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言無しの魔女  作者: ま行


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ジュリウスの独白

 カント・レギウムの国王ジュリウスは、捕らえそこねた実の娘のことに思考を巡らせていた。怒りは当然のことだったが、より強く感じたのは失望だった。


「余が血を分けた子から、あのような欠陥品を出してしまうとはな」


 ジュリウスのことを特に苛立たせていたのは、過去にもシズナが見せた手話であった。彼女が咄嗟に取れる会話の手段は、手話か筆談である。通信魔法の類は一切の使用が不可能だった。


 シズナには、通信魔法で言葉を受信することも発信することも出来ない。数少ない邂逅の折と再会時にもジュリウスはそれを試してきたが、まったくの無反応だった。


「あれは言葉に関する事柄において、すべてに厳しい制約がかかっている。クソッ、子など適当に作って産ませればいいが…」


 ただただ闇雲にそうする訳にはいかない事情が、ジュリウスにはあった。その事実が更に彼を苛立たせていた。


 ジュリウスは棚から一番アルコール度数の高い酒を取り出すと、それをグラスに注いで一気に飲み干した。それを三度繰り返して、ようやく思考が鈍化してきた。椅子に深く座って体をもたれかかると、目を閉じて在りし日の思い出の泉に身を沈めていった。




 国王として、世継ぎとなる子を多く残すことは重要な責務であった。当然、正妻は政略的に決められたものを取り、側室は他者が決めたその日知り合ったようなものばかりだった。どれもこれも寵愛する気になれず、抱いて子をなすのは、ジュリウスにとって実に作業じみた工程であった。


 カント・レギウムは世界に覇を唱える魔法大国である。その国王の座がいかにつまらないものか、若き日のジュリウスには想像もつかなかった。特に、長く続く王宮の権力闘争にはうんざりしていた。


 ジュリウス本人の継承権は第四位であった。高き立場のものが低きに位置するものに強く辛く当たるのは、ごく当たり前のように行われていた。そのことに異常なまでのコンプレックスを抱いていたのは、ジュリウスの母親であった。


「必ず見返してやる」

「私の子を王に」

「他の出来損ないとは違う」

「王座にふさわしいのは我が子だけ」


 その妄執を聞かされながら育ったジュリウスは、母親のことを心の底から軽蔑していた。虐待まがいの過度な教育。子どもの身には過ぎた鍛錬。あらゆる分野の権威に金を積み、代わる代わる教師として呼び寄せ、ジュリウスは知識と技を叩き込まれた。母親の実家は金だけはあった。彼女はそれを目当てに側室入りを果たした。その事実もコンプレックスを大いに刺激していた。


 ジュリウスは、教育のすべてを学習し、技を吸収して昇華させられるだけの能力を持ち合わせていた。だから教育そのものは苦ではなかった。問題は、自らが能力を高めるほど、母親の態度が増長していったことだった。


 虐待を受けているのは自分であるにも関わらず、ジュリウスの手柄はすべて母親の自己称賛に使われた。己の才覚を自覚していただけに、能無しの母親が自分のことを見栄の道具や装飾品に使うことが許せなかった。王にふさわしい優秀な青年に育っていくジュリウスと、それを笠に着る母親との関係が、急速に冷え込んだのはそうおかしくないことだった。


 そのことに焦りを覚えた母親が及ぶ凶行に、当時のジュリウスは気がつくことは出来なかった。




 目を開けると、ジュリウスは痛みを感じて胸を手で押さえた。体中に刻み込まれた切り傷はすべて癒えて塞がっているはずなのに、いまだにふとした瞬間痛むことがあった。実際には傷の痛みではなく、これは幻肢痛の一種であった。


 痛む度に、怒りの炎が激しく燃え上がった。ジュリウスはグラスを床に投げ捨て、ボトルをひっつかむとそのまま一気に酒を呷った。喉奥が焼けた鉄を押し込まれたかのように熱くなったが、お陰で痛みを忘れることが出来た。


「…我が子の胸を切り裂き、本物の心臓を抜き取って偽りのものと入れ替える母親の心境とは、いかなるものだろうか…」


 柄にもなく感傷的な独り言を呟いたジュリウスは、そのことを自嘲してふっと鼻を鳴らした。酔いが回ってきたこともあって、我ながら馬鹿げたことを言っていると呆れた。


 ジュリウスの母親は、優秀だったジュリウスをより完璧に仕上げるために、あらゆる魔法研究の知識を集めていた。当の本人はそんなものを必要としていなかったが、母親はそれでは自らの成果物として不十分だと考えていた。母親は、国王ジュリウスは自らの手で作り上げたのだという実績を欲していた。


 そして着目したのが、黒曜の尖塔で研究されていた人の体をよりマナに適したものに《《中身から変える》》という研究だった。中身、それはつまり臓器だった。ある日、突然昏睡させられたジュリウスが目を覚ました時には、すでに自分の心臓が人工臓器に入れ替えられる手術が完了していた。


 母親を思い出して癇癪を起こしたジュリウスは、飲み干した酒のボトルを床に叩きつける。砕け散った破片を無視したまま、彼はもう一度目を閉じた。




 結局は母親の望み通りに、ジュリウスは第四位から成り上がって玉座に着いた。覇者の地位というものは存外悪いものではなかった。だが、やはり宮廷内の児戯には飽き飽きしていた。ジュリウスは育った経緯から、他の誰かに対して凡そ愛情と呼べる感情を抱いたことは一度もなかった。多くいる妻たちにも、その子たちにもだ。


 国の政や魔法学の発展、覇者として富国に努める一方で、家庭には一切関心を持たなかった。家族との交流よりも、側近のエヴァンと会話する機会の方がよほど多かった。


 義務として子は作れど、妻と子に関心は持たず。この姿勢は、大いに宮廷内の反感を買った。しかし、本人がそれを一切意に介さず、ましてや誰もジュリウスに逆らえない絶対的な権力と能力も持ち合わせていたので、どうすることも出来なかった。


 となると、自然と宮廷の権力闘争は身内に向けられて先鋭化していった。ジュリウスはある時、気まぐれに見初めた市井の女を抱いた。その女が宿した子がシズナだった。


 これは本当にジュリウスの気まぐれでしかなく、義務感以上の感情はなかった。しかし他の妻たちの目からは、彼女は夫から最新の寵愛を受けた女に映る。彼にとっての妻というのは、子を作らせる以上の感情は持ち合わせていない。その身勝手な態度が、妻たちの不平不満を増長させていた。


 シズナは母親の胎内にいる時から、正妻と側室たちの手で、魔法を用いて様々な呪いをかけられ続けていた。シズナの母親は身分も低く、一番立場が弱かった上に魔法の知識も殆どなかったため、自分が何をされているのかを知ることも出来なかった。


 何十種類の複雑に絡み合った呪いは、きっとお腹の子を殺してしまうだろうと考えられていた。しかし、その予想は裏切られシズナは産まれた。だが彼女は、呪いのせいで魔法大国の覇者の一族としては重大な欠陥を抱えて産まれてしまった。


 生まれつき声を発することが出来ない。魔法に欠かせない要素である呪文を詠唱する能力を奪われた子の誕生は、他の妻たちの溜飲を大いに下げた。ジュリウスとしてもそのような子を表に出す訳にはいかず、母親共々幽閉という形を取った。


 ジュリウスはシズナとその母親が生きていようと死んでいようと、関心がなかった。だからアルベールがシズナを強奪した時も、体面を保つために一応は取り戻そうとしたが、本気ではなかった。


 しかし時が経ち、シズナが不可能だと思われていた魔法の力を手に入れたことで状況が一変した。無詠唱の魔法を成立させたことは、運命の子の再来とも言えた。実際は運命の子とシズナの魔法は大きく異なっていたが、そんな事情など些細なことである。


 王位継承者と言わずとも、シズナのことをカント・レギウムが抱えることは大いに価値あることだった。加えて彼女のことを徹底的に研究して、もし完全無詠唱の魔法を完成させることが出来れば、カント・レギウムは他の大国を更に大きく突き放すことが可能であった。


 そういった思惑もあって、ジュリウスはシズナのことを再度欲した。しかし、現在父親が娘を追っている理由はこれだけではなく、もっと重要で重大な理由があった。


「次の国王になれるのは、《《あれしかいない》》。他の誰でもない…あれしか…」


 その言葉を最後に、ジュリウスは酔いつぶれて眠りに落ちていた。その後、部屋を訪れたエヴァンはその荒れようを見て胸を痛めた。


「おいたわしや陛下。しかし必ず、いつかすべてが正しき形に戻ることでしょう。それまでは、どうかご辛抱を」


 エヴァンは眠りに落ちたジュリウスの体を抱きかかえると、ゆっくりとベッドまで運んで丁重に横たわらせた。強い酒や薬がなければ眠ることも出来ない、苦痛に顔を歪ませる孤独な主君の姿に、ただ一人の盟友は胸が痛んだ。

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