鍵
賢人会議を終えたシズナは、その寸前にあった戦いの疲労を癒すため、深い眠りについていた。テオはアルベールに呼び出されて、詳しい説明を聞くことになった。まずは賢人会議が開催される経緯を事細かに説明した。
「要するに俺様は今まで、お前たちと同じように各地を巡って旅をしていた訳だ。目的は情報収集が主だから、魔法使いの蛮行については野放しだったがな。証拠も集めなきゃならなかった」
「それは…」
「分かってる。非道だろ?でもなテオ、ちまちまと一つずつ芽を摘んでいても、どうせ次の芽があっという間に開いちまう。お前たちのやっていることを無駄とは言わん。しかし効率が悪いことは事実だ」
「お師さんは効率を求めている訳ではありません」
ムッとして不快感をあらわにしたテオに、アルベールは冷静に言い放った。
「それも分かってる。そもそも情勢の急変がなければ、俺様は今まで通りシズナのやりたいようにやらせようと思っていた。今まで通り人助けの旅を続けても良かったし、弟子のお前の育成に努めても良かった。だがもう、そうも言っていられなくなった」
「どういうことですか?」
「一つ大きな理由は、ジュリウスが本気でシズナを手元に置きたがっていることだ。一旦は捨てられたとはいえ、あいつはお姫様だからな、国に対する義務と責任がある。勝手な話だが、それが持てるものの責務というものだ。分かるか?」
「…出来れば分かりたくないことです」
「分かってんならそれでいい。敢えて言うまでもないが、目を背けたところで無駄なことだ」
テオには政治のことなど分からない。シズナの置かれている立場がどれほど重要なもので、国王ジュリウスの要請に応じるべきなのかも、正直に言えば判断がつかないものだった。
しかしアルベールの言葉の真剣さから、シズナの旗色の悪さは理解出来た。テオは知識はなくとも頭は回る。アルベールが言いたいことの意味は分かっていた。
シズナが旅を続けるためには、政治的な判断より優先しなければならない、何か別の目的が必要だった。その大義名分を得るために、アルベールは動いていた。弟子を守るために、やるべきことをやっていた。そのことが分からないテオではなかった。
「で、もう一つ。さっきも話したし、旅を通じてお前も肌で感じていることだろうが、末端の魔法使いたちの素行の悪化と質の低下は、はっきり言って異常だ。植え付けられた過剰な選民思想と、大国からの処遇の悪さが相まって最悪の反応を起こしている。魔法使いが上で他はすべて下、搾取することに何の躊躇もない。そしてそれが行われているのは大国都市部ではなく、地方の僻地だ。お偉方は痛くも痒くもない。と、なれば?」
アルベールにそう問われたテオは、状況を自分なりに整理しながら答えた。
「対岸の火事だから自分たちには関係ない、変える必要性を感じない。そういうことですか?」
「その通り。結局お上は末端の些細な悪事なんて興味がねえんだ。内環諸国のお偉方は豊富なマナさえあればどうとでもなると思っているし、実際その通りだからたちが悪い。ずっと続いている虐げるものと虐げられるものの構図が変わらない理由もこれだ。内環諸国は圧倒的に優位なんだ。あらゆることにな」
「おかしいですよ、そんなの。被害に遭っているのは魔法が使えない人たちで、本来なら魔法使いたちはその人たちを助けることが役割でしょう?関係がないからって無視するなんておかしいです」
「ああ、おかしいよ。でもそんなこと言ってもこう返されるだけだ。だからどうしたってな。何も困ってねえ奴らに、困ってる奴らの理屈なんか根本的に理解出来る訳がねえ。今はそういう風に世界は回ってる。だからどこかで、楔を打ち込む必要がある。そこでお前たちの出番って訳だ」
アルベールは机の上に三つの石を並べて置いた。そしてその石の周りを取り囲むように、六つの石を置いた。最初に真ん中の三つを指さす。
「これが俺様とシズナとテオだ。今の世界の実情を、問題と思ってる勢力だな」
言葉を一度切ってから、三つのうちから一つの石を取り上げる。
「俺様は賢人会議で、他の賢者たちにこの問題意識を共有させた。賢者は良くも悪くも世界を変える影響力を持っている。だけどまとまりはない。選出されただけであって、別に仲間意識がある訳じゃあないからな」
「もしそうだったら、カント・レギウムの王がお師さんを八賢者に加えるはずがないですよね」
「そういうことだ。要するに賢者ってのただの称号なんだ。それとすげえ奴がいるぞっていう威圧や、魔法使いたちが高みを目指す指標にもなる。ただ、どれだけ強い力や影響力を持っていても所詮は個人だ。一枚岩になって方向性を示すためには、誰かが先頭切って走らにゃならん。そこで必要なのが、お前たち二人の力だ」
アルベールは残った真ん中の二つの石を、囲まれた六つの石にスッスッと移動させて見せた。
「シズナの夢と理想を、賢者たち一人一人を巡って知らしめろ。賢者たちの賛同が得られれば、十分世界を変えうる力になる。だがこいつは、シズナ一人じゃ出来ねえことだ。テオ、お前がシズナの力になれ。弟子として、魔法使いとして、そしてシズナと心通わせる者の代表として、この腐った世界を少しだけでいい、まともにしてやってくれ」
テオのやるべきことは変わらない。シズナから魔法を学び、シズナのことを知る。そしてその夢と理想を理解して、声を持たない彼女の声となる。それはやるべきこと以上に、やりたいことであった。
八賢者巡りの道が示された。テオは師のシズナと共にその道を歩むことになる。しかしアルベールはその前に、テオに話したいことがあった。
「テオ、知ってるだろうが俺様は無辺の魔法使いって二つ名を持つ賢者だ。無辺って名の由来は、俺様が世界中のどこにでも瞬時に移動することが出来る空間魔法が使えるからだ」
「どこにでも…それって他の人が使う空間転移の魔法と、どう違うんですか?」
「空間転移の魔法には距離や条件などの制限があるが、俺様の魔法にはそれが一切ない。行こうと思えばどこにでも行くことが出来て、そこに通ずる空間の裂け目を開くことが出来る」
あまりにもスケールの大きな話で、テオはいまいちピンとこなかった。それも仕方ないことだと、アルベールはふっと口元を緩める。
「訳わんねえだろ?実はな、俺様は昔、魔法使いじゃなくて魔法研究員だった。そしてこの魔法を研究してた頃、他の皆もお前と同じ反応をしたよ。実際な、いくら理論を成立させても、俺様の理想の魔法は完成しなかった。何故かいつもどこかで失敗するんだ。遅々として進まない研究に、俺様は焦りを覚えた。他の奴らがどんどん魔法の研究で成果をあげていく中で、俺様だけは堂々巡りを繰り返してた。この魔法さえ完成させられれば、俺様が一番評価されるに決まってる。そう信じて疑わなかった。そしてそんな周りのことが見えなくなった時に、事故が起こった」
アルベールは自らの義足をガシャガシャと叩いてから話し始めた。
「空間属性の魔法ってのは、他の属性と比べてまだまだ未知の部分が多い。だから実験する時は相当慎重にやらなきゃならねえ。だけど功を焦った俺様は、大事な手順をすっ飛ばした上に、自分の体で人体実験を行った。その結果、魔法の発動が中途半端になって、俺様の下半身は異空間に捕らわれた。そこから何とか出ようともがいても全然前に進まなくてな。そこで魔法の効果が切れて、異空間の扉がスパッと閉じた。それで俺様は両足を失ったんだ」
足は空間ごと切り離され、アルベールは想像を絶する痛みと多量の出血の中で、絶叫して気絶した。幸いにもその声を聞きつけた他の研究員が助けを呼び、アルベールは何とか一命を取り留めることが出来た。しかし、異空間に取り残された足はもう二度と取り戻すことは出来なくなった。
「両足を失った俺様は絶望した。何もかも上手くやれる自信も能力もあったのに、取り戻せない代償を払うことになった。ライバルだった他の研究員から向けられる目は、ギラギラと対抗心を燃やすものから、憐れみに変わった。結果ばかりを求めて近道をしようとして、一歩ずつ着実に歩むための足を失ったんだ。皮肉だろ?」
「それでも大師匠様は、魔法を完成させたんでしょう?俺はその不屈の精神がすごいと思います。尊敬します」
テオの言葉は真っ直ぐで嘘がなかった。しかしアルベールは目を伏せた。
「…ありがとよ。でもな、そんないいもんじゃねえよ。実はな、俺様の魔法が完成したのは、この時に足を失ったからなんだ。異なる空間に俺様を構成する要素が取り込まれたことで、俺様は現実と異空間の狭間の存在になった。それが魔法完成の鍵だったんだ。俺様の理論は、元から何かを犠牲にしなきゃ完成しなかったんだ。馬鹿で危険な魔法だよ、まったくな」
「え、えっと、その…」
「いい。こんな下らねえモン理解しようとすんな。要するに俺様が言いたいのは、地に足つけて、しっかり歩けってことだ。別にそれが自前の足じゃなくてもいい。だがテメエの中にある胸張って誇れるモンを守っていかねえと、どっかで道を間違えちまう。昔からなのか、今がそうなのか分からねえが、俺様はこの魔法を完成させてから、今の世界がずっと何かを間違え続けている気がしてならねえんだ」
アルベールはテオの目を真っ直ぐに見据えた。それはいつになく真剣で、対等な相手として見られているとテオは感じた。
「シズナは特別な魔女だ。しかしどうしようもない歪さも抱えてる。志は立派だが、闇がある。テオ、俺様はお前がシズナにとっての鍵になると考えている。今は分からなくてもいい。だがいつかきっとそれが分かる日が来るはずだ。その時が来るまで、この話を覚えておいてくれ」
「…分かりました。しっかりと心に留めておきます」
テオの返事を聞くと、アルベールは何も言わずに頷いた。暫く二人の間には無言の時間が続いたが、ガシャガシャと義足を叩く音だけは響き続けていた。




