくり動かすんだ。慣れるまでは慎重第一にな」

「よしっ、こうか!ありがとう、テオ」


 テオとシェルの二人は、すっかりと打ち解けて行動を共にすることが多くなっていた。それは師匠のことを慕う者同士、熱く語り合ったことで理解を深めたことも理由の一つであったが、二人がここまで打ち解けたのは別の大きな理由もあった。


 テオもシェルも同年代の友人というものに乏しかったのだ。テオは幼少の頃より大人びた行動が求められていて、同年代の村の子も、友人というよりも協力関係にある仕事仲間のような付き合いであった。


 シェルは船に乗るまで魔法学校に通っていたので、同年代の子と交流する機会は多くあった。しかし、元来の気の強い性格で他者が近寄りがたく、なにより自分が目標としていること以外は眼中になかったため、彼女は誰に対しても等しくぞんざいな態度であった。それで対等な立場の友人など、望めるはずもない。


 テオは環境、シェルは性格のせいで、友情には縁遠い生活を送っていた。その結果、憧れの師匠を持つという共通点を持つ二人の仲が深まるのは必然で、ファーストコンタクト時の剣呑な雰囲気は嘘のように消え去っていた。




 船酔いを克服し始めたシズナだったが、先に船内で手伝いを始めたテオの手際には敵わず、はっきり言ってやれることがなくなってしまった。魔物討伐に参加しようにも、ブリジット号の船員が居ればどうとでもなる上、いざとなればルグルが直接出る。


 むしろ客人のシズナが前に出て、万が一のことでもないようにと丁重すぎる扱いを受けていた。結局、自然と一緒にいる時間が長くなるのは、同じ賢者仲間のルグルになった。


「なるほど!それが、ありがとう、だな!」


 こくりとシズナが頷くと、ルグルはガッツポーズをして喜んだ。彼は暇な時間を使って、シズナから手話を教わっていた。


『だいぶ分かってきましたね』


 シズナがメモ帳にそう書くと、ルグルは軽く照れ笑いをして頬を掻いた。


「いやいや、まだまだ全然だよ。テオの奴、よくあんな普通に会話するように、細かい意味まで理解出来るよなあ」

『それはテオくんのご両親がろう者だったからです。だからテオくんにとって、手話は本当に会話も同然なんです』

「なるほど、そんな事情が。それで、今テオの両親は?」

『彼が幼い時にお亡くなりになられたそうです』

「おっ…と、そうだったか。そうか。そういう事情があるなら、シェルと気が合うのも、単に二人が似てるってだけじゃあないみたいだな」


 ルグルは伏し目がちにそう呟いた。首を傾げるシズナに、ルグルは顔を上げてから自らの左腕をカシカシと叩いた。


「シェルとオレは、浅からぬ縁があるって話はしたよな。実はそれにはこの腕も関係してるんだ。順を追って話そう、聞いてくれるか?」


 シズナが頷くのを見てから、ルグルはゆっくりと話し始めた。




「オレの親父とおふくろが死んで船を引き継いだ時、オレは若くて経験も浅い、まだまだ右も左も分からないド素人も同然だった。そんなぺーぺーのオレを支えてくれたのが、副船長を務めていたシェルの親父さん、オルカスがブリジット号のイロハを根気よく教えてくれたんだ」


 オルカスは副船長という地位にありながら、ルグルの両親の死後、船長に繰り上がるのではなく彼らの息子のルグルを、変わらず副船長という立場で支えることを選んだ。オルカスは船員たちから慕われている人格者であり、常に一歩引いた目で船長のことを見守り、的確な助言を与える副官に徹した忠義の人であった。


「オルカスはいうなれば、オレの二人目の親父みたいなもんだ。オレがこうしてブリジット号の船長をやれているのも、死んだ親父たちとオルカスの教えがあってこそだ。だけど、何もかも順風満帆って訳にはいかなかった」

『何があったんですか?』

「オレは上に立つには若かったからな。先代船長の息子ってだけで、どうしても能力を疑問視する人はいる。そりゃそうさ、船員たちは皆、オレに命を預けてるんだ。それに見合う頼りがいのあるリーダーを求めるのは当たり前のことだ。ただ、当時のオレがその水準を満たしていたかと問われたら、全然駄目だったんだ」


 ルグルは魔法使いとしても、船乗りとしても、才気溢れた若者で将来性は十二分にあった。だが、その才覚が発揮されるのは後のことで、その時ではなかった。


 副船長のオルカスがついているとはいえ、船員の中には若い船長に不安を覚えるものがいた。ブリジット号が相手にするのは通常の魔物より強力な海の魔物である。ルグルも自覚していたように、命を預けるに値しないと思われても仕方のないことだった。


「オレは、当時の船員が離反せず、船に残ってくれたことをただ感謝するだけで良かったんだ。親父とおふくろの人徳のお陰で、二人が死んでからも船を下りる奴はいなかった。オレの能力に不安を覚えていても、船を下りるって選択はしないでいてくれた。オレはそのことに、本当に深く深く感謝するべきだった」


 しかし若き日のルグルは功を焦った。自らが船長として相応しい人物であると示すために、まだ実力的に討伐することが難しい魔物への挑戦を強行した。


 オルカスは当然ルグルのことを諌めたが、ルグルは一度父親の指揮の元、その魔物討伐に参加して功績を上げていた。その成功体験が判断を鈍らせた。


「オルカスは活動範囲を縮小して、親父の広げた海のテリトリーを手放すことになっても、オレの経験を積むことを優先しようとしていた。地道でも成果を出し続ければ、船員たちは自然とオレを支持してくれると、オルカスには分かってたんだ。何も分かっていなかったのはオレの方で、自惚れたまま魔物討伐を強行した」


 最初こそ対峙した魔物と互角の戦いを繰り広げていたものの、ルグルは徐々に指揮官としての経験不足が露呈し始め、連携に穴が空き始めた。海の魔物討伐には統率の取れた攻撃が肝心であり、そこがおろそかになれば、隙を作って突き崩される原因になってしまう。


 防戦になって押され始めたルグルは、耐える時にはじっと耐えるという基本が徹底出来なくなってしまった。焦りはどんどんルグルのことを追い込み、前に出るべきではないタイミングで、船長のルグルは前に出てしまった。その時、魔物の攻撃がルグルに迫った。


「危ないッッ!!」


 オルカスの決死の行動で、ルグルを魔物の攻撃からかばうことが出来た。しかしその攻撃でルグルは左腕を失い、オルカスは瀕死の重傷を負うことになった。船員たちの懸命な活躍で命からがらその海域からの脱出は成功したものの、失ったものはあまりに大きかった。


 治療を受けたルグルは一命をとりとめた。しかし、オルカスの方はそうはいかなかった。死の間際、己の不甲斐なさと謝罪に泣き崩れるルグルに、オルカスは最期の力を振り絞って言葉を伝えた。


「立派な船長になりなさい。父君や母君と同じではない、あなたはあなたらしい船長になればいい。ブリジット号はあなたの船なのだから。私の左腕を差し上げます。この義手は私が若い頃、あなたと同じような無茶をして失った時、あなたの父君からもらったものだ。型は古いが直せば十分使い物になる。これが私が出来る…あなたへの最期の…」


 オルカスはそこで事切れた。ルグルは自分のミスで副船長を失い、ブリジット号の船員を危険に晒したことをとことん恥じた。


『その腕は元々、オルカスさんのものだったんですね』

「ああ。オレが水刃の螺旋槍を思いついたのも、オルカスが義手を触媒にして魔法を発動していたところを見ていたからだ。皆のことを守れる力が欲しくて、研究に研究を重ねてやっと開発した新しい魔法、その功績が認められてオレは賢者に選ばれた。オレのことを船長と賢者にしてくれたのは、全部オルカスが居てくれたおかげだ」

『確かに、義手の機構と魔法の融合は初めて見ました。通常なら、義手に刻まれた魔法同士が干渉して発動出来ないか、義手が壊れてしまうはずなのに』

「独学の魔法で必死にやったよ。オレはずっと、この義手とオルカスに守られているんだ。この腕を見るたびに、オルカスのことと自らの過ちを思い出す。何だかオルカスが常に叱ってくれてる気がするんだ」


 義手を空に掲げてそれを見つめるルグルは、どこか遠い目をしていた。その先にはきっと、オルカスがいるのだとシズナは思った。


「シェルはさ、オレがオルカスを殺してしまったようなものなのに、一切責めなかったんだ。お父さんはいつかきっと海で死ぬ、だけどそれは運命で、悲しんじゃいけないよ。そう教わったんだって震える声と一杯にたまった涙目で、オレに教えてくれたよ。そしてシェルに言われたんだ。お父さんは海になってあなたをいつも見張ってる、だから何かあればすぐに飲み込まれるぞっ、てな」

『気丈な子ですね』

「うん。だからオレはシェルに約束したんだ。きっとお父さんに恥じない立派な船長になるから、海にいるお父さんと一緒に見守っていてくれって。そうしたらシェルの奴、ずっと見張ってるから覚悟しておけって言うんだ。それでまさか弟子入りを志願されて、同じ船に乗ることになるとは思わなかったけど、これもきっと、あの時の約束を守るためなんだろうな」


 ルグルは約束通り、誰にも恥じない立派な船長になった。それどころか、オルカスが使っていた義手を用いて賢者にまでなった。約束は果たされたといっていい。


 シェルがルグルに弟子入りし、ブリジット号の船員になろうとしているのは、今度は自分が約束を果たす番だと考えているからだった。ルグルの側で彼のことをずっと見守り続ける。彼女は在りし日の父と同じ役目を果たしたいと願っていた。


「長々と聞いてくれてありがとうな。つまんない話だっただろ?」

『いいえそんなこと、むしろ教えてくれて…』


 そこまで書いてシズナはペンを止めた。何事かと困惑するルグルだったが、彼女の手の動きを見て、パッと表情を明るくして言った。


「ありがとう。だろ?」


 手話が伝わったことにシズナが微笑むと、ルグルも満面の笑みで返した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ