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言無しの魔女  作者: ま行


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船旅

 八賢者巡りの旅、一人目の賢者、廻水のルグル。海洋国マールリアで破天荒な登場を決めた彼は、訪ねてきたシズナとテオの二人を連れて街道を歩いていた。


「いやー驚かせちゃったみたいでごめんね!でもさ、オレはマールリアのあの市場が好きなんだよ。やっぱりまずは自分が住む国の好きな場所を見てもらいたくってさあ!ハハハハッ!!」


 そう言って豪快かつ爽やかに笑うルグル。登場の仕方は常識外れであったが、話していることはまともであった。


「えっと、ルグルさん」

「いやいや、もっと気安く友達感覚にルグルでいいよ。あっ、オレもテオって呼んでいい?」

「いえ、流石にそういう訳には…」

「えー、じゃあルグルって呼ぶまで何聞いても答えてやんない!」


 爆速で距離を詰めてくるルグルに対して、流石にこれは事前に抱いていたイメージと違うなと、テオは一瞬だけ戸惑いを覚えた。


「じゃあルグルで」

「いいねえ!何かな?テオ」


 しかし社交的かつ順応性が高いのがテオである。敬意を損なう訳ではなく、その方がコミュニケーションが円滑になると判断したため、呼び捨てに切り替えた。実際にその判断は正しく、ルグルにとっては気安い方が丁度いい距離感なのだ。


「俺のことはなんて聞いているの?」

「言無しの魔女の弟子で、彼女の声代わりだって聞いてるよ。実際、君が居れば意思疎通に問題はないんだろ?」

「それは…」


 テオはシズナの顔をちらりと見た。頷いた彼女を見て、テオも頷き返す。ルグルの言う通り、シズナの手話はテオがその場で同時通訳する。これは旅を始める前に決めていたことであった。


「えっと、シズナって呼んでいい?」

『ええ』

「何だか一旦人を通して話すのってむず痒いな。シズナは魔法での会話も出来ないの?」

『言葉に関するものはすべて不可能です』

「うーんそっかあ、色々と大変なんだなあ。ならさ、マールリアに滞在してる間に、簡単でいいからオレにも手話を教えてよ。やっぱり会話するなら自分でも聞き取りたいからさ!」

『構いませんよ。その方が私も嬉しいです』

「そっか!良かった!じゃ、テオも頼むな」


 そんな会話をしている内に、三人は街から離れて港の方へ移動した。そこに停泊していた巨大な帆船が、ルグルの仕事場兼住所であった。


「この船がオレの家、名前はブリジット号だ!!どうだ?イカしてるだろ?」


 巨大帆船を初めて見たテオは、目の前に見たその迫力に言葉を失っていた。




 ブリジット号に乗り込む際、多くの船員たちが次々とルグルに話しかけてきた。どの人も友好的で気が良く、船長のルグルだけではなく、ついて歩く二人にも挨拶を欠かさない。


「オレはこの船で生まれて、この船で育ってきたんだ。だから船員たちとは家族同然の付き合い。親父とおふくろが病気で早死して、オレがブリジット号の船長を引き継いだ。基本的には皆とはずっと一緒だな」


 船内の案内がてらに、ルグルはそんな身の上話しをした。そしていよいよ、船長室へ通された。他の部屋よりも広く豪華な作りになっていて、来客をもてなすためのスペースも用意されていた。


「さてと、一通り船を見て回ってもらったけど、どうだった?シズナ」

『こんなに大きな船に乗ったことはなかったので色々と驚くことばかりでした。この船で内海に出るんですよね?』

「そうだ。オレたちは基本的に陸に留まる日は少なくて、殆どが海の上で生活してるんだ。その辺りの事情はおいおい話すよ。テオはどう?」

「ブリジット号の迫力に圧倒されたのもそうだけど、何よりこんな巨大なものが海に浮かんでることに驚いたかな。それと何か、地に足がついてない不思議な感覚だ」

「はははっ!そっかそっか!やっぱり新鮮な意見って面白いな。ただ覚悟しておけよ~?今は海も大人しいけど、揺れる時はもっと大きく揺れるからな」


 そう言ってルグルは上機嫌に笑った。ルグルは終始明るい雰囲気を崩さない快男児を体現したような男だったが、さて、と話を切り出した時にはキュッと空気が真剣なものに変わって引き締まった。


「賢人会議で突きつけられた問題をオレなりに考えてみた。…考えてみたんだけど。やっぱり、オレが主体的に動いてどうこう出来る問題じゃないと結論付けさせてもらった。オレは基本的に、陸の事情に関してずっと無関係の立場にいるからな」


 ルグルの言葉を聞いて、シズナは少し眉を顰めた。


『それは少々無責任なのでは?』

「いや少々じゃない。めっちゃ無責任だ」


 苦言を呈したシズナに対して、ルグルの返答は思ってもみないものだった。きょとんとした顔で、シズナはテオと顔を見合わせる。


「えっと、どういうことか詳しく聞いていい?」

「ん?何だ?」

「いや、ルグルがそんな清々しく無責任を認めたところで、問題解決には何も役に立たないでしょ。要するにルグルは何もしないってこと?」

「うん?んん…?ああ、違う違う!オレは何もしないってことを言いたいんじゃなくて、どうすることも出来ない理由があるって言いたいんだ」


 そこまで聞いても、やはり二人にはルグルの言いたいことの意味はよく分からなかった。自分の説明が下手なことに苛立ちを覚え、ガシガシと頭を掻いて苛立つルグルは、最終的にポンと自らの膝を叩いた。


「オレは説明するのが下手だ。考えるより先に体を動かすたちだ。だからオレが一から十まで説明するよりも、実際に見て体験してもらった方が早い。シズナ、テオ。内環諸国がずっと抱えている内海の問題に興味はないか?オレの言いたいことはすべてそこにある」


 ルグルの提案を断る理由はなかった。どのみち二人は、賢者の取り組みを査察することが目的である。まずは個人の理由、思想、やり方を知らなければ、自分たちの考えを伝えることも無理な話だった。




 シズナとテオは、甲板に上がって潮風に当たっていた。そして二人で一緒に、遠くに見える世界樹を眺めている。


「あれが世界樹なんですね。こんなに近くで見たのは初めてです」

『見てどう思った?』

「そうですね…。見た目は言ってしまえばただの巨大な樹木ですが、スケールが大きすぎて何だか本当にそこにあるのかも疑わしく感じてしまいます。あの木が日々マナを生み出して、それが世界を動かしている。何だか信じられない話ですね」


 テオの感想は、シズナが初めて世界樹を見た時と殆ど同じものであった。カント・レギウムは内環諸国で世界樹に最も近い国である。より近くから見た時、シズナが強く感じたのは恐怖であった。


『私も同じようなことを思ったよ。それと怖いなって思った』

「怖い?」

『うん。この世界のすべてが、世界樹の影響下にあって、私たちは誰一人何一つ例外無く、そのことから逃れることは出来ない。世界樹はどうしてそうあるんだろうって疑問に思ったんだ。最初からずっとそうだったとしたら何のため?マナの活用方法が分かった今とは違って、昔はすべてのものがマナの影響による環境の激変や魔物化等の恐怖に怯えていた。世界樹は限りない益をもたらしもするけれど、同時に災厄を引き起こしもする。一体あれは、何のために存在しているんだろうね』


 シズナとテオがそんな話をしていると、背後から「おーい」と声をかけられた。船員との打ち合わせを終えたルグルが二人の元に駆け寄ってきた。


「二人で世界樹を見てたのか?」

「うん」

「そっか。でっけえ木だよなあ、実際はどんくらいのサイズなんだろうな…」


 隣で一緒に眺め始めたルグルに、シズナがテオを通じて質問をした。


『ルグルさんの用事はもういいんですか?』

「うん。こっちはいつでもすぐにでも海に出られるように準備してるから。そっちこそ大丈夫そうか?」

『ええ、出航はいつからですか?』

「出航は明日から、何日か内海に滞在する予定だ。もし何か必要なものがあったら今言っておいてくれよ。仲間に頼んで取りに行ってもらうから」


 二人はルグルたちと共に海に出て、日頃行っていることを見学させてもらうことになった。そしてその中で、ルグルの主張を理解する。そのための船旅だった。


 シズナもテオも、船に乗って海に出たことはない。手段であって目的ではないが、やはり初めての船旅には期待感が高まっていた。

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