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言無しの魔女  作者: ま行


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海と共に生きる理由

 シーサーペントの討伐に成功したルグルたちは、すぐさま反転してその場から離れた。飛び散ったシーサーペントの死体から流れ出た血とその匂いが、他の魔物を呼び寄せてしまうためである。


「今ので一番のデカブツは殺ったから、その血の匂いと気配を察知して、これから他の魔物がわらわらと寄ってくる。言ってもそいつらは大したことない小物だから、死体は敢えて放置して、小物を集めてからまとめて始末する」


 体についた汚れを洗い落としながら、ルグルはシズナとテオの二人にそう説明した。小物の魔物をまとめて一掃するだけの戦力がこの船にはある。討伐の手際も実に鮮やかだとシズナは思った。


 その後も、おびき寄せた海の魔物たちを着実に討伐していくルグルとブリジット号の船員たち。今度の戦いの主役はどちらかというと船員たちの方で、ルグルは殆ど見ているだけだった。統率も連携もよくとれており、小物の魔物たちはなすすべなく討滅されていく。


「よーし!今日はこのくらいにしておこう!一旦撤収!」


 ルグルの掛け声で即座に攻撃を止め、海域からの撤収も素早かった。とにかく場慣れしているという印象を強く受け、こういった魔物との戦闘を繰り返し行っていることは容易に想像が出来た。


 要するにルグルと彼が率いるブリジット号の魔法使いたちは、対魔物を専門にする戦闘員たちの集まりであり、その目的は徹頭徹尾、海の魔物から人を守るというものであった。




 魔物から離れた海域まで船を進めると、船員たちに一時休息の時間が与えられた。見張りや防衛の船員はしっかりと配置されていたが、交代の時間もきっちりと決められている。


 ルグルはというと、船長室にシズナたちを招いていた。自分たちの活動の一部を見せた上で、今一度賢者としての自分の意見を説明するためだった。


「さっき見てもらったシーサーペントも大物だったが、内海にはああいう危険な魔物がまだまだ沢山いる。あいつも本来なら、あんなにデカくなる前に倒しておかなきゃならなかった奴だ。オレたちは後手に回ることは許されない。理想を言えば、だけどな」


 そう語るルグルの目は少々の憂いを帯びていた。シズナたちが魔物討伐前に聞かされた話では、すでに何隻かが魔物の被害に遭っていると教えられた。被害に遭った船の乗組員が、当然無事では済まなかったであろうことは、シーサーペントとの戦いを見えれば考えるまでもないことだった。


「オレは海の自然を守るためにも、この船を離れて陸に上がることは早々出来ない。一年の内で二度三度あればいい方だな。そういう風に生きてきたし、これからもそう生きていく。だから陸の問題には正直手が回らないんだ。賢者に選ばれたってのに無責任なのは分かってるけど、これがオレの理由だよ。どうだ?納得してもらえるか?」


 シズナはすべてではないがルグルの言を理解し、納得していた。しかし、ここでテオがシズナの心の内を代弁するように口を開いた。


「あのさ、ルグル。こういうのも何だけど、そこまでして海の魔物を退治し続けなきゃならないの?」


 テオはこの質問で、ルグルの気分を害してしまうことも覚悟していた。しかし彼はは特にそういった反応を示さず、それどころか自嘲気味に笑って言った。


「大体の国はテオと同じ意見だよ。確かに内海には豊富な資源があって、それを活用することは多分に利益がある。だけど危険の方が大きすぎるんだ。やって意味のあるリスクか判断に迷うよ、実際な」


 今度はシズナが手話で尋ねた。テオがすぐに通訳をする。


『それでもルグルさんは、海から離れようとは思っていないんですね』

「ああそうだ。これは絶対に、誰かがやらなきゃいけないことなんだ。生まれ育ったマールリアへの愛国心だけじゃなくて、ちゃんとオレなりの理由もあってのものだ。そのこともちゃんと説明するよ」


 ルグルはふーっと長く息を吐いた。彼は自分の中で完結している話を他者に伝えることが苦手である。だから深呼吸して気合いを入れてから言葉を探し始めた。




 内海はマナの恩恵で資源が豊富にある。しかし環境は人にとって良いものとは言い難い。海産物は魔物にとっても魅力的な食物であり、自然と取り合いの構図となる。安全な漁などは夢のまた夢であった。


 しかし、だからといって人間が漁をやめてしまったらどうなるか、答えは他国の沿岸部にあった。内海に面する国のほぼすべてに港はなく、代わりに堅牢な要塞が築かれていた。


 海の活用をやめてしまった国の魔物たちは、豊富な海産物をたっぷりと食べて力を蓄え、その生息域をどんどんと広げていく。やがてそれは沿岸部まで迫り、人の生活圏を脅かすようになる。


 ただでさえ強力な海の魔物が更に強化される。もしそれらが陸に上陸したなら、被害は計り知れないものになるのは間違いなかった。だから多くの国々は海を閉ざし、魔物を水際で食い止める道を選んだのである。


 マールリアと協力関係にある周辺の数カ国は、それでも海と人が共存出来る道を模索してきた国々である。そのせいで多大な犠牲も出してきたが、決して諦めることはなかった。船乗りたちは魔法を学びマナを操る術を身に着け、海で戦い続けることを選んできた。


 それは勿論、生きていくためという名分もあった。だが一番重要とされ、マールリアには大切に脈々と受け継がれてきた、とある教えがあった。


「海を完全に閉ざしてはならない。それはいつか人が世界樹に至るための、唯一の道である」


 マールリアの人々が危険を冒してまで海と共存する道を選び続けてきたのは、この教えがあるがゆえであった。




 ルグルはもう一度深呼吸をして、コップ一杯の水を一気に飲み干してから話を続けた。


「オレはこの教え以上に、人と海を繋ぐものを無くしてしまうことが絶対に駄目だと考えてる。…上手く言葉に出来ないのが歯がゆいんだけど、とにかく駄目なんだ、それだけは。人も海も自然の一部で、危険だからって簡単に拒絶するようなことはしちゃいけない。オレはそう教わってきたし、そう信じてる」


 精一杯説明をし終えたルグルは、疲労で大きく息を吐き出した。そうして立ち上がると、ふらふらとした足取りで船長室を出ると「潮風に当たって回復してくる」と告げた。


 残された二人はルグルの回復を待つ間に、聞いたことについて話し始めた。テオはまず始めに、海の魔物について言及した。


「確かに海の魔物を野放しにしてしまうのは危険ですよね。大国の殆どが内海に対して封じ込めの方針を取っているなら、なおさらそう感じます」

『そうだね。今は要塞で魔物を食い止められているかもしれないけど、未来がどうなるのかは分からない。海の魔物たちと戦い続けて、その対処方法を日々更新し続けているルグルさんたちの役割は、私たちが考えている以上に重要だと思う』

「俺もそう思います。ルグルが陸の魔法使いたちに目を向けていられないという言い分も十分理解出来る。全然無責任なことじゃないですよ」


 むしろルグルには、アルベールの提案は最初からどうしようも出来ないことであった。置かれている環境の事情が、他の魔法使いたちとあまりにも違い過ぎている。それでもなお、自分に何か出来ないかと考えているだけでも立派であった。


『そもそもルグルさんは、最初からまったく陸の事情を知らなかったんだろうね。賢人会議の時も、全然思い当たる節がない様子だったから』

「不正とかしてる場合じゃないですからね、マールリアの魔法使いたちは」


 内海を主な活動場所にしている船員兼魔法使いたちに、他者から搾取している暇などない。それに加え、日々強力な魔物と戦い続けているので、常に魔法の腕も上げていかなければならない。低質化はすなわち、自らの死に繋がる。


「となると、ルグルの所で俺たちが出来ることって、もうないんでしょうか?」


 テオのその言葉に、シズナは頭を振って否定した。最も気になるものがまだ残っていた。


『ルグルさんが言っていた、受け継がれてきた教えが気になる。人が世界樹に至るための道なんて教えがどうして伝わったのか、調べる必要があると思う』


 世界樹に近づくことは、最大の禁忌とされていることだった。ルグルがそのことを知らないはずがない。マールリアの他の魔法使いたちも然りだ。何故この教えを信じ、守る必要があると考えているのか、それを見極めるのがシズナたちの次の目的となった。

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