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言無しの魔女  作者: ま行


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アルベールの日記

 アルベールはテオの提案を入れて、シズナと共に彼の指導にあたっていた。他の賢者たちも旅の開始時期について異論を出すものはなく、全員が賛同した。そこにはジュリウスも含まれている。


 賢者それぞれに思惑はあれど、ひとまず時間稼ぎには成功した。アルベールとしても一度引き受けたテオの指導を投げ出すことは心残りであり、それ以上にシズナにとって必要なことだと納得していた。


 修行に励むテオを見ていて、アルベールは柄にもなく記録のような日記をつけ始めていた。それは元魔法研究者であった頃の血が騒いでのことであり、テオが彼の知的好奇心を刺激する何かを持ち合わせている証左であった。




 我が弟子シズナは、飛び抜けて優れた才覚の持ち主ではなく努力の人である。他者と比べて圧倒的に不利な要素を持ちながら、それを覆すことが出来たのは不断の努力の賜物だ。


 ただしこれは、シズナの才覚を否定するものではない。マナの適応力という素質で、シズナ以上の逸材は存在しないだろう。だが、シズナのマナ操作技術は凡庸である。機転を利かせた即興の術式構築には長けているが、それは手印という特殊な技術を用いている恩恵であり、他の魔法使いとは比較しようがない。


 しかしマナ操作ならば比較出来る。特殊な技術が用いられているとはいえ、魔法の本質はマナ操作にあり、シズナが行っているのも他の魔法使いと同じものである。手印に目を奪われがちだが、同じことをしていると考えて見てみるとよく分かる。そして昔からそれがシズナの課題であった。


 シズナはメンタル面で大きな問題を抱えている。生まれ、育ち、環境、どれを取っても劣悪と言って過言ではない。仕方のないことだが、これから先どんなことがあってもシズナの心の傷が完璧に癒えることはないだろう。悲しいことだが、心とはそういうものだ。


 そのことも影響して、シズナは繊細なマナ操作技術に長けていない。直感でそれを補っているが、他の賢者と比べると一番劣るだろう。それが魔法のすべてではないが、魔法使いという枠組みだけで評価するならば、シズナは大した魔女ではないと言わざるを得ない。


 最も重要なことは、シズナが今まで不可能だと思われていたことを可能にしたことである。彼女とその魔法に潜在している可能性は無限大だ。人間と魔法の可能性を拡張し、新たな可能性に変革するポテンシャルを持つ。それは彼女が持たぬがゆえに得られた、かけがえのないものなのだろう。




 又弟子のテオ。彼は師匠のシズナとは違い、恵まれた才能を持っている。魔法使いに適した潜在能力だけを評価するならば、これだけの逸材はそうはいない。また、非常に努力家であることも好ましい。


 ちゃんとした教育機関で学ばせられないことが惜しいと思う。彼のマナ操作技術の精度の高さは比類なきものだ。知識以上に、感覚で理解しているのかもしれない。


 テオに行った幾何の方盾の修行は、戦闘行為を想定したものではなかった。必要な状況、適切な方法、そして選択した行動を実行するためのマナ操作を体で覚えさせるためのものだ。


 最初は気づきを与えた。次に方法を与えた。そして応用を見守った。テオの対応力は想定を超えてきた。適切な位置とタイミングに必要最小限の幾何の方盾を展開して、無駄な魔法の行使を一切しない。幾何の方盾は本来、広域展開や多重展開と柔軟な運用が可能だが、テオはたった一枚の盾だけで防ぎ切る。


 そこで修行を進めるたびに、空間魔法を駆使して、死角から不意の一撃を仕掛け、実体と虚像を織り交ぜた。最初こそテオは対処が出来ず傷だらけになるが、次の修行の時には完璧に対策をしてくる。続けていたら、こちらの手段が先に枯渇していただろう。


 テオがシズナから魔法を習った期間はとても短い、四大魔法学校の一年目では、通常この段階で魔法を安定して発動させることは難しい。シズナは特殊な環境でしか魔法を習ったことがない。だからテオの異質さに気が付かなかった。


 調べてみないことには正確なことは言えないが、恐らくテオは、マナの感応性が他者と比べ、ずぬけて高いのだろう。魔観で知覚したマナの性質を正確に読み解き、それを瞬時に魔法の形に落とし込むことが出来る。呪文の詠唱による精密なマナ操作技術を学べば、一つの魔法から十以上の応用が実現可能になると推測される。


 この感応性の高さは、生活環境によって培われたものと考えられる。テオは幼少の頃より人一倍、言外の感情や意思を読み取る術を学び、コミュニティの中では自ら潤滑剤の役割を買って出た。そこには多大な気苦労があったことは想像に難くない。しかし彼は、持ち前の社交性の高さを駆使して大人たちと渡り合って集団の中に溶け込んだ。これは稀有な才能である。


 ただし、手放しでテオの才覚を喜ぶことは出来ない。時折彼は、説明のつかない鋭すぎる洞察力を発揮することがある。それが元より彼に備わっていた才であれば特段気にする必要性はないのだが、どうしても彼の影に別の何かが見えるような気がして仕方がないのだ。


 これは本当に根拠のない推測だ。いや、妄想と言ってもいい。だがどうしても、テオに外部から非常に強力な影響があったことを否定することが出来ないでいる。そして今もそれが続いていたとすると、テオは成長《《している》》のではなく、成長《《させられて》》いるのではないかという懸念が拭いきれないのだ。


 八賢者巡りの旅は、シズナに自由な時間と行動を与えるために画策したものだ。当然、議題に上げた問題解決にも取り組むが、主はジュリウスの介入を退けることが目的だった。


 しかしもう一つ、誰にも打ち明けていない理由があった。それがテオのことだ。この旅で、八賢者のうち誰か一人でもテオが持つ何かに気がつく者がいないか、情けない話だが、自分には出来なかったことを期待していた。




 日記を丁度書き終えたところで、アルベールの自室の扉がノックされた。入ってきたのはシズナであった。


「どうした?もう夜も遅いぞ、早く休めよ」

『分かっています。でも少し、不安で』

「…とにかく座れ。ちゃんと聞いてやるから」

『ありがとうございます。師匠』


 シズナが抱えている不安に、アルベールは心当たりがあった。テオにではなく、自分に打ち明けようとするとなれば、自ずと答えは一つに絞られる。


「ジュリウスのことだろ?」

『はい。動きをまったく見せなくなったことが不気味で仕方ないんです』


 ジュリウスはコルヴォを使っての襲撃以来、シズナに対する興味が完全に失せたのかと思わせるほど、何もしてこなくなった。本来、彼女はそのことを望んでいたのだが、態度の急変ぶりが実に不気味であった。


『師匠。私への執着が失われたということは―』

「ありえない」

『そうですよね』


 アルベールは食い気味にシズナの意見を否定した。ジュリウスは自ら出向いてまでシズナを確保しようとした。何か重大な事実を抱えていることは明白であった。


「ただ、あいつが方針を変えたって可能性はある」

『と言うと?』

「強硬策での確保を不可能と見て、今は別の方法を考えているのかもしれない。シズナ、お前は強い。そもそもお前の戦闘能力を高めるのが俺様の教育方針だったとはいえ、ちょっとやりすぎなくらい強い。今までも差し向けられた刺客はことごとく返り討ちにしてきただろ?だからジュリウスは、数撃ちゃ当たる作戦から、一発で仕留める作戦に切り替えた。と、考えることも出来る」

『なら狙いはやはり、八賢者巡りですか』

「だろうな。他の賢者を査察して、ジュリウスだけしないってのは通じねえ…んだけど。俺様の予定では、査察がジュリウスの番になったら強制的に切り上げさせるつもりだった。そのための根回しも準備してたしな。だけどテオのお陰で、別の道も見えてきた」


 シズナとアルベール、二人の賢者が育成に力を注いだことで、テオの魔法使いとしての実力は相当に引き上げられていた。元の才覚も相まって、戦闘能力だけならば大国の精鋭と同格か、勝るほどである。


「シズナ。今のお前たち二人の実力なら、堂々とジュリウスの所に乗り込んでいってもいい。テオを鍛えたお陰で、あいつに直接、捨てた娘を今更取り戻そうとする理由を問いただすチャンスが出来た。お前は知りたくもないかもしれんが、あいつに何か特殊な事情があるのは考えるまでもないだろ?それを受け入れてやる義理はないが、聞くだけ聞いてやってもいい。その方がスッキリする」

『そうですね、気にならないといえば嘘になります』

「内環諸国に蔓延している諸問題、クソ親父とのケリ、シズナの望む未来の展望。どれも一筋縄じゃいかないもんだが、他の賢者の協力を取り付けることが出来れば、少しは世界を動かす力になる。そのためにも世界を巡って賢者を訪ねろ。それが今出来る最善の道だと、俺はそう思っている」

『私も師匠と同意見です。それにきっとこの旅は、テオくんにとっても有意義なものになる。そう思うんです』


 アルベールは頷いて同意した。旅の始まりは、すぐそこまで迫ってきていた。

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