似たもの同士
「本当に申し訳ないっ!!」
ルグルはシェルを連れてシズナとテオに謝罪をした。ルグルの隣にいるシェルは、散々叱られたのか縮こまり、目に涙を浮かべながら黙って頭を下げていた。
『別にそこまでしなくても大丈夫ですよ。私はその場で聞いていた訳ではないし、気にしてませんから』
シズナの手話をテオが訳すと、ルグルは大げさに頭を振った。
「いやそういう訳にはいかねえ!人の悪口はもってのほかだが、当人がいない場所で言うのはもっと駄目なことだ!こんなことも徹底させられないのは、オレが不甲斐ないからだ!本当に申し訳ないっ!!」
ルグルがもう一度深く頭を下げると、シェルもそれに倣って頭を下げた。シズナはその様子を見て慌てるばかりであったが、テオは冷静な目で見て、あることに気がついていた。
シェルの目から大粒の涙がこぼれ落ちていた。その涙の意味を、弟子のテオは即座に理解した。だからすぐに言葉が出てきた。
「ルグル、もういいよ。俺、そんなに怒ってないし。お師さんもいいですか?」
『うん。全然大丈夫』
そもそもシズナは、二人が喧嘩している最中、ずっと船酔いでダウンしていた。当事者意識はまるでなく、この謝罪中も気まずくて仕方がなかった。陰口など言われ慣れている、早く終わってくれるならそれに越したことはない。そういう心持ちであった。
「ありがとう二人とも、シェルにはオレの方からよく言って聞かせるから…」
「いや、ルグルじゃなくて俺が話してもいい?」
「えっ?」
テオの申し出に驚いてシェルは顔を上げた。ルグルもそれで当人が納得するならばと、彼の申し出を了承した。
二人きりになってから、テオは話を切り出した。
「あー、えっと名前、シェル、でいいんだよな?」
「え、う、うん」
「別に俺、お前のこと許した訳じゃないからな。やめてほしがってたお師さんの手前、あの場では怒ってないって言ったけど、シェルがお師さんのことよく知りもしないで悪く言ったことは許せない」
加えて今回のことは、シェルがルグルの話をよく聞いていなかったことが原因である。シズナが訪問する目的など、説明と理解の周知が不十分だった。
これはルグルの説明下手が招いたことでもあったのだが、弟子のシェルはその性格をよく知っているのだから、積極的にシズナたちに交流を試みて、その本意を探るべきであった。
実際に、他の船員はテオを通じてそうしていた。シズナ本人とコミュニケーションを図るのは言葉の問題から難しく感じるが、テオならば違う。彼女のことをよく知っていて、何か齟齬があっても手話で即座に修正することが出来る。テオ本人もそのことを自覚していたため、シズナのために積極的に動いていた。
しかし、シェルはルグルと親しげにする二人に嫉妬して視野が狭まっていた。彼女には二人が突然この船を訪れて、何故かすぐにルグルと打ち解けたように見えていた。だが、実際にはシズナは賢人会議で事前にルグルと面識があって、テオの方はルグルと気質が似ていたから自然と仲良くなっただけだった。
テオはその事実を懇切丁寧にシェルに説明した。聞かされるほど自らの落ち度に気付かされ、正座する彼女は謝罪時より小さく縮こまっていった。
「これで分かっただろ?お師さんがルグルと密にコミュニケーションを取っているのは、賢人会議で決まった査察って目的があってのことで個人的な感情はない。俺が船員たちと打ち解けようとしているのは、お師さんの意思を円滑に伝えるためだ。ただこれはあくまでも大目的であって、俺が皆と仲良くしてもらってるのは俺の意思だ。ごちゃごちゃとした思惑がある訳じゃあなくて、仲良くなりたいと思ったからそうしてるし、そうしてもらってるんだ。いいか?」
「…はい」
諭すようなテオの物言いは、自らの卑小さに気付かされるシェルを酷く落ち込ませた。その様子を見たテオはすっかり毒気を抜かれてしまい、彼女に対する怒りもどこかへ飛んで消えてしまっていた。
「…俺はシェルの気持ちが分からないでもないんだ。ルグルがお師さんに謝罪した時、自分が不甲斐なかったって言ってたろ?シェルはその時、一番悲しそうにしてた。自分の尊敬する人が、自分のせいで被害にあうのは辛いよな」
テオがシェルに同情したのは、このことが理由だった。弟子としても、人としても、シズナの力になりたいと強く考えているテオからすると、シェルが見せた涙の意味も理由もよく理解が出来た。
シェルにどんな事情があるにせよ、ルグルを心の底から慕っていることは疑いようのない事実だった。だからこうして、テオは彼女にしっかりと真意を理解させるために、わざわざ二人きりで話す機会を設けてもらった。
「…ルグルさんは、私の憧れで目標の人なんだ。凶暴な海の魔物に立ち向かう姿は本当に強くて格好良くて、ブリジット号の船長として皆から慕われて尊敬されている。私もそのうちの一人よ。ルグルさんは内海の守護者。私はほんの少しでもいいから力になりたいの」
心情を吐露したシェルに、テオは何度も深く頷いた。
「その気持ち本当によく分かる。お師さんは俺の命の恩人ってだけじゃなくて、故郷の村も救ってくれた。本当はお師さんが一番救われるべき人なのに、お師さんは他の誰かのために力を使えるすごい人なんだ。俺はお師さんの背負っている、辛くて苦しい運命を少しでもいいから一緒に担いたい。そう思って一緒にいるんだ」
今度はテオの言葉に、シェルが何度も頷いて「分かる」と力強く言った。二人は交互に自分の師の良いところや好きなところを語り始め、その度にどちらからも「分かる」という言葉が出た。
ルグルはそわそわと忙しない様子だった。見かねたシズナがメモ帳を取り出して筆談する。
『どうしたんですか?』
「いや、その、テオに限ってそんなことないとは思ってるんだけどさ、あんまりシェルのこと強く叱らないでやって欲しいなって思って…」
『それは大丈夫ですよ。師匠の私が保障します。テオくんはそんなことしません』
「そっか、そうだよな。うん、シズナがそう言うなら大丈夫だよな。悪いな、みっともない姿を見せて」
シズナはふるふると頭を振った。続けてペンを走らせる。
『あのシェルという子はどういう子なんですか?』
「最近ブリジット号に乗った船乗り見習いで、オレはあの子のお父さんと浅からぬ縁があるんだ。シェルのことも昔から知ってて、本当はこの船に乗せるのもオレは…」
ルグルの話の途中で、テオとシェルがいる部屋から、突然テオの大声が上がった。続いてシェルの大声が聞こえてきて、中を見なくとも二人が口論になっていることは明白だった。
シズナとルグルの二人は顔を見合わせて頷き合い、喧嘩を止めようと急いで部屋の中に踏み入った。しかしその場で繰り広げられていたのは、二人の想像していることとはまるで違ったものだった。
「いいやお師さんの方がすごい魔女だね!!頭も良くて思慮深くて、他の誰にも使えない手印を用いた独自の魔法を編み出したんだから!!」
「いいえルグルさんの方がすごい魔法使いよ!!勇敢で統率力もあって大勢の人たちから慕われていて、義手のギミックと水属性の魔法を組み合わせたまったく新しい魔法を使いこなせるのよ!!」
「それを言うならお師さんだって!!誰も追いつけない速さで魔法が発動出来るし、どんな属性の魔法にも即興で対応出来るんだぞ!!」
「だから何よ!!ルグルさんの水刃の螺旋槍は攻撃だけじゃなくて、水中で自在に動けるように水流を操ることも出来るのよ!!マナ操作技術は精密で、繊細でありながら豪快、攻撃魔法と同時に機動力の確保、これはルグルさんにしか出来ないことなんだから!!」
二人は口喧嘩をしていたのではない。どちらの師匠がより優れているかの討論をしていた。それが白熱して、段々と声量が大きくなっていたのだ。
弟子が互いの師匠の自慢話で盛り上がっている様子は、師匠として恥ずかしくて見るに堪えないものだった。シズナとルグルはもう一度顔を見合わせて頷き合うと、そっと扉を閉めてその場から立ち去っていった。




