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言無しの魔女  作者: ま行


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マールリアへ

 季節は巡り、また萌芽の節が訪れた。冬枯れを終えて徐々に蕾をつけ始めた世界樹は、やがて時を経て満開の花を咲かせる。シズナとテオにとって、これは単なる季節の変わり目ではなく、新しい旅の始まりを告げるものであった。


「準備万端か?」

『ええ』

「はい!」


 アルベールにそう問われ、シズナは手話で静かに、テオは元気よく返事をして答えた。魔守りの里に住む人々も、総出で二人の見送りに来ていた。


「二人とも、道中くれぐれも気をつけるのじゃぞ、よいな?」

『はい。ハワード様、本当に何から何までお世話になってしまい申し訳ありませんでした。心から感謝しています』

「なあテオ、お前、お土産沢山買ってこいよ。あたし里からあんま出られないし、各地の名産品?ってやつに興味あるんだよな」

「分かりました。メグさんの好きそうな物を見つけてきます」

『ネズミの糞とかでいい?』

「いい訳あるかっ!!ちゃんと探せっ!!」


 里を出れば長い別れとなる。しかし、旅立ちに際して暗く重い雰囲気は一切なかった。それはある意味、この先に待ち受けているであろう試練や苦労を見ぬふりをしてのものであったが、それでも、明るく気持ちよく送り出された方が両者にとっても良いことであった。


「お前たちが最初に訪ねるのは、廻水の魔法使いルグルの所だ。場所は内海に面している、内環で一番広くて整備された大きな港を持つ海洋国マールリア。ルグルにはすでに話を通してあるから迎えがあるはずだ、入国したら合流してくれ」

『分かりました』

「海…」


 大事な使命があるとはいえ、テオは少々気が昂った。新しい場所を目にする楽しみを止めることは出来ない。修行のためだったが、半年はずっと里で過ごしていたことも、気分を高揚させる一因だった。


『テオくん、楽しみ?』

「実はちょっと…」

『私も。同じだね』


 そうシズナはテオに微笑みかけた。遊びに行く訳じゃないと咎めようとしたアルベールであったが、楽しげな雰囲気にわざわざ水をさすこともないと、自らも二人と同じようにふっと頬を緩めた。


「じゃあ行ってこい。頑張れよ、シズナ、テオ。よい旅を」


 期待と祈りを込めて、アルベールは二人を送り出した。




 マールリアまでの道のりはそう遠いものではなかった。流石に国内に直接は不可能だが、転移魔法を使うことが出来たからだ。シズナはジュリウスの追跡を警戒して転移魔法の使用は控えていたが、いまやその心配もなくなった。


 近くの街道を進むテオは、徐々に潮風の匂いが香るのを感じていた。気が急いて足取りが早くなるのを抑えながら、シズナに話しかける。


「お師さん。廻水の魔法使いのルグルさんは、どんな方なんですか?」

『名前だけは知ってたけど、姿を見たのは賢人会議が初めてだったな。ええっと、ハキハキとしていて、健康そうな感じかな』

「健康?」


 シズナの独特な人物評を聞いたテオは困惑して首を傾げた。しかしシズナとしても、大して会話をしたこともない相手のことを、どう伝えたらいいのか分からなかった。


『あっ、でも一番目立つ特徴が何かは分かるよ。ルグルさん、左腕が義手なの。わざわざそっちの手で挨拶してたから印象に残ったな』

「義手ですか」


 アルベールと初めて出会った時も、テオは彼の義足に大層驚いた。その後、失礼な態度だったと反省して、今度も同じことを繰り返さないようにと戒めるために、自らの両頬をパンと叩いた。


『どうかした?』

「あ、いや、別に。それにしてもお師さん、挨拶をしたということは、ルグルさんの義手も動いたってことですよね」

『そうだよ』

「大師匠様の義足もそうですけど、俺の知ってる義肢って、元の手足同然に動くものじゃあないんですよ。あれも魔法が関係しているんですか?」


 そもそも義肢自体が高級品であり、テオが偶然街で目にしたものも、無くなった腕の見た目を補うためのものであった。


 通常ならば、テオの認識は間違っていない。だが魔法学の発展している内環の大国に近いほど、事情は変わってくる。


『そうだね。普通の義肢とは違って、師匠たちが装着している物は魔法道具の一種。魔義肢とか、魔装具って呼ばれる物。何らかの原因で失ってしまった体の一部の代わりとなって、元と同じか、それ以上の動きが出来るんだ』

「えっ、代わりどころか、元の機能を上回るんですか?」

『うん。部品一つ一つに術式が刻み込まれているだけじゃなくて、それぞれの部位の作用が干渉しないように、綿密に計算して作られているから動作も滑らかだし、魔法のお陰でより精密な動きも出来る。義肢自体がある意味一つの魔法のようなもので、周囲のマナを自動的に取り込んで動力に変えて動くから、魔法使いじゃなくても使えるものなんだよ』


 それは話を聞いただけでもとても便利なものに思えた。だからごく単純に、テオはもっと多くの人に行き渡ればいいのにと思った。しかし現実には、魔法道具の殆どは、大国が占有していた。


 もっと多くの人を助けられるはずなのに。魔法を正しいことに使いたいと願い、夢見るテオはそう考える。内環諸国の魔法大国がどうして技術を占有するのか、もやもやとした疑問がテオの頭を覆った。




 内環諸国の海洋国マールリア。世界樹を取り囲む内海の一部に面しており、大きな港を持ち、漁業、造船業、海運業、海洋資源活用などの分野に秀でた国である。


 国の根幹の産業をほぼ海に依存していて、一見魔法との繋がりは無いように感じられる。しかしその実、マールリアは多くの魔法使いや魔女たちを有していて、その数は魔法学校を持たない国の中で一番だった。


 そしてもっと特徴的なことは、その魔法使いたちが全員兼業であることだった。更に言えば本職は魔法使いではなく、船乗りである。


 八賢者の一人廻水のルグルも、自認は魔法使いではなく船乗りである。生まれも育ちもマールリアである彼が、何故賢者にまで上り詰めたのかは、他の魔法使いたちの間では謎とされていた。




 数多の船が絶えず行き交い、内海には遠く世界樹の姿が見えた。大いに活気あふれるマールリアの様子に、シズナもテオも圧倒されていた。


 何よりも熱気があったのは市場であった。漁で揚がったばかりの新鮮な海産物が並び、商人たちが声を張り上げる。その様はさながらお祭りのようであった。


 人混みの中、はぐれないように身を寄せ合うシズナとテオ。ルグルが合流の待ち合わせ場所に選んだ場所が、国で一番大きな市場だった。この雑然とした人混みの中で合流することなど出来るのかと不安になる二人であったが、突然、上空から声が聞こえてきた。


「あっ!!おーい!!見つけた見つけた!!おーい!!言無しの魔女さーん!!こっちこっちー!!」


 それはルグルの声であった。市場の商人たちの声量に負けない大声がどこから発せられているのかと見回すと、市場のシンボルマークにもなっている高い時計塔の屋根の上にルグルは居た。そこに腕を組んで仁王立ち、堂々たる姿はとても様になっていたが、どうしてそんな場所からと首を傾げずにはいられなかった。


「よーしっ!!今からそっち行くから動かないでねーっ!!」


 ブンブンと大きく手を振った後、ルグルは何のためらいもなく「とうっ!!」という掛け声と共に時計塔から飛び降りた。まるで海にでも飛び込むような姿勢の良さだったが、下にあるのは水ではなく固い地面である。このままでは目も当てられない惨劇が起こってしまうと、二人はルグルが飛び降りた場所へ急いだ。


 しかし飛び降りる速度に対してとても間に合うものではなく、ルグルはあっという間に落下してしまった。思わず顔をそむけた二人であったが、頬に当たった水しぶきと、わっと沸き上がった歓声に顔を上げた。


 ルグルの落下地点からは、何故か派手に水が吹き出していて虹を描いていた。落下の衝撃で地面の染みと化してしまったかと思われたルグルは、水でびしょ濡れになっていたが無事だった。濡れた髪をかきあげると、小麦色の肌からニッと白い歯を覗かせた。


「あれ?こっちから行くって言ったのに。まあいいや。二回目だけど自己紹介、オレはルグル。よろしく、シズナさんにテオくん」


 爽やかな笑顔で挨拶をするルグルに、二人はずっとぽかんとしたままであった。

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